クッキーと勉強
暖かな陽気で花が綻ぶ季節。
午前の鍛練を終えると、今日はレイヴィスも一緒にラウンジへと向かった。
とっても大事な約束があるからだ。
テーブルに向かい合わせに座って待っていると、メイドのミリアに見守られながら、二人の天使が飲み物を運んできてくれた。
両手でグラスを大事そうに持ち、ゆっくりゆっくり、溢さないようにそーっと歩いてくる。
駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、机の上の握りこぶしをぷるぷるさせながら待っていた。
「お兄ちゃん、どうぞ」
「リアおねぇちゃん、どうぞ」
テーブルにコトンとグラスを無事に置き終えるのを見届けると、緊張が和らぎ顔が弛んだ。
「ありがとう二人とも。抱きしめてもいいですか?」
「「いいよー」」
元気よく駆け寄ってきた二人を、私はそっと優しく抱きしめる。
両腕に天使がいる。これ以上に幸せなことがあるだろうか。
「リアーナって、小さな子の前では普通に優しい笑顔だよね」
レイヴィスの言葉に私は首を傾げる。
意味が分からない。
天使の前では誰もが等しく笑顔になる、それが当たり前のことなのに。
「ケンカを売っているのでしたら喜んで買いますよ?」
「ごめん。お願いだから買わないで」
笑顔で圧力を放っていると、腕の中におさまっていた天使の一人がひょこっと顔を上げた。
「リアおねぇちゃん、ケンカはだめだよ?」
上目遣いの純粋な瞳が私を見つめる。
「ええ、ラナの言うとおりですね。仲良しだから大丈夫ですよ」
「えへへ、良かった」
ああ、はにかむ天使が尊い。
レイヴィスの妹のマリーちゃんと一緒にいるこの子は、メイドのミリアと護衛のダグラスの娘のラナだ。
ミリア譲りの赤茶色の髪にダグラス譲りの金色の瞳を持つ天使である。
ミリアは幼馴染みで恋人でもあったダグラスと共に辺境へとやって来た。
そしてめでたく結婚し、ラナが産まれたのである。
「リアお姉ちゃんにプレゼントがあるの」
「取ってくるから離してー」
マリーちゃんとラナは、調理場に行きたいと言うので、名残惜しいが解放する。
二人はてててっと走って調理場の奧に消え、何かを持って戻ってきた。
「はい、クッキーどうぞ」
「マリーたちが作ったんだよ」
「わぁ! ありがとうございます」
受け取ったかごの中には、いびつな形のクッキーが沢山入っていた。
これをこの子達が作っただなんて。あまりの感動でかごを持つ手が震える。
「リアーナ様、すみません。リアーナ様達に食べてもらうんだって言って聞かなくて」
ミリアが困り顔で申し訳なさそうに言った。
「いえ、むしろこれを食べられないなんて、そんな残酷なことはないですよ。では、いただきますね。これはお花の形でしょうか?」
「ちがうよー、雲だよー」
「そうでしたか。かわいい雲ですね」
「えへへー」
マリーちゃん作の雲形クッキーを口に入れた。
こんがりきつね色のクッキーは少し固いけれど、ほんのり甘くておいしい。
もちろん、焦げていても塩からくても、おいしく食べられる自信はある。
「とてもおいしいですよ、二人ともありがとう」
「「えへへ」」
照れくさそうに笑う天使が天使すぎて尊い。
「まだ幼いのにこんなに立派なお菓子が作れてすごいですね」
「ママに教えてもらいながら作ったんだよ」
「わたしはね、お兄ちゃんと一緒に作ったことがあるよ」
「え? レイヴィス、あなた料理ができるのですか?」
「うん、だいたいのことは一通りできるかな」
レイヴィスはさらりと答えた。
瘴気を溜め込んでしまう辛い体で働きながら、その上料理までできるなんて尊敬する。
「すごいですね。今度何か作ってもらえますか?」
「うん、いいよ」
「楽しみにしてますね」
その時は邪魔にならない隅っこで見学させてもらおう。
私は料理は得意ではないけれど、作っているところを見るのが好きだ。
昔は料理長が手伝わせてくれたこともあったけれど、割ろうとした卵は砕けちり、かき混ぜていたボウルの中身はすべて飛び散る始末。
申し訳ないので、それからは見るだけにしている。
クッキーの形当てをしながら楽しく休憩時間を終えた。
そろそろ自室へと戻ろう。
「今日は家庭教師が来るので、午後の鍛練は騎士達とやってくださいね」
「うん。分かった」
立ち上がって歩きだすと、ふと疑問がわきあがった。
「…… レイヴィス、あなたは学校に行かなくていいのですか? 私と同じ年だから中等学校の二年生ですよね?」
私の質問にレイヴィスは困り顔になった。
「あー……俺、この体質だから学校には行ってないんだ。働くので精一杯だったから」
「そうでしたか。それでは初等学校にも行っていないのですか?」
「それは行ったよ」
レイヴィスの言葉に、また新たな疑問がわき上がる。
「私が町の初等学校に通っていた時、あなたに会ったことないですよ?」
私は十歳になるまでは、ハーヴィーの町の初等学校に通っていた。
町に住むほとんどの子供達が通う学校だ。
「えっと……俺は王都の初等学校に通ってたんだよ」
レイヴィスは目をそらして気まずそうな顔で言った。あまり触れてほしくなさそうなので、そのことについてはこれ以上聞かないでおこう。
「そうでしたか。それで、これから学校はどうしますか? 編入するなら父に手続きしてもらわないと……あっ、そうだ。私と一緒に家庭教師から学ぶというのはどうですか?」
「いや、それはさすがに厚かましすぎるよ」
「私の横で一緒に聞いていたらいいだけですよ。学校に通うよりも短時間で学べるから時間も有効に使えますし、分からないことがあったら後から私が教えますよ。父に相談して許可が出たらそうしましょう。勉強は大事ですよ」
「お兄ちゃん、お勉強しなきゃ」
「そうだよー、りっぱな大人になれないんだよ」
二人の天使が後押ししてくれる。
レイヴィスは聡い子なので、断っても無駄だとすぐに判断したようだ。
「うん、ありがとう。もし当主様の許可が下りたら、そうさせてもらっていいかな?」
「はい」
そうして、その日の内に父からあっさりと許可は下り、私とレイヴィスは一緒に家庭教師から学ぶことになった。
遅れているところは、私が空いた時間で教えればいい、そう思っていたのだけれど。
一緒に学んで一日目にして、衝撃の事実に打ちのめされることになった。
「あなた、私より賢いのですね……」
「そんなことは無いと思うけど」
「そんなことありますよ」
「……」
二年ほど遅れているはずのレイヴィスの学力は、なぜか私より高かった。





