第1話 人斬りダイマ
初めての投稿になります。
つたない文章ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しく思います。
じゃり、じゃり
男は夜の山道を歩いていた。
風のない夜気が肌に触れる。
生い茂る草木の中、獣道とも呼べない程に乱雑で所々草がめくれて土が剥き出しになっている。
かろうじて道と呼べる程度の整えられていない道の中、男は歩いていた。
六尺(※1)を軽く超える程の大柄なその男は、無表情に前方を睨み、青年と表すには武骨で幾分か年を重ねた顔つきをしていた。
夜の空に溶けてしまいそうなほど深く蒼い着物を羽織り、足には草履、やたらと紅い腰帯の左側には、一本の黒い刀を携えている。
この男の体躯に見合うほどの大きな漆黒の大刀だ。
着物で隠れているが、衣服の上からでも太い腕や厚みのある胸板が想像出来るほどにどっしりと岩のような体躯をしていた。
しかしながら、所々ほつれて裾の擦り切れた着物と汚れたその身なりは、一見してサムライというには、少々似つかわしくない出で立ちであった。
泥にまみれた草履からは、旅路の長さを想像させたが、見ている者に長旅の疲れを感じさせない程、しごく自然な足取りであった。
じゃり、じゃり
男は歩いていた。
草木と土が溶けて混じりあったような芳香が鼻先を掠める。
見渡す限りなにもない真っ黒な闇の中、あるのはそこに『何かいる』という気配だけだった。
他には何もない音の中、ゆっくりと響くのは、草履と土、あるいは細かな砂利が潰されてこすれる掠れた音。
規則正しいとは言えないが、一定の間隔で男の歩幅に合わせて僅かに聞こえてくるその音が『何かいる』、そう感じさせるには充分だった。
月明かりが一面に届く程の少し開けた草場までたどり着くと、男は何をするでもなく、そこが終着点であるかのように、自然に立ち止まった。
じゃり、じゃり
遅れて聞こえる掠れた音。
刹那
ざらりっ!!
その瞬間、確かな音のように聴覚というより、頭の後ろから頭蓋の真ん中に深く突き刺さったざらついた感覚は、暗闇の『何か』が放った殺気だった。
殺気とは、武、あるいは剣を極めていない者でも感じ取れる感覚。
人間が本能的に知っている記録された記憶。
殺されるかもしれないという恐怖。
必ず殺してやるという覚悟。
もう隠すつもりもない、ただただ冷たくまっすぐに込められた殺意。
男が振り向きざま目にした光景は、自分へ向かって一直線に伸びてくる閃光であった。
研ぎ澄まされた殺気が形を成したかのようなその光は、自分に近づくほど鮮明に硬く鋭く伸びてくるように感じられた。
ギィィインッ!!
金属がぶつかり合う鈍い音と共に、一直線だった殺意の閃光が男を支点に空へと軌道を変えていた。
男が振り向くと同時に腰から空へ向けて引き抜いた刀で弾き飛ばしたのだった。
「ちっ!」
弾かれた殺気の塊から漏れた声は、そのまま空中で一回転すると男の間合いから離れた場所に着地した。
その声の主は、抑えきれない殺意が漏れ出てしまったような漆黒よりも更に黒い闇の色をした黒い衣を身に纏い、それに同化する程に汚れて黒い肌をした男であった。
更には、この男の姿を見た者は必ず違和感を感じる程、明らかに両の腕が長かった。肘から先が常人の"それ"よりも拳三つ程長く、身体の輪郭は人というよりも猿の方が近かった。
その中で、大きく見開かれた二つの目だけが、白く異質なものとして浮かび上がらせていた。
「おまえが人斬りダイマなんだろう?そいつが噂の刀かい?」
黒衣の男が口を開く。
ダイマと呼ばれた男は、そいつに視線を向けてはいたが、肯定も否定もせずに無言のまま応える事をしなかった。
「ふん、だんまりか。まぁいいさ。もう始めちまったしな。人違いならお気の毒と言うやつだ。死んでくれ」
そう言い終えるの待たず、そいつは再び男へ向かって走りだしていた。
左右どちらからでも斬りつけられるよう、手にはそれぞれ一尺程の短刀を逆手で握り、自分が斬られる事などまるで気にしていないかの様に両の腕を大きく広げていた。
ギンッ!ギィィンッ!!
硬く鍛えられた鉄の塊がぶつかり合う鈍い音が辺りに鳴り響いた。
黒衣の男が一瞬のうちに間合いを詰めて、左と右の腕を順番に振り抜くと、ダイマと呼ばれた男は抜いたままの刀を最短距離で移動させ、二つの斬撃を受け流したのだった。
流された斬撃は空を振り切ると、振り子のように反動を利用して、今度は鎌のように突き立てた剣先でダイマと呼ばれた男の首元を狙って振り下ろされていた。
最初に打ち込んだときより更に速度を増した軌道は、今度は音を立てることもなく空を切り裂いた。
「そうだ。俺がダイマだ」
黒衣の背後から声が聞こえた。
!?
『いつのまに、、、俺が回り込まれるなんてな、、、』
黒衣の男は刀を納めず逆手で握ったまま、背後から背中越しに話しかけてきた声の主の方へ体ごと振り返ると、相手の間合いから距離を取るように後方へと飛び退いた。
まばたきもせずに、大きく見開かれた目をダイマと名乗った男に向けると、挑発するような口調で口を開いた。
「やっぱり、お前がダイマじゃねえか。急に喋り出してどうしたんだ?命乞いでもしてみるかい?」
「名前も名乗らない男に斬られたのでは、可哀想だと思ってな」
ダイマは表情なく答える。
「ふんっ、可哀想だと?心にもないことを言いやがる。安心しな。斬られちまうのはお前の方なんだからな」
「無理を言うな。俺は自分より弱いやつには斬られないさ」
「なら、自分より弱いやつに斬られたことを後悔しながら死んでくれ」
黒衣の男は続ける。
「知ってるぜ。喰わしたんだろ?」
見透かすような眼で更に続ける。
「妖に、自分の魂をよ。だからお前、無いんだろ?」
「・・・」
ダイマは何も答えない。
黒衣の男はダイマの答えなど待っていないとでも言うように、一言づつ言葉を区切ってはっきりとこう言った。
「こ、こ、ろ、ってやつがよ」
ダイマは表情も変えずに黒衣の男を見ている。
「もっと知ってるぜ。魂と引き換えに貰ったらしいじゃないか。不死を与えるその刀をよ。だからお前、魂がなくても死なないんだろ?でもよ、刀をなくしちまったらどうなるんだろうな」
ダイマは何も言わない。
「ふん、、、その刀を奪って確かめてやるよ」
再び動き出したのは黒衣の男だった。
探るように少しずつじりじりと間合いを詰めていく。
逆手に持った刀は振りかぶることなく斬りつけられるよう、左右共に腰の位置程の高さで自分の体よりも少し後ろに構えていた。
相変わらず斬られることを気にしていないかのような独特な構えであった。
否
斬られることを気にしていないのではない。
世にいう達人程度の斬撃であれば、左右どちらかの刀で打ち落とせる自信があった。
更に空いたもう片方の刀で反撃に転じることができる。
常人よりも長い腕を持つこの男にとって、相手の攻撃を受ける間合いは自分の攻撃が当たる間合いだ。
それが黒衣の男の剣の形だった。
現に、この男はこの形で負けたことがなかった。
だから今ここにいる。
ダイマはそこに立ったまま刀を構えて動かない。
両者の間合いの円には、まだ距離があった。
黒衣の男がじりじりと自分の円を近づけていく。
間合いと間合い、二つの円が触れ合った瞬間、黒衣の男の速度が上がった。
連撃
黒衣の男が両の腕をしならせて激しく連撃を繰り出していく。
二つの間合いの円が完全に重なり合うと、連撃は更に速度を増した。
歪で不規則な軌道に反して、正確にダイマの目、首、心臓、視界に入る全ての急所を狙っていく。
しかし、その悉くがダイマの身体に触れることはなかった。
巨躯を軽やかに操り、ときには刀で受け流し、ときには既の所でかわし、まるで二人が共演する舞のように、その全ての斬撃を無力な振り付けへと変えていった。
「ちっ!!」
黒衣の男は舌打ちをしながら後ろ跳びに距離をとる。
すぅぅぅ、、、
深く一呼吸。
まだ息は乱れていなかったが、黒衣の男は自分を落ち着かせる為に、鼻から肺へと深く空気を流し込んだ。
素直に驚嘆していた。
ダイマの刀のさばきに、かわす体の動きに、一つの揺るぎも感じない心に。
『なるほどな、、、誰も盗れなかった訳だぜ、、、だが、、、』
!?
黒衣の男は、いつの間にかこの空間に、自分とダイマ以外の気配があることに気がついた。
「見ているやつがいやがるな」
黒衣の男は自分だけが聴き取れるくらいの小さな声でそう呟くと、顔の向きはそのままに、左の目だけを動かして視線を左側の茂みの方へ向けた。
「邪魔が入る前に終わらせる、、、」
再び両の目でダイマを見据えると、その視線の最短距離を一直線に走り出す。
この戦い最速の速さだった。
「少し強引にいかせてもらうぜ!!」
一瞬で間合いを詰め、大きく勢いをつけて振り上げた両手を振り下ろそうとした次の瞬間、
ふしゅっっ!!
強く短く吐き出したダイマの呼吸音が響いた。
その音が消えるよりも速く、鋭く大きな一歩を踏み込むダイマ。
前傾姿勢気味のその体制から横一文字の閃光が走った。
『あれ?』
黒衣の男は不思議な感覚に襲われていた。
両足は確かに地についているはずなのに、空にふわりと浮かぶような軽い浮遊感。
それと同時に踏み締めていたはずの地が急になくなるような危うい感覚。
『あれ?飛び上がったか?俺』
そんな事を考えながら、コマ送りよりもゆっくりと自分に背を向けて刀を納めるダイマの姿を眺めていた。
『おい、待てよ』
声は出なかった。
ドスンッ!
鈍く重い音と共に視界に入ってきたのは、自分自身の足だった。
『足?これは俺の足じゃねえか』
黒衣の男の足元に、黒衣の男の胸から上の上半身が落ちている。
横一文字に真っ二つにされた上半身が。
『あれ?』
自分の足の向こうには、刀を納め終わり、すでに背を向けたまま歩き出しているダイマが見える。
『おい、待てよ人斬り。まだ、、、』
意識が薄くゆっくりと溶けていく。
やがて目の前には、ただただ暗く何もない真っ黒な景色が広がっていった。
痛みは感じなかった。
じゃり、じゃり
ダイマは夜の山道を歩いている。
『あぁそうだ、喰わしたんだ。だから、取り返すのさ』
※1 この世界では1尺=約30cm
読んでいただきありがとうございます。
少しづつ更新していく予定です。
厳しくても構いませんので、感想をいただけたら嬉しく思います。