発散(2)
今日も今日とて女子力向上に努めている私は、ティナさんから借りた本を休み時間に読んでいる。
なぜかいつもタイトルから想像する斜め上の内容だが、面白いから問題ない。
ティナさんは今日も窓の外をうっとりしながら眺めている。
レイヴィスと殿下の親密度が上がってきたらしく、念願の指絡めをその目に収めたらしい。
確かに、なかなかの親密具合だ。
ローズマリー様に、殿下がレイヴィスの事を本気で好きになってしまったらどうしよう、と相談したところ、『あれはきっとお兄様の悪ふざけよ。彼はメアリーさんのことが大好きだから大丈夫』と言ってくれた。
メアリーさんとは、ウィルフレッド殿下の婚約者である、メアリー・プレストン公爵令嬢のことだ。
安心して本を読んでいたら、ローズマリー様がやって来た。
「あなたは本当にそういった本が好きね」
「女子力向上のため、今まで読んでこなかった分を取り戻しております」
「……女子力向上? ふふっ、そう。それなら男女の恋愛小説も読むといいのではないかしら」
「なるほど、そう言えばそうですね。次はそうします」
「ええ」
言われてみればそうだな。
さすが女子力高めのローズマリー様だ。
気になるタイトルで本を選ぶと、なぜか全て男同士の恋愛話になってしまうため、今度ティナさんに選んでもらおう。
* * *
昼休憩の時間が刻々と過ぎていく。
レイヴィスは待ち合わせの場所に来ない。
またアーネットさんに捕まっているのだろうか。
「ダグラス、レイを迎えに行きますね」
「了解しました」
彼らが仲良くしているところはできれば見たくない。
でも本当に昼食をとる時間がなくなりそうで、仕方なくAクラスへ足を運んだ。
……何てことだ。
レイヴィスの腕にアーネットさんが抱きついているよ。
たゆんたゆんの立派なお胸を押し付けながら。
呆然としながら扉の隙間から見ていると、アーネットさんと目があった。
彼女はふふん、と勝ち誇ったような顔をする。
むむむ……
すごくもやもやする。
レイヴィスは困り顔で、『離れてください!』と言っている。
だけど内心デレデレだったらどうしよう。
だって、すごくたゆんたゆんだもん。嫌なはずない。
そう思ったら、ちょっと涙が出てきた。
* *
「アーネットさん、困ります。離れてください」
がっちり腕に絡み付かれて離れてくれず、身動きが取れない。
もちろん腕を捻りあげるのは簡単だけど、そんなことはできない。
どうにか穏便に済ませたいけど……困った。
「嫌ですわ! 今日のお茶会に来てくれると言うまでは離れませんわ」
「……ですから、今日も用事があって無理だと言いましたよね」
「用事って鍛練でしょう。たまにはサボっていいと思いますわ」
アーネットさんは自分の要望を聞き入れられるまで諦めそうにない。
何でこんなにしつこいんだろう。
そろそろ昼食に行きたいのに……
うんざりしながら時計に目をやる。
あれ? いつの間にかリアーナとの待ち合わせ時間が過ぎていた。
早く行かないと。
「すみませんが、人を待たせているので────」
話は後にして欲しいと言おうとしたら、周りがざわついた。
何だろうと思い、皆の視線の先を辿る。
扉の隙間から覗くリアーナの姿があった。その目には涙が浮かんでいる。
「えっ、リア!? ちょっ、アーネットさん離してください!」
「嫌ですわ! 行くと言うまで離れませんわ!」
「分かった分かりました! 行きますから離してください!」
やけくそで適当に返事をしたらやっと腕を離してくれて、俺は扉の方へ慌てて駆け寄った。
「リア! ごめん。お待たせ」
「……」
リアーナは目を逸らして返事をしてくれない。
どうしよう、怒らせてしまった。
彼女は無言で食堂の方へ歩き、しばらくするとポツリと言った。
「……今日はアーネットさんのお茶会に行くのですね」
「え?」
なんで?
俺はお茶会に行くだなんて一言も……あれ、 言ったっけ。
さっき、もしかして行くって言っちゃったような……
言っちゃったか。
「ごめん。つい行くって口から出ちゃった……今日の鍛練は一緒にできなくなっちゃったね。アーネットさんにはもう本当にこれで最後にしてもらうから」
「……別に、レイが行きたいなら我慢する必要ありませんよ」
リアーナは目を合わせてくれない。何か勘違いをしているみたい。
「行きたくないよ。さっきは腕を離してもらおうと急いでて、つい行くって言っちゃったんだ」
「そうですか……」
どうにか納得してくれたようだ。
やきもちは嬉しいけど、不機嫌にさせてしまうのは嫌だ。
結局、リアーナは昼食中も少し機嫌が悪いままだった。
本当にもう、アーネットさんには強めに断ろうと決めた。
* * *
あぁ、もやもやする。
午後の授業中はずっと気分が沈んでいた。
ようやく帰宅時間になった。
早く鍛練場に行っていっぱい走りたい。
レイヴィス、ダグラスと共に正面玄関へと向かっていると、前からルーディ様が歩いてきた。
「リアーナ様! もしよろしかったら今日こそは僕と━━」
「ルーディ様、いいところに来てくれました」
「へっ?」
本当に、丁度良いところに来てくれたよ。
「ちょっと鍛練に付き合っていただけますか?」
にっこりと笑いかけると、ルーディ様は身震いして、口をぱくぱくさせた。
* *
「…………ふぅ」
いい汗をかいて、少しスッキリした。
ルーディ様をひたすら吹っ飛ばし、地面にめり込ませ、転げ回しを繰り返し、力尽きて地面にうつ伏せで倒れているルーディ様に癒しの光を当てた。
「ルーディ様は本当に頑丈ですね。おかげで少しだけ気分が晴れました」
「…………っぜえっ……ッ、ハアッ、はあっっ……そっ、そうですか……ハアッ、それはよかっ……たです、ッ……」
ルーディ様の隣に座って、空を見上げた。
(今頃、レイヴィスはアーネットさんと一緒にいるんだよな……)
腕に抱きついていた姿が脳裏に浮かぶ。
たゆんたゆんとした立派なものが……むむむ。
「男の人って、巨乳が好きですよね」
思わず口からポツリと出る。
ルーディ様はやっと起き上がって座った。
「はへっ? きょっっ? いやいや、皆がそうとは限りませんよ」
「そうなんですか?」
「そうですとも。大きければ良いってものではなくてですね、皆それぞれ好みがありまして……」
そうなんだ。
辺境伯家の騎士は巨乳好きばかりだった。
兄の婚約者もたゆんたゆんで、ミリアもわりと大きい。
だから大きければ大きい方が好まれると思っていた。
「それではルーディ様は巨乳に興味はないのでしょうか」
「僕ですか。僕はそうですね、リアーナ様のようなバランスのとれた美しい身体を好ましく思いますね! スラッとしているのに出るところはほどよく出ているなんて最高です! たまりませんね!」
ニカッと笑顔で、何てことを言うんだこの人。
巨乳について聞いているだけで、私の身体が好みかどうかなんて聞いていない。
ぞわっとするよ。
「そうですか。褒めてくださっているのでしょうが心底気持ち悪いです。今後そのようなことは言わないでいただけますか」
「……はい、ごめんなさい。二度と言いません」
ルーディ様は地面に頭をこすりつけた。
本当にもう二度と言わないでほしいので、分かっていただけたようでよかった。
まだぞわぞわするけれど、皆が巨乳好きじゃないと知ってちょっと安心した。
そうか。好みは人それぞれなら、レイヴィスはどうだろう。
巨乳派じゃないといいな。





