クズの相手は徹底的に
剣術大会男子の部、決勝戦。
対戦場へ向かって歩いていると、対戦相手が隣に並んで話しかけてきた。
「やぁ、レイヴィス君。やっと君と戦えて嬉しいよ」
焦げ茶色の髪に灰色の瞳の軽薄そうな男が、嫌らしい笑みを向けてくる。
「そうですね、グレゴス先輩」
俺は無心で笑顔で接する。待機エリアでも散々話しかけられて、もううんざりだ。
この男はダニー・グレゴス。
グレゴス伯爵が俺を捨てたすぐ後、養子に迎え入れたらしい。
伯爵の遠縁の親戚の子供らしいが、下劣な雰囲気も気味の悪い笑い方も驚くほどそっくりだ。
伯爵とほんの少ししか血が繋がっていないはずなのに。
一緒に暮らしていると似てくるものなのかな。
彼は学園の二年生だ。
校舎が別だから今まで会う機会がなかったけど、こんな形で出会い、戦うことになるとは思わなかった。
「あれぇ? もっと嫌そうな顔をしてくれないと、つまらないじゃないか。ねぇ君、さっき使ってた土の魔力も誰かから盗んだものなんでしょ」
「盗んでいません。相手の手に触れて、直接魔力を流してもらったものです」
「ふーんそっかぁ、良かったね。他人からそうやって魔力を貰わないとなーんにもできないなんて、可哀想だなぁ」
グレゴス先輩は口許に手を当てて、クククッと笑う。
「今日は義父さんが応援に来ていてさ。君を捨てて僕を息子にして本当に良かったって改めて思ってもらえるいい機会なんだ。だから君には是非とも無様な姿を晒してもらいたいんだよ」
「はぁ、そうですか」
凄いな。クズに育てられるとこんなクズに育つんだ。
俺は伯爵と離れることができて本当に良かった。
こちらこそ、見返せる機会をもらえてありがたい。
参加を促してきた殿下には、後で感謝の気持ちを伝えよう。
対戦場の真ん中で向かい合って立つ。
さて、どうやって戦おうか。
あまり非道なことをして、リアーナに嫌われたくない。
でも、彼女がこの男のさっきの言動を知ったら、『ちょっと殴ってきますね』って言うだろうな。
ついでにクズ伯爵がここの観覧席にいると知ったら、そちらにも颯爽と殴りに行きそう。
リアーナに殴られるだなんて、ちょっとしたご褒美になってしまう。そんなのダメだよ。
だから、その必要がないくらいに徹底的に潰しておかないと。
試合が始まると、グレゴス先輩は俺に見せつけるように、手の上に小さな雷を出した。
「羨ましいでしょ。君もこんな素晴らしい力だったら良かったのにね、ククッ。一瞬で終わらせてあげるからね」
そう言って、指先を俺に向ける。
今回の大会では、彼は雷撃だけで相手を倒している。
剣術大会なのに剣を使わないなんておかしいよね。
雷魔法はすごく希少な力だ。
雷撃を防げる人間なんて、ここにはあまりいないだろう。
辺境伯家の騎士団にはごろごろいるけど。
クズ伯爵は、貴族はどれだけ優れた魔力を持っているかが重要だと言っていた。
この男の能力を知って、嬉々として養子に迎え入れたのだろう。
実際は、魔力の質を重点的に考える貴族なんて、もうほとんどいないそうだ。
十数年前ならまだしも、隣国との関係が良好になり平和が続いている今は、大して重要とされていない。
さてと、俺は右手に木剣を持ち、左手はあえて体の横でぶらんとさせたままにする。
「じゃあね、バイバイ」
彼はそう言って雷撃を放った。
バチバチバチと音をたてながら俺に向かってくる雷撃は、俺に当たる前に消えた。
「んなっ?」
自身の魔法が急に消えたことに驚きを隠せないグレゴス先輩は、間抜けな声を出して顔を歪めた。
彼は焦り、何度も何度も雷撃を放ってくる。
それも全て俺に当たる前に消える。
実際は消えているんじゃなくて、左手で吸い込んでいるんだけどね。
早すぎて消えたようにしか見えないのだろう。
この人は俺の能力を知っているはずなのに、そのせいだとは思わないようだ。
直接手で触れないと奪えないと思っているみたい。
そう勘違いさせたのは俺だけど、可能性を考えないのかな。
なんにせよ、希少な雷の力を沢山貰えて嬉しい。
グレゴス先輩は魔法が通用しないとようやく諦めたようだ。
木剣での攻撃に切り替えてきた。
「ハアッ!」
カンッ カンッと木剣のぶつかり合う音が響き渡る。
型通りの正確な打ち込みをしてくるので、きちんと受け止める。
暫く付き合った後は左に受け流し、グレゴス先輩はよろめいた。
彼の左肩を上から全力で打ち付ける。
ミシッという鈍い音がして、グレゴス先輩は片膝をついた。
「……っぐぅッッ……!!」
打たれた肩を押さえて歯を食い縛る。額にはじっとり汗が浮かぶ。
俺は素早く光を飛ばし、砕けた肩を癒した。
「!?」
グレゴス先輩は痛みが一瞬で消えたことに驚き、目を丸くさせた。
彼は立ち上がって後退し、俺と距離を取り直した。
再び向かってくる太刀をひらりと避け、背中を打ち付ける。
顔面を地面に強打し、弾んで飛んでいった。
彼は鼻を押さえながらよろりと立ち上がり、右手の剣を前に構えた。
擦りむいた額は血で滲み、押さえた手の隙間から鼻血がポタポタと地面に落ちていく。
────シュシュッ
「っふごッ」
彼の顔面目掛けて光の玉、次いで水の玉を放った。
よし、綺麗になった。
「さぁ、まだまだやりましょう」
にっこりと笑顔で話しかけた。
やっと少しだけ楽しくなってきたところだ。
「っっこのやろっ!!」
良かった。まだ向かってきてくれる。
雑になってきた彼の攻撃を受け止め、再び剣を交える。
彼が大きく振りかぶったところで、俺は火炎弾を放った。
着弾すると同時に風魔法であおり、両腕を激しく燃え上がらせる。
「熱っっ、あっつぅ!ひぃぃッ!!」
グレゴス先輩は木剣を手放し、地面をのたうち回る。
暫く眺め、火が消えたところで彼の両腕に癒しの光を放った。
「…………うぅっ……」
ゆっくりと上体を起こし、苦痛に顔を歪める。
座り込んだまま立ち上がろうとしない。
「ほら、早く剣を拾って立ってください。まだまだやれるでしょう」
「っっヒイッ!」
彼は肩を跳ね上げて、地面にお尻をつけたまま後ずさった。
「もっ、もう無理だっ! こう━━ガボッ、ゴボゴボッ!!」
素早く口の中に水の玉を投げ込んだ。
言わせるわけないでしょ。
「げほっ、ッッげほっ、ゲホゲホッ」
ひたすらむせているところを、土魔法で手足を拘束する。
左手に大きな氷の槍を作り出し、殺気を込めて睨みながら、ゆっくり近づいた。
「勝手に降参しようとしないでください。俺に無様な姿を晒させるまでは終わらないのでしょう? ねぇ?」
そう言って、グレゴス先輩の股の間すれすれに、氷の槍をグサッと突き刺した。
「ヒイィッ……!!」
彼は小さく悲鳴をあげた。
失禁しながら意識を失ってしまい、審判が俺の勝ちを告げた。
あーあ……終わっちゃった。
もうちょっとやりたかったのに、残念だ。
物足りない気持ちを抱きながら、優勝メダルを受け取る。
剣術大会男子の部が終わった。
そして、どんどん不安な気持ちが大きくなっていく。
やり過ぎてしまったかもしれない。
さすがに失禁させるとかないよね。
リアーナはどう思ったかな。どん引きされていたらどうしよう……
闘技場の出口に向かってとぼとぼ歩いていると、前からリアーナとダグラスさんがやって来た。
「レイー!!」
リアーナは俺を見つけるとぱぁっと笑顔になり、駆け寄ってきた。
良かった、どん引きはしていないようだ。
だけど新たな問題が発生した。
リアーナは両手を大きく広げているからだ。
それって俺に抱きつく気満々だよね。
え、いいの? さすがに大勢の前だよ。
止めなくていいの?
ダグラスさんに視線を送ると、諦めろ、という顔で返された。
もちろん嬉しいけど……
遠慮ぎみに腕を広げて待つと、リアーナはポスッと胸の中に飛び込んできた。
「お疲れさまです! やってやりましたね!」
俺に抱きついたまま、リアーナが見上げながら嬉しそうに話す。
可愛い。そして柔らかい。
「ちょっとやりすぎちゃった気もするけどね」
内心ドキドキで死にそうなんだけど、何とか冷静を装う。
ほどなくしてリアーナが俺から離れた。
残念だけどホッとする。
そのままだったらやばかったから。
「そんなことありません。もっと叩きのめしてやってもよかったくらいです。何か嫌なことを言われたのでしょう? あの人ねちっこそうな顔をしていましたから」
「ふふっ、そうだね。一応すっきりしたからもういいよ」
「そうですか。それなら良かったです。ところで、グレゴス伯爵も来ているのでしょうか? ちょっと殴りに行きたいのですが」
リアーナは拳を握った。やっぱりそうなるよね。
「うん、後々問題になるといけないから、それは止めておこうね」
「……そうですか。分かりました」
しゅんとしちゃったけど、リアーナにはあのクズを視界に入れることも、触れることもしないでほしいから、我慢してもらわないと。





