恋人だなんて
ルーディ様のお陰で少しだけもやもやが晴れ、鍛練場から寮へと戻った。
さっとシャワーを浴びて、唸りながら宿題を済ませる。
夕食を済ませてしばらくすると、ティナさんが部屋を訪れた。
一緒にお茶を飲みながら、その日あったことや他愛ない話をする。
「わぁ……! それでは今日はルーディ様とご一緒だったんですね。羨ましいです……」
ティナさんはルーディ様に憧れを抱いているらしい。
彼はひっきりなしに女の子と遊んでいた頃があったようで、その時に誘われて何度かお出かけしたことがあるそうだ。
「話すことが苦手な私のペースに合わせて、とても紳士的にエスコートしてくれたんです」
忘れられない思い出だと語るその顔は、恋する乙女だ。
彼は今では女性と遊ぶことなく、王立騎士団の騎士見習いとして真面目に励んでいる。
誘われることはなくなったようだ。
「ティナさんの方から誘ってみたらどうですか。彼なら時間を作ってくれると思いますよ」
最初の印象はどうであれ、何だかんだで優しいもんね。
私がどれだけ八つ当たりしても笑っているし、懐の広さは相当だと思う。
「ほえっ!? でっ、でも、彼はリアーナさんのことが好きなのでは……私なんかが誘っても嬉しくありませんよ……」
「え? 私は恋愛対象として見られていませんよ。聖女の力に興味があるだけのようです」
「ええっ? そうなんですか?」
「はい。それは間違いありません」
やたらと誘いを受けるので、『異性として深い付き合いを望まれているのでしたら無理ですよ』と断りを入れたことがある。
その時の返事といえば、『まさか、恋愛感情を抱くなんて畏れ多い。崇拝対象なだけで、つまり女神ということです!』というものだった。
その後も延々とよく分からないことを語られた。
要約すると、聖女の力を持つ私に憧れを抱いてくれているということだった。
ルーディ様はたまに気持ち悪い発言をするけれど、学園に入学した時から気さくに接してくれるし、ストレス発散にも付き合ってくれる。
よき相談相手であり、サンドバッグのようでもある、ありがたい存在だ。
「そうなんですね……では、希望は捨てなくていいのですね。こちらから声をかけるというのは緊張しますが、行動を起こさないと何も変わらないですよね……!」
お、ティナさんがちょっとやる気を出したようだ。
目に熱意がこもった。
「その意気です」
「二年生になったあたりで、お付き合いしたり婚約する人が増えるそうなので、うじうじしている場合ではなさそうです……リアーナさんはオルコットさんと恋人同士で羨ましいです……」
「え、彼とはそういう関係ではありませんよ」
「ほえっ?……恋人ではないのですか? まだ婚約していないだけで、てっきりそういう関係だとばかり……皆そう思っていますよ」
「え……」
恋人? 私とレイヴィスが?
何てこった。私達はそういう風に見られていたのか。
そうか、いつも一緒に昼食を取っているし、登下校時も一緒にいる。
そう思われていてもおかしくない。
そうか、恋人か……
そんな風に考えたことなどなくて、だんだん顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
「えっと……その、リアーナさんは彼が好きですよね……?」
ティナさんが容赦なく攻めてきた。
恥ずかしくて、ひたすら顔が熱くなっていく。
だけど、好きかどうかなんて考えるまでもない。
「もちろん、好き……です」
「わわっ……! でっ、では、いずれ結婚したいと思いますよねっ?」
「……うぅ……もう勘弁してください」
「はわわわわ、ごめんなさいぃ……!」
想いを口にするのが恥ずかしすぎて、熱くなった顔を両手で隠した。
そうか、学園を卒業したらもうそんな歳になるんだ。
兄もそうだった。
レイヴィスと結婚なんて、そんなのしたいに決まっているよ。
しばらく経つと顔の熱は引いて、ティナさんの『はわわわわ』も落ち着いた。
お茶を淹れ直して、お互い一口飲んで落ち着くと、ティナさんがおずおずと口を開いた。
「あっ、あの、リアーナさん、お願いがありまして……」
そう言って、彼女は眼鏡を外した。
そして、もじもじとしながらの上目遣い。
わわわ、可愛すぎてキュンとなる。
「はい、何でしょう」
いいよ! 何でもお願い聞いちゃうよ! という高ぶりを抑えながら、落ち着いて笑顔を向ける。
「えっと、実は……」
ティナさんは恥ずかしそうに、ゆっくりお願いごとを話した。
聞き届けた私は、彼女の目にそっと手をかざし、癒しの光を当てた。
* * *
翌日の朝。
登校して教室の自分の席に座って本を読んでいると、しばらくして周りがざわついた。
「おはよう……ございます……」
私の後ろの席にやってきたティナさんは、いつも以上にもじもじしている。
いつも眼鏡にかかっていた長い前髪は横に流しているので、綺麗な緑色の瞳がよく見える。
しっかりきっちり結んでいた三つ編みおさげは、ふんわり緩く編み込みにし、フレームの細い眼鏡をかけている。
「おはようございます。今日はいつもと雰囲気が違って新鮮ですね。いつも可愛いですが今日は更に可愛いです」
「はわわわっ、ありがとうございます……やっぱりいきなり眼鏡なしは無理でして、せっかく治していただいたのに……申し訳ありません……」
「そんなの気にする必要ありません。ティナさんのペースでゆっくり慣れてください。そうだ、ここぞという時だけ外すのもいいですね」
「……そう、ですね。頑張ってみます!」
頬を染めて意気込むティナさんが可愛くて、微笑まずにはいられない。
昨日のティナさんのお願いごとは、視力を回復させたいというものだった。
いつまでもうじうじせずに一歩前に踏み出すため、外見から変わりたいそうだ。
癒しの光を当てて目を治し、『よし! 頑張ります!』と意気込んだ次の瞬間、すでに緊張で死にそうな顔になっていた。
視力が回復したため、元の眼鏡はもう使えない。
気休めに持っていたらどうかと、手持ちの眼鏡を貸した。
教会に行く時にダグラスに掛けさせていたものだ。
ティナさんには少し大きいようだけど、さっそく役立ったようでよかった。
そうして、この日からたまに眼鏡を外して恥ずかしそうに笑う美少女に、心を鷲掴みにされる男子生徒が続出するようになるのだった。
もちろん私もだ。
後ろの席の天使が尊い。
* * *
寝る前に、借りた本を読むことが日課になりつつある。
初めの頃は男同士の恋愛小説ばかり借りていたけれど、今では男女の恋愛小説も借りて読んでいる。
今日は幼馴染みの男女の恋物語だ。
幼い頃から兄妹のように仲よく育ってきた幼馴染みのことをふとした瞬間から意識するようになり、恋心を抱いていくストーリー。
最後はもちろんハッピーエンドだ。
悲恋は好まないので、最後は幸せな気持ちになれる本を選んでもらっている。
「幼馴染みかぁ……」
私とレイヴィスは十一歳の時に出会ったから、幼馴染みではない。
レイヴィスにとって幼馴染みとは、初等学校の時に出会ったアーネットさんなどだろうか。
「……いいな」
いつの間にかそんなことをぼんやり考えていた。





