攻められる (最終話)
我慢から解き放たれたのでR15です。
甘めです。苦手な方はすみません。
* * * * * * *
剣術大会から三日後。
ウィルフレッド殿下の執務室でいつものように雑用をこなしていると、彼は何かを思い出したように顔を上げた。
「そうそう。レイヴィス、君さ、私の近衛騎士にならないかい」
「近衛騎士ですか」
何の前触れもない、突然の申し出だ。
何となく覚悟はしていたけど。
騎士なら誰もが憧れる役職への勧誘を、書類に目を通している途中で世間話のように言われるとは思わなかった。
「それが俺を剣術大会に出場させた理由でしょうか。それならわざわざ出場しなくてもよかったのでは?」
「いやぁ、立太子の儀を終えてからずっと、そろそろ正式に近衛騎士を決めろと騎士団長がうるさくてね。騎士見習いにめぼしい人物が数人いるから、彼らが正式な騎士になるのを待っていると言っても、今いる騎士から選べと言って諦めてくれなくてさ」
「……なるほど」
「剣術大会後に騎士団長に『彼以上の実力を持った者を連れてきてもらえるかい』と言ったら、やっと静かになったよ。いやぁ良かった良かった」
「そうですか……」
それならわざわざ大会に出なくても、騎士団長と一対一で戦って、実力を見てもらえばよかったのでは。
やっぱり娯楽目的もあったようだ。
大会に出場して、いろいろスッキリできたからいいけど。
とても魅力的な誘いだ。
俺が殿下の近衛騎士になったら、義父さんは鼻が高いだろう。
普通なら二つ返事なんだろうけど……
「返事は保留でいいですよね」
「ははっ、エヴァンズ君の進路が確定するまで待てと言うつもりだね」
「もちろんそうです」
リアーナが辺境伯領で騎士をするつもりなら、もちろん俺もそうするつもりでいる。
彼女と離れるなんて考えられない。
「彼女なら、今ごろローズに勧誘されているだろう」
「……やっぱりそうでしたか」
リアーナを剣術大会に出場させたのは、それが狙いだったようだ。
聖女の力を持つリアーナを近衛騎士にしたいだなんて言っても、周りが反対するだろうから。
そうさせないため、大勢の前で実力を出させたのだろう。
優勝したから良かったものを。
「ローズマリー様は、他国に嫁ぐ可能性はありますか?」
「彼女は近々、クロムウェル公爵家の次期当主と婚約する予定だよ。仲は良好、破局の心配はほぼない」
「そうですか」
それならリアーナが他国へ行ってしまう心配はない。
でもなぁ、本当にいいのだろうか。
だって……
「彼女の存在ありきで承諾するような人間など信用できますか?」
「君がどういう人物かは理解しているつもりだよ。彼女がこの国を愛する限り、君は裏切らない。見限られるような国になんてしないから大丈夫さ」
なるほど。殿下がそれでいいのなら、断る理由はない。
「では、リアーナがローズマリー様のお誘いに返事をしたら、俺も返事をさせていただきます」
「ああ、彼女が承諾してくれることを願っているよ」
* *
「あなた、正式な騎士になったら、わたくしの近衛騎士になってもらえないかしら?」
「…………え?」
ローズマリー様の温室で。お茶をいただきながらホッコリしていると、会話の途中でさらっと凄い提案をされた。
「近衛騎士ですか……」
近衛騎士。
それは王族を間近で護衛する素晴らしき役職。
騎士にとって、一番憧れる役職なのではなかろうか。
志願者はきっと山のようにいる。
そんな魅力的な役職を賜る数少ない一人に私を選んでもらえて凄く嬉しい。
嬉しいのだけれど……
「あの、私は剣術大会で優勝しましたが、あれは騎士見習いの中で一番になったというだけです。私より強い騎士なんて沢山いるのではないでしょうか」
まだ正式な騎士でもない私が選ばれるだなんて、現役バリバリの騎士から苦情が殺到するのではなかろうか。
「あなたと決勝で戦った彼女は、年齢的にまだ騎士見習いなだけで、実力は王立騎士団の中で上位なのよ」
「えっ!? 本当ですか?」
「ふふっ、本当よ」
どういうことだ。
彼女は頑丈だったけれど、大して強くはなかったぞ。
それなのに上位?
もしかして、王立騎士団って大したことないのだろうか。
以前、魔物の襲撃の時に王立騎士団員の戦いを見て弱く感じたのは、見習い上がりだからじゃなかったということなのかな。
(あれ? でも……)
ふと、辺境伯家の騎士達の姿が頭をよぎった。
ムキムキな脳筋達の姿が。
「私は辺境伯家の騎士団の人達に、一度も勝てたことがありませんよ」
いつしかお互い身につけた重りを外し、木剣で本気でやりあうようになっていたけれど、決着がついたことがない。
私は攻撃を受け流したり、くらったとしても光の膜でダメージを軽減し、瞬時に癒していた。
だけど、素早くて頑丈な彼らを打ち負かすほどの決定打を与えることができない。
つまり、聖なる光の力のお陰で負けることはないけれど、勝てたことが一度もない。
騎士としての力は、まだまだということだ。
「ふふっ、あそこには規格外のバケモノしかいないという話は本当のようね」
「えっ? バケモノですか? あの人達はバケモノですか?」
「そうみたいよ。父がそう言っているから間違いないわ」
「そうですか……」
あの人達はバケモノだったのか。
そうなんだ。他に比較対象がいなかったから、知らなかったよ。
彼らの実力に近付けるように、ヒーヒー言いながら鍛錬していたというのに。
そして彼らがバケモノなら、彼らよりも更に強いダグラスと兄って一体何なのだろう。
それはもう考えないことにして、つまり私はなかなか実力があるらしい。
わぁ、それはとても嬉しい。
「そうでしたか。それでしたら私の実力でも近衛騎士としてやっていけるということですね」
「ふふっ、前向きに考えていただけるかしら」
ローズマリー様を守る騎士か。
そんなの、すっごく素敵じゃないか。
「はいっ! もちろんです」
* * *
翌日の朝。校舎前で待ち合わせをしていたレイヴィスにさっそく報告をする。
「ねぇレイ。私は昨日、ローズ様に近衛騎士にならないかと誘われちゃいました。なのでそれを目指して頑張ることに決めました」
レイヴィスは特に驚く様子もなく、にこにこしたままだ。
「そっか。実は俺もウィルフレッド殿下に近衛騎士にならないかと勧誘されたんだ」
「えっ? 本当ですか?」
「うん」
「わぁ! それでは同じ目標ができたのですね」
まさか同じタイミングで勧誘されていたとは。
レイヴィスと同じ目標に向かって頑張れるなんて。
嬉しいな。
喜びを噛みしめて、ふと気づいた。
(……あれ、レイヴィスは騎士を目指していたっけ……?)
彼が辺境伯家の騎士見習いになったのは、私が半強制的に来させたからだ。
瘴気を吸い込んでしまう体質の彼を毎日癒すことが目的だった。
住む場所があり、働きながら給料を貰える騎士団は、彼にとって最善の場所だと思ったから。
それからずっと一緒に鍛練してきたけど、レイヴィスが騎士になりたいなんて言ったことがあっただろうか。
オルコット侯爵の跡を継ぐ気はないと言っていたから、騎士を目指していると勝手に思い込んでいた。
「あの、レイは騎士を目指しているのでしょうか。他に夢がありますか?」
今更な質問をしてみると、レイヴィスは目を逸らした。
これは言いたくないことがある時の反応である。
「…………軽蔑しない?」
「するはずがありません」
そんなに変わった職業を目指しているのだろうか。
彼が何を目指そうとも、軽蔑なんてするわけがない。
ただ全力で応援するだけだ。
レイヴィスは少し悩み、口を開いた。
「俺さ、なりたいものなんてないんだ。それなりの生活が送れるなら、仕事なんて何でもいいんだ。えっとさ……」
レイヴィスは言いにくそうに口ごもる。
そして、真剣な表情で真っ直ぐ私を見つめた。
「俺にとって重要なのは、リアと一緒にいられるかどうかだけ。職業なんて何でもいいんだ。なるようになればいいかなって、適当に考えてるんだよね…………軽蔑した?」
レイヴィスは不安げに眉を下げ、小さく首を傾げた。
彼がそんな風に思っていただなんて。
軽蔑なんてするはずがない。
そんな風に私のことを思っていてくれたと知り、嬉しい気持ちしか湧いてこない。
感動が抑えきれなくなり、レイヴィスに抱きついた。
「嬉しいです。これからもずっと一緒にいましょうね」
ぎゅーっと強く抱きしめる。
幸せを堪能していると、何ともか細い声が聞こえてきた。
「ううっ……ダグラスさん……本当にダメですって……!」
レイヴィスは何とも情けない声でダグラスを呼んでいる。何があったのだろう。
「大丈夫だ。問題ない」
「いやいや、ありますよね!?」
レイヴィスは悲痛に叫んだ。どうしたのだろう。
「当主様から、ある程度は認めると許可は出ている」
「えっ? 本当ですか!? でも、ある程度ってどの程度ですか?」
「それは知らん。自分達で考えろ。ただし、同意無く事を起こした場合は死をもって償えとのことだ」
何だか物騒な言葉が出てきたよ。
一体彼らは何の話をしているのだろう。
「あの、許可とか同意とか、何の話ですか?」
全く話が見えないため、レイヴィスから一旦離れ、ダグラスに問いかけた。
「後でレイヴィスから聞いてください」
説明する気がない、そっけない返事をされてしまった。
当のレイヴィスはといえば、何やらぶつぶつ独り言を言っている。
「……何それ……もう我慢しなくていいの? 本当に? 今までの苦労は一体……え、本当に? 本当にいいの……?」
「あの……説明を……」
誰も何も教えてくれない状況。
しばらく待ち、ようやくレイヴィスがこちらを向いた。
「リア、ちょっと付いてきてもらえるかな」
「分かりました」
何やら神妙な面持ちのレイヴィスに、空き教室へ連れていかれた。
ダグラスは『ほどほどに』と言い、部屋の外に出て扉を閉めた。
ほどほどって何だよ。
部屋の中には私とレイヴィスの二人きり。
よく分からない状況に戸惑いを覚える。
さっきレイヴィスは『本当にダメ』と言っていた。
私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。
ほどほどというのは、説教はほどほどに、という意味かもしれない。
「…………ねえ、リア」
「はっ、はい!」
優しい声なんだけど、いつもとちょっと違う。
やっぱり怒られるのかな。
レイヴィスに怒られたら、きっと泣いてしまうだろう。
ドキドキしながら、次の言葉を待つ。
レイヴィスは私の顔をじっと見つめ、そして口を開いた。
「俺は君が好きなんだ。友達としてじゃなくて、異性として、結婚してずっと一緒にいたいっていう好きだよ」
「………………へ?」
どんな話が始まるのかと構えていたのに。
彼の口から出たのはお説教などではなく、思いがけない甘いものだった。
(異性として……好き……)
つまり今のは、愛の告白。
どうしよう。
不安でドキドキしていたのに、違うドキドキに変わった。
(私のこと、結婚してずっと一緒にいたいくらい好きなんだ……そっか……)
それはつまり、レイヴィスも私と同じ気持ちでいてくれたということ。
嬉しくてたまらない。そしてとてつもなく恥ずかしい。
だけどきちんと答えないといけない。
「えっと……私もレイのことが異性として好きです。結婚したいくらい大好き、です」
恥ずかしいけれど、何とか真っ直ぐ目を見て言った。
とてつもなく顔が熱いから、私は真っ赤になっているだろう。
それはどうしようもない。
「そっか。良かった」
レイヴィスは凄く嬉しそうに頬を染めて笑った。
「……それでさ、ここからは言いにくいことなんだけど、もう全部言わせてもらうね」
「…………え」
何ですと!?
今さっきの言葉よりも言いにくいことなんて存在するのか。
レイヴィスは何かが吹っ切れたような顔で近づいてくる。
爽やかな笑顔なはずなのに、ひしひしとプレッシャーが伝わってくる。
私は追い詰められた獲物のような気分になってきた。
今度こそ怒られるのではなかろうか。
「あのさ、リア。たまに俺に抱きついてくるけど、そんなことされたらいろいろと我慢できなくなっちゃうんだよね。胸が当たるし、息がかかるし、いい匂いがするし。耳元で話されるとキスしたくなるし」
「え」
「いくら好きでも、恋人でも婚約者でもない相手とそんなことできないよね。ましてや辺境伯家の大事なご令嬢。手を出したら即死刑だから。俺がどれだけ必死に耐えてきたか分かる? 分からないよね。それがまさか当主様から許可が出ているだなんて、そんなこと思いもしないよね」
「許可……」
それはさっきダグラスが言っていたやつだ。
そんなの知らないよ。
本人の知らないところで父からそんな許可が出ていたなんて、そんなことある?
「つまりさ、君が拒絶しなければ、同意さえあれば、俺はもう我慢しなくていいみたい。ねぇ、リア。俺はもう我慢しなくていいかな?」
熱を持った真剣な瞳を向けられる。
もちろん私の頭の中は混乱中だ。
何から考えたらいいのか分からん。
許可が出ているから我慢しなくていいとな。
私が同意すれば、レイヴィスは私にキスをしたいようだ。
いろいろと我慢。
いろいろ。それはつまり、あんなことやこんなこと。
さすがに男女のアレコレの知識はある。
何てこった。
私が同意すれば、私はレイヴィスとあんなことやこんなことをするようだ。
(ええぇ……)
顔のみならず身体までもが熱を帯びていき、恥ずかしさに耐えきれなくて後ずさる。
だけど逃しはしないと距離を詰められる。
壁際まで追い詰められて、もう逃げられない。
「大丈夫。君の気持ちを第一に考えるから。嫌がることは決してしない。でもね、これからはもう遠慮しないから覚悟しててね」
レイヴィスはなんとも妖艶に微笑んだ。
どうしよう。
もちろん嫌だなんて気持ちは一切ない。だけどどうすればいいのか分からない。
私は同意するだけでいいのだろうか。
「あの……嫌だなんて思いませんが、お手柔らかにお願いします」
「もちろん。それじゃさっそくお願いを聞いてもらえると嬉しい。本当にそろそろもう限界だからキスしていいかな」
「え」
さっそくストレートにお願いをされた。
我慢していると言っていたから、そうくると思っていたけれど。
今? 今からですか。
ここで、今からするのか。
何てこった。
(うぅ……恥ずかしい)
今すぐ逃げたい。
でもそんなことをしたら傷つけてしまう。それはダメだ。
そんな弱々しい声で、辛そうな顔で、限界だなんて言われたら断れない。
「……分かりました」
「え? いいの?」
「いいですよ」
「本当に? 本当にいいの?」
「いいって言っているでしょう。しつこいです」
「……はい」
レイヴィスはしゅんとなった。
何だか懐かしいやりとりだ。出会った頃はよくやっていたなぁ……
そうやってしみじみと懐かしむことも許されないようで、両手で頬を優しく包み込まれたかと思うと、すぐに顔が近づいてきた。
目を瞑った次の瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
ちゅっ、と一瞬優しく触れただけ。
恐る恐る目を開けると、目の前には真っ赤に染まった顔があった。
何だか嬉しくなって、思わず笑ってしまった。
「えへへ、しちゃいましたね……んっ、んん~~!?」
再びちゅっと触れたかと思ったら、次の瞬間には完全に塞がれてしまった。
何てこった。
触れるだけじゃないなんて。
「…………っ、ん……っっ……」
為す術もなく身を任せるしかない。だんだん頭がぼうっとしてきた。
おかしい、こんなはずではなかった。
軽くちゅっとするだけだと思っていたのに。
……あぁ、ダメだ。
あまりの刺激と恥ずかしさに泣きそう。
目の前が滲んできた。これ以上は身が持たない。
お願いだから、もう勘弁してください。
「レイぃ……も、むりぃ……」
少し唇が離れた瞬間、何とか言葉を発する。
レイヴィスの喉がゴクリと鳴った。
「…………うん、ごめん。ちょっと今まで抑えていた分、我慢できなかった……ちょっと今もうすでに我慢できそうにないから、離れた方がいいかも……本当にごめん…………」
顔を反らしながら謝ってくれた。
その後は聞こえないような声で、ぶつぶつと言っている。
何とか解放してもらえて良かった。
そろそろ腰が抜けそうで、立っているのも無理そうだった。
私から離れるたレイヴィスは、部屋の隅っこで膝を抱えた。
彼が落ち着くのを待って、空き教室から出た。
「ダグラスさん、お待たせしました」
「ああ」
レイヴィスは何ともスッキリとした顔で、普通にダグラスに話しかけている。
私はとてつもなく恥ずかしくて、ダグラスの顔が見れない。
頭がぼーっとする。
どれだけ癒しても消えない熱を持ったまま、教室へ向かう。
足元がおぼつかない。嬉しかったけれど、恥ずかしい。
私には刺激が強すぎた。
教室に入り、自分の席に座ってぼーっとしていると、ティナさんとローズマリー様が心配そうに覗き込んだ。
何があったかなんて答えられるはずもなく、両手で顔を隠した。
「はわわわわわ」
「あらあら、まぁまぁ」
二人が何かを察したような声を上げた。
どうしよう、恥ずかしくてもう帰りたい……
この時の私はまだ知らない。
こんなのはまだまだ恥ずかしいのほんの入り口に過ぎないということを。
遠慮とやらを止めたレイヴィスによって、腰が抜けるような恥ずかしい思いをすることになるだなんて。
近衛騎士という明確な目標ができたことにより、さらに精進しようと意気込んだその日から。
ひたすら攻められる日々が始まるだなんて、そんなこと思いもしない。
何てこった。





