マダムは変態
魔法原理学の授業が終わり、レイヴィスと共にクロムウェル先生の部屋へと道具を運んでいる。
私は今日もひたすら実験の様子を見ているだけだった。
回を重ねるごとに難易度が上がっていくので、少し手を出す事も憚られる。
なので後片付けだけはしっかりこなすようにしている。
「ああ、そういえば筋力増強剤の認可が下りたぞ。前にリアーナが飲もうとしていたやつだ」
先生はふと思い出したように、紫色の液体の入った小瓶を戸棚から取り出した。
「飲むか?」
小瓶を目の前にちらつかせられる。
筋力増強剤……すごく飲んでみたかったものだ。
だけど、飲みたい気持ちはもうない。
「筋肉に憧れはありますが、薬に頼るのはやめておきます」
「そうか。あと、魔力を蓄える魔具の試作品が完成したぞ」
先生は戸棚に小瓶をしまうと、違う戸棚から箱を取り出して持ってきた。
机に置かれた箱の中には、青と赤のグラデーションの手のひらサイズの玉が入っていた。
「この色、一角ラビのレアな角に似ていますね」
「そうだ。その角をベースにして作ってみた。一角ラビは角に瘴気を溜めておく性質があり、レアな角にはその十倍の性質がある」
「へぇ……初耳です」
ごくたまに見かけてはサッと倒していたけど、知らなかったよ。
そう言われると、ちょっとだけ強かった気がしなくもない。
どちらにせよ一撃で倒していたけれど。
さっそく先生が箱から取り出した玉に手をかざし、癒しの光を注いでみる。
玉はぼんやり白く光った。
「魔力が入ったようだ。後はどの程度その状態を保てるか、経過観察というところだ」
「よろしくお願いします」
クロムウェル先生はふらふらしながら玉を机の上の箱に戻した。
おそらくこれを作ることに没頭して、いつも以上に食事も睡眠も疎かにしていたのだろう。
「だいぶお疲れのようですね。癒しの光を当ててもいいですか」
「……ああ、そうだな。頼む」
先生は椅子に腰かけて目を瞑った。
眠気をなくすことはできないけれど、疲労を取り去ることはできるはず。
先生を光で包むと、みるみるうちに顔色が良くなる。
疲労感が漂っていた目元はキリッとなった。
「あぁ、これはいいな。目の奥が重くないのは数年振りだ」
「でしょうね。隈まで消えましたよ」
「そうか」
私が物心ついた時からあった、目の下の隈まで消えるとは予想外だ。
昔は光を当てても消えなかったから、染み付いていると思い込んでいた。
もっと早くしたら良かったな。
あっという間に、黒ずくめの怪しい教師から、黒ずくめのミステリアスな教師に変わった。
これからはさぞかしモテるだろう。
レイヴィスは先生の変わりように言葉を失っている。
玉の経過観察は先生に任せて、私とレイヴィスは退室した。
「ねえリア、前に飲まないでってお願いした俺が言うのもなんだけど、飲みたかったんじゃないの?」
「いえ。もう飲みたい気持ちはありませんよ」
「…………そっか」
今のままでも確実に力は付いていて、それでいいと思えるようになった。
それに、今のままの私の方が、レイヴィスは好きでいてくれそうだから。
そんな不純な気持ちも芽生えていることは内緒だ。
もちろんまだ筋肉に憧れはある。
だけど彼の前では女性らしい自分でいたい。いつからかそんな風に思うようになっていた。
* * *
今日は教会へ行き、集まった人々を癒す日だ。
何だかんだで各地から人が集まるようで、月に一度行っている。
せっかく来てくれた人々を無下にできず、断ることができない。
くそぅ。
お断り一択だとはいえ、貴族から声をかけられることがないのがせめてもの救いである。
ここ最近、治癒ポーションの価格が更に下がってきているからだろう。
教会でも在庫が潤い、庶民でもどうにか手が出せるようになったらしい。
治癒ポーションを作れる、稀少な魔力を持つ人が頑張っているのだろう。
ありがたいことだ。
これでクロムウェル先生が癒しの光を蓄えておける魔具を完成させてくれたら、私は教会にも王立騎士団にも行かずに済むのにな。
この前の試作品は失敗に終わったようで残念だ。
聖女の真似事を終えると、黒いローブを脱いで教会の裏手から外に出た。
ローブの下には紺色の騎士見習い服を着こんでいた。
待っていてくれたダグラスとレイヴィスと共に鍛練場へと向かう。
ダグラスは私服でも結局目立つようなので、眼鏡を装着し、騎士服の上着を脱いだ状態で待機してもらっていた。
黒いズボンに白いシャツ姿だから、私服と大して変わらない。
レイヴィスにも同じようにして待っていてもらった。
鍛練場に着くと、軽く走ってから、ダグラスに手合わせしてもらう。
その後は久しぶりにレイヴィスと組手をした。
私はもちろん全力だけど、彼は手加減をしてくれている。
私の拳を受け流す彼の手はどこまでも優しい。
本気を出してもらえないもどかしさより、女の子扱いしてくれて、大事にしてくれることが嬉しい。
そんな気持ちの方が大きくなってきてしまった。
* * *
今日はクラスメートからお茶会に誘われたので、寮の使用人にドレスの着付けを頼んだ。
頼んだのだが……
「…………やっぱり、どう頑張っても閉まりません」
静かな部屋で、使用人が小さく呟いた。
何てこった。まさかドレスの後ろの留め具が届かなくなるなんて。
一ヶ月前に着た時は、胸のあたりがほんの少し窮屈だったけどどうにか着れた。
せめてあと半年はいけると思っていたのに。
「……他のドレスにします」
そうして違うドレスをクローゼットから取り出し、着ることにする。
うん、これもキツい。
着れなくはないが、すでに苦しい。動くとビリッといきそうな危うさだ。
ゆったりめのデザインのドレスを探し、無事着付けが完了した。
「ごめんなさい。本当にお手数をおかけしました」
「いえ、気になさらないでください。成長してサイズが変わることなんて当たり前ですから」
「ありがとうございます……」
そうは言っても、半年前に作ってもらったものが入らなくなるとは思わなかった。
頻繁に着るものではないので、せめて一年はもって欲しかった……勿体ない。
手持ちのドレスがほとんど着れなくなっていたので、さすがに新調することにした。
***
数日後。私の母がオーナーを務める、マダムモリスンの服飾店へ行くことになった。
レイヴィスも手持ちのスーツを確認したところ、少しサイズが合わなくなっていたようなので、一緒に新調する予定だ。
もうすぐ学園でパーティーがある。
全員参加が義務づけられているので、残念ながらサボれない。
その前に気付けて本当に良かった。
王都のセレブ通り(勝手にそう呼んでいる)の一等地に構えたマダムの店。
扉を開けると、何ともセレブな香りが漂ってきた。
「いやーーん! リアーナちゃぁん! おっきくなったわねぇー」
「お久しぶりです、マダム」
腰をくねらせながら近づいてきたのは、この店の店主であり王都一のデザイナーのマダムモリスン。
ピンク色の髪は天高くとぐろを巻き、スレンダーな体型に真っ赤なパンツスーツがびしっと決まった女性だ。
昔は母の騎士仲間だったらしい。
「ダグラスちゃんも久しぶりね!」
「お久しぶりです」
「それで、この子がレイヴィスちゃんね! よろしくね!」
「よろしくお願いします」
マダムとは小さな頃に数度会っただけだが、真っ赤に彩られた唇に笑みを浮かべながら、気さくに話しかけてくれた。
ワインレッドを基調とした店内には、色とりどりのドレスや布地が並んでいる。
ここではオーダーメイドで一から作ってもらうことが一般的なようだが、残念ながら私にはセンスがない。
マダムの作る服はどれも素敵なので、既製品で充分。
ここにあるドレスから選ぶつもりでいる。
「うふふふふ、しばらく会わないうちにますますセレーナによく似てきたわねぇ! 腕がなるわぁ」
マダムは楽しげにメジャーを伸ばした。
「あの、一から作っていただくのではなくて、既製品で構いません。そうお伝えしましたよね?」
「うふふふふ。そんなの許すわけないでしょ。さぁさぁ隣の部屋でさっそく採寸するわよ! まずはリアーナちゃんからねっ」
「……え? いや、あの、既製品で十分なのですが……」
再度伝えても、にっこり笑ったまま何も言わないマダム。
あぁ、ダメだ。無言の圧力を感じるよ。
言うことを聞いた方が良さそうだ。
「あの、新しく作るとしても、デザインも色も全てお任せでお願いします……あ、派手なものは嫌ですけど」
「分かったわよーん! ほらほら、いくわよっっ」
背中をぐいぐいと押され、採寸室へと入ると、部屋の中には従業員らしき女性が二人いた。
手には記録用紙とペンを持っている。
今からドレスを見繕ってもらう手間が省けたし、まぁいいか……と思いながら服を脱ぎ、下着姿になった。
マダムの鼻息が荒くなったのは気のせいだと思いたい。
「いやーん! なにこの子、こんなに育っちゃってぇー!」
何だその手の動きは。
卑猥な手つきで近づいてくるのはやめてくれ。
「マダム、ちゃんと採寸してくださ……っっちょっ、やめてくださっっひゃあっ」
「ちゃんと採寸してるわよー。手でちゃぁんと確かめないとね、うふふふ」
「やっ、その手つきやめっっ……やあっ」
「あらあらリアーナちゃんったら、ここが弱いのかしら」
「だめっっ……それだめぇ!」
「うふふふふふふふ」
何だこの人。本当に王都一のデザイナーか?
ただの変態じゃなかろうか。
従業員の誰か、黙って見ていないでこの人を止めてくれ。
手の動きがおかしいよ。目つきもおかしいから……!
* *
…………疲れた。
採寸ってこんなに疲れるものだったんだ。
いつもは家で使用人に採寸してもらい、そのデータを元にドレスやワンピースを作ってもらっていた。
プロのデザイナーの採寸は違うのだと身をもって知ったが、今後はもう遠慮したい。
何はともあれ、私の用事は済んだので、レイヴィスと交代だ。
「お待たせしました。次はレイヴィスの番ですよ」
採寸室から出て、ダグラスとレイヴィスの元へといった。
「……うん、お疲れさま」
レイヴィスはなぜかそっぽを向いて、小さな声で返事をした。
その耳は真っ赤に染まっていて……
あー、そっか。そうだよね。
今は貸し切りで他に客はいない。
静かな店内の、薄い扉を一枚隔てた隣の部屋だもの。
私とマダム、けっこう大きな声だったからね……
どうしよう。恥ずかしすぎて死にそうだ。





