閑話・護衛騎士のつぶやき
辺境伯家の騎士団に所属している俺が護衛しているご令嬢は、少し変わっている。
俺が知っている令嬢という生き物は、華やかなドレスを身に纏い、厚化粧を施し、自身の美しさを磨くことに命をかけ、お茶会や観劇に行くことに勤しんでいるものだった。
俺が知っている貴族令嬢とは、そんな人間ばかり。
幼馴染みのミリア以外は、皆そうだった。
自身がどれだけ優れているかをこぞってアピールし、他人を蹴落とすためには手段を選ばない。
俺との既成事実を作るため、ありもしない関係を広めたり、媚薬を盛ろうとしてくる。そんな恐ろしい生き物だ。
卒業後には辺境に行く予定だから婚約者は作らないと何度言っても、聞く耳を持ってくれない。
婿入りして欲しいと熱烈にアピールして来ては、毎日のように送りつけられる恋文。中には呪いの手紙も混じる始末だ。
ミリアだけが、俺の癒しだった。
彼女がいてくれて本当に良かった。
……話が逸れたが、俺の知っている貴族令嬢とは、そんな生き物だ。
俺が辺境伯領に来た頃、リアーナ様は五歳だった。
お洒落なドレスやキラキラと輝く宝石、大人びた化粧などに憧れる年頃だ。
だがリアーナ様が興味を抱いているものは、剣だった。
『プレゼントは剣がいいです!』
誕生日のプレゼントは何がほしいかと聞かれ、迷うことなくそう言ったそうだ。
おもちゃでない本物の剣を。
さすがに五歳児に真剣を与えるわけにはいかず、木剣で我慢してもらったという。
それから彼女は毎日木剣を持ち歩き、見よう見まねの素振りを庭でしているところを何度も見かけた。
鍛練場で手合わせをしている騎士達の姿を、離れたところから羨ましそうに眺めるのが、リアーナ様の日課だった。
まだ鍛練場に出入りすることは許されていなかったので、騎士寮を訪れては騎士達から筋力トレーニングの方法や、素振りの仕方を教えて貰っていた。
騎士達はリアーナ様がかわいくてしょうがないといった感じで、いつも訪問を心待ちにしていた。
正直、いくら五歳だといっても独身男の群れに飛び込んでいくのは危険だと思った。
リアーナ様は『月の女神』と謳われている母君譲りの美しさを持っている。
騎士達が日頃から、『かわいすぎる』『美幼女マジ尊い』『お兄ちゃんと呼ばせたい』『俺ロリコンだったのかな……』などとのたまっていることを知っている。
いつ道を踏み外してもおかしくない状態だった。
だが彼女が騎士に憧れ、強くなりたいと真剣に思っていることを知っているので、見守ることにした。
エヴァンズ辺境伯である当主様も、地道に努力している姿を見て、リアーナ様の七歳の誕生日を機に鍛練場への立ち入りを許可した。
もちろん、怪我をさせてしまわないよう、安全に配慮する。
筋力トレーニングは一緒に行うが、木剣での打ち合いは離れた所で見学してもらう。
魔法を使用した剣での手合わせは特に危険なため、ものすごく離れた所で見学してもらった。
『早く皆さんのように格好よく魔法を使いたいです』
リアーナ様はよくそう言って、魔力覚醒の儀式を心待ちにしていた。
だが十歳になり覚醒した彼女の力は、癒しの光だった。
攻撃性なんてものは微塵もない能力にリアーナ様はがっかりしたかもしれないが、俺を含む騎士達は歓喜した。
何が嬉しいって、手合わせをして怪我をさせてしまったとしても、自分自身を癒してもらえるからだ。
騎士を目指している以上、怪我をすることは避けては通れない。
ある程度の怪我なら治すことができる治癒ポーションが存在するとはいえ、それは稀少で高額な物だ。
滅多に手に入らず、入ったとしても軽々は使えない。
俺も一つ持ってはいるが、お守りのようなものだ。万一に備えて金庫に重々に保管してある。
治癒ポーション一つで、庶民の一年分の稼ぎに相当するものだから。
ゆくゆくはリアーナ様と本気で手合わせをしなければいけない日が来ることを、皆怖れていた。
彼女の手に血まめや擦り傷が出来ているだけでも嘆いていた者達。自分が怪我を負わせてしまう日がくれば、立ち直れないだろう。
だからリアーナ様が癒しの力に目覚めたことを、心から嬉しく思った。
***
「ダグラス、今日は手合わせしてもらえますか?」
「了解しました」
「やった!」
騎士と手合わせできることに、リアーナ様は心から嬉しそうに笑う。
聖なる癒しの力に目覚めたからといって、聖女になる気はさらさら無さそうだ。
俺はそんな彼女を護衛しながら、できる限り力になろうと思っている。
騎士の道を諦めることなく突き進んでいく、そんな彼女の夢が叶うように。