剣術大会
クロムウェル先生が、癒しの光を蓄えておける魔具を完成させてくれたよ!
魔具に魔力を注いでから一ヶ月経過しても、蓄えた魔力が少しも漏れ出ていないという。
どれだけの期間その状態を維持し続けるかは、まだ分からない。
観察は必要だけれど、魔具は複数個作成したようなので、観察用は先生の手元に置いておける。
つまり、魔力をたっぷり注いだものを教会と王立騎士団に渡すことができた。
全く問題なく使えたようなので、私が直接癒さなくてよくなった。
たまに魔力を補充しに行くだけでいいのだ。
やった! やったよ。
聖女の真似事をしなくてよくなったよ!
「ふんふーん♪ ふふふーんふん♪」
軽やかな足取りで町に出掛けた。
今からレイヴィスとダグラスと共に、ハーマー焼き菓子店に行くところだ。
今日は何を食べようかなぁ。
浮かれ気分で歩いていると、レイヴィスから慈愛に満ちた表情で見つめられた。
また鼻歌が漏れていたようだと気づく。
「嬉しそうだね、リア」
「それはもう、嬉しくてたまりません」
「そっか」
レイヴィスも何だか幸せそうな顔をしている。
彼はハーマー焼き菓子店のお菓子が大好きだもんね。
今日もアップルパイがあるといいな。
嬉しくて沢山食べてしまいそうだ。
先生に作成にかかった費用を支払うと言ったら、素材は無償で手に入ったものだから要らないと言われた。
魔具の作成に使った稀少な素材はまだ残っているらしく、先生はとても生き生きしていた。
稀少な素材をどうやって無償で手に入れたのか気になるところだが、きっと公爵家の力だろう。
さすがだな。
* * *
王都では、もうすぐ剣術大会が開催される。
十三歳以上の騎士見習いなら身分関係なく参加は自由で、学園の剣術の選択授業を受けている者はほとんど参加するようだ。
もちろん私は参加しない。
剣術の授業で一緒の女生徒二人から残念がられてしまったけれど、わざわざ自分から注目を浴びるようなことをしたくない。
レイヴィスも参加しないと言っていた。
「ねぇ、あなたは剣術大会にはもちろん参加するわよね」
一時限目が終わると、私の席へやって来たローズマリー様に尋ねられた。
「いえ、参加しません」
「そうなの? あなたは騎士志望なのでしょう?」
「そうですが、大勢の前で戦いたくはありません。注目を浴びるのは苦手でして」
そう答えると、ローズマリー様は頬に手を添え、首を傾げた。
「そう。でも強さをアピールしないと、いつまで経っても独り立ちできないのではなくて?」
「…………え?」
ローズマリー様は言葉を続けた。
護衛が必要ないほど強いということをアピールしない限り、騎士になんてなれないでしょう? と。
何てこった、本当だよ。
護衛に守られながら、騎士になんてなれるはずない。
「剣術大会、もちろん参加するわよね?」
ローズマリー様はふんわりと可憐に微笑みながら、私に再度尋ねた。
「……出ます!」
* *
今日は朝から、殿下が同じことばかり聞いてくる。
これでもう三回目だ。
「剣術大会には参加しませんってば」
「まだ申し込みしていないだろう。もうすぐ締め切られるから、急いだ方がいい」
「参加する気はないので必要ありません」
「そうか、では今から申し込みにいくといい。職員室に参加申し込み用紙があるからね」
全く噛み合わない会話なのに、殿下は楽しげだ。
「……話を聞いていましたか?」
「もちろん聞いている。君は参加するよね」
いつもと変わらない笑顔と穏やかな口調なのに、何ともいえない圧を感じる。
さすが次期国王というべきか、何というか。
命令されているわけではないけど、了承するまでずっと言われるんだろうな。
「…………分かりました。参加しますよ」
面倒くさいので、諦めることにした。
参加申し込み用紙に記名するため、職員室へ向かうと、リアーナとばったり遭遇した。
「レイ、奇遇ですね。職員室に用事ですか?」
「うん、ちょっと剣術大会に出場しないといけなくなって」
「わぁ、私と一緒ですね!」
リアーナは顔を綻ばせた。
彼女も剣術大会に出る気はないと言っていたはずなのに。
……やっぱりそうか。
ただの娯楽目的か、俺達の実力を測って何かを企んでいるのか。
きっと後者だろうなぁ。
申し込みを済ませて教室に戻り、殿下に詰め寄った。
「何を企んでいるのですか?」
「やだなぁ、企むだなんて人聞きの悪いことを言わないでおくれ」
笑顔でかわされてしまった。
これ以上は聞いても無駄なので、諦めることにする。
「…………チッ」
「君は本当に遠慮がなくなったよね、ははは」
どうせ心の中で舌打ちしても変わらないから。
殿下は今日も楽しそうだ。
* * *
剣術大会当日を迎えた。
会場は王立騎士団の所有する野外闘技場だ。
周りをぐるりと囲む観覧席には、出場者の家族や騎士団関係者、観戦チケットを手に入れた人達で賑わっている。
観覧席を見上げると、レイヴィスはウィルフレッド殿下とローズマリー様と一緒にいた。
殿下に王族席に無理やり連れて行かれたようだ。
すぐ近くには陛下と王妃様もいる。
陛下と目があったので頭を下げると、目元を軽く和らげて返してくれた。
さすがにぶんぶんと手を振ってこなくて安心した。
この為だけに両親を呼ぶことはしなかったので、うちの親はいない。
後で陛下から『何で呼ばなかったのさー!』と口をとがらせて拗ねられるだろう。
今から剣術大会の女子の部が始まるので、闘技場には参加者が集まっている。
周りを見渡しても、王立騎士団の騎士見習いの姿しかない。
灰色の騎士服の集団の中に、ぽつんと一人紺色の騎士服の私。
完全孤立、アウェイ感が半端ない。
そして、女子の集団のひとつがこちらを見ながらクスクスと笑っている。
見覚えのある集団は、王立騎士団に怪我人を癒しに行った時に見かけた、感じの悪い集団だ。
相変わらずムカつくな。
イラっとしていると、学園の剣術の授業で一緒の子達が私のところに来た。
「……あの、エヴァンズさん、気を悪くしないでくださいね。彼女達は騎士見習いの中でも上位の実力で、よく人を見下して笑っているのです」
「エヴァンズさんの凄さを教えても全然信じてもらえなくて。だから今日は思いっきり叩きのめしちゃってください!」
「そうです! ボッコボコにしちゃってください!」
二人が拳を握りしめ、期待に満ちたキラキラとした瞳で見つめてくる。
「……ありがとうございます。頑張りますね」
期待されるのは困るが、味方がいてくれるのは嬉しくなった。
剣術大会のルールはこうだ。
全員が同じ種類の木剣を使用し、その他の道具は使用禁止。
魔法と体を使った攻撃は何でも有り。
相手が気絶するか降参、もしくは審判がこれ以上の続行は危険だと判断することで勝敗が決まる。
つまり、胸部や喉元に剣先を突きつけても、相手が降参しなければ勝ちにはならないということ。
参ったな……降参するまで女の子をいたぶりたくはない。
どうやって戦うか悩んでしまう。
私はトーナメントの最後の方だから、前の人達の戦いを見て決めよう。
もしかしたら、勝てないと判断したら潔く降参するかもしれない。
……なんて考えは甘かったよ。
どんなに一方的な戦いでも、なかなか相手は降参しない。
腹部や背中を強打されようが、額から血が流れようが、頬を打たれようが降参しない。
結局、審判が続行不可と判断して戦いは終わった。
負けた人は顔面血だらけで救護室へと入っていったので、私は後を追った。
救護室の責任者には、大きな怪我は癒すと伝えてあったので、中に入ると笑顔で出迎えてくれた。
「それでは癒しますね」
手をかざし、体を癒しの光で包む。頭から爪先まで綺麗に治した。
「古傷までなくなってる……ありがとうございます」
腕や足を確認しながら、弱々しく笑いながらお礼を言ってくれた。
「あの、皆さんあんなに頭部を狙うものなのですか? そして自分からは降参しないのですか?」
「そうですね、一番効果的な頭部を狙う人が多いです。降参することはまずありません」
大怪我をしても治癒ポーションで癒してもらえる。
むしろ、治癒ポーションを使ってもらえるような大怪我ならラッキーって感じですね、と彼女は言った。
彼女のように古傷まで綺麗に消したいという人は多いそうだ。
大会には多くの貴族からの治癒ポーションの寄付がある。
「そうですか……」
マジか。どうしよう。
一撃で気絶させるしかなさそうだ。
打ち所が悪かったり、力加減を間違えてしまうと殺してしまう……困ったな。
次の戦いも、その次の戦いも、そのまた次も。
誰も降参することなく、血みどろで終わっていく。
何てこった。
そして、私の番がやってきた。
相手はクスクス笑う嫌な感じのグループの一人だ。
相手をじっと観察する。
私と同じくらいの背の高さで、がっしりと逞しそうな体格。
確かに他の人達より強そうだ。
始まりの合図と共に彼女は向かってきた。
木剣を頭の上に構え、力強く振りおろす。
やっぱりいきなり頭部から狙うんだな。
動きにキレはあるけれど速さはなく、余裕でひらりと右に避ける。
彼女は地面を強く打ち付けた。
「チッ!」
舌打ちされたよ。
そんな大振りが当たるわけないのに。
土魔法で何度も足元を狙ってきたけど、ひらりひらりとかわす。
その後も剣での攻撃はやたらと顔ばかりを狙ってくるので、すべて余裕でかわす。
わざわざ剣を使って受け止めない。
相手がすっごくイライラしているのが伝わってきて、ちょっと楽しくなってきたから。
「っっくっそ! ちょこまかとしやがって! 攻撃してこいよ!」
わぁ、口が悪いな。
でもその通りなんだよね。こちらからも仕掛けないと、いつまで経っても終わらない。
仕方がないのでそうさせてもらおう。
一瞬で間合いを詰める。
前に構えていた剣を左になぎ払い、脇腹に全力の一撃を入れた。
「━━っっ!!」
彼女は右斜め後ろに、地面を削りながら飛んでいった。
思った以上に飛んだな。
辺境伯家の騎士達は、ほんの少し後ずさるだけだったのに。
さて、気絶しているといいのだけれど……
あ、ダメだ意識がある。
めっちゃ苦しんでるよ。そのまま降参するんだ。
あ、しないんですね。
剣を地面に突き刺してプルプルしながら立ち上がろうとしている。
さっき骨を折った感じがしたから、肋骨が何本か折れてると思うんだけどな。
もうこれ以上は攻撃したくない。
しょうがないので、立ち上がろうとする彼女の喉元に剣先をあてた。
そして、威圧感と殺気をたっぷり含ませてお願いをする。
「もう立たないでください。分かりましたか?」
にっこりと微笑んでお願いをする。
断ったらどうなるか分かるよね、という願いをたっぷりと込めて。
彼女は呼吸を荒らげながら目に涙を溜め、青ざめていく。
そして震える小さな声で言った。
「…………降参……します……」
彼女は剣を手放し、両手と両膝を地面につけた。
審判が降参を確認して、私の勝ちを告げた。
やった!
何とか一撃だけで終わったことにホッとすると、彼女の腹部にさっと手を当てて癒した。
周りの誰も気づかないくらいにさっと済ませ、対戦場から待機エリアへと戻った。
「エヴァンズさん、さすがですっ。惚れ惚れしました!」
「すっごくしびれましたぁ!」
剣術授業が一緒の二人が駆け寄って来て、やいやいと褒めてくれて、嬉しいけれどちょっと恥ずかしい。
「えへへ、ありがとうございます」
そんな私を感じの悪いグループの人達は、じっとりとした目で見つめていた。
もうクスクスと笑わないようだ。





