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落ち着きが足りない

だいぶ間が空きましたがよろしくお願いします。

 武蔵野線で三人は帰路に就く。

 ゆりと怜が明日の仕事の話をしているのを隣で聞きながら遥は気持ちが落ち着かない感じがしていた。

 「あれさっきのオークスの話はしないのかな・・・・・・」と。


 他に気になる事もある。この前のように祝勝会はしないのか、と。

 今日は皆で勝ったのだからもっと楽しい会になるはずだ、なのに二人はそんな素振りを全く見せない。

 遥は迷った。

 自分から誘ってしまうか・・・・・・

 いやいやいや、それは二人に迷惑かもしれない、そう考えれば考えるほど落ち着きがなくなり会話しているゆりと怜の方をちらりちらりと見たり、外の風景を見たり、中吊り広告を見たりとちょっと挙動不審な感じになっていくのだった。


 電車が西国分寺に到着し、遥とゆりとは逆方向に帰る怜が「じゃあ」と手を振ったときに遥はようやく決心した。

「あのお時間あったら飲みに行きませんか」

 遥は人生で初めて飲み会に人を誘うのであった。


「えー、明日の仕事の準備で忙しんだけどなー、遥のおごりかなぁ」

 ニターっとした表情で怜が答える。

 その隣でゆりも「かかったわね」とほくそ笑む。

 ようやく「はめられた」と遥は気づいたのだった。


「いや、遥が自分から飲みに誘うとわね」

 怜が西国分寺の大衆居酒屋の座席にドンと座りながら言う。

「遥ちゃんも立派な社会人ね」

 ゆりもどこか嬉しそうに言う。


「お二人ともからかわないでください」

 遥は、もうっという感じで照れながら怒る。

「いやいや、どうすんのかなーってこっちもヤキモキしてたんだぞ」

「そうよ、明らかに落ち着きがないからね。奇数番だったら間違いなくスタートで出遅れるタイプよ」

「お前が競走馬だったら出遅れ怖くて、買えないよ」

 怜が遥をからかう。

「そうよ、私たちにそう遠慮はいらないからね。気を使いすぎずにもっと堂々としていいわよ」

 ゆりが優しく微笑む。

「は、はい。極力気を付けます」

「そうそう。お前は思い切りが足りない。もっとガンガンいけよ。あ、お兄さん生三つ!!」

 怜はタブレットで注文する前に近くに来た店員に声をかける。


「ちょっと勝手に頼まないでよ。私ビール飲まないわよ」

 ゆりが怜に異を唱える。

「え、全部自分の分だよ。今日は馬券も勝って気分いいしなんたっておごりだからな」

 怜は今日はスタートから出鞭をふるってガンガン飛ばしていくようだ。

「あんたはちょっとは遠慮を覚えな・・・・・・無理か」

 ゆりは即、あきらめの境地に至ったのだった。


 ゴクゴクと生中をのどに流し込む怜の向かいでゆりと遥は仲良くタブレットをのぞき込む。

「私は梅酒のソーダ割、遥ちゃんは何にする」

「私も同じので。梅酒系ならあまり酔わないみたいです」


「しかし遥、お前よくルーンジェイドで買えたな」

 そんな二人のやり取りを見ながら怜が尋ねる。

 

 今日のオークスは1番人気リアルサウンドが無事無敗で二冠を達成したのだが、2着には7番人気ルーンキャスト、3着には13番人気ルーンジェイドが突っこんで少し荒れたのだった。

 そのルーンジェイドとリアルサウンドのワイド1点勝負で遥は馬券を仕留めたのだ。


「はい、今日色々馬の適性とか教えていただいたじゃないですか。そこで重視すべきなのは距離適性なのかなと思いまして・・・・・・」

 照れ照れとしながらも待ってました、という感じで遥が答える。

「私も少しだけ競馬研究して種牡馬によって距離への適性は決まるんだなーってのは知っていたんですけどディープコンタクトって馬の産駒だとどんな条件でも走る事くらいしか知らなくて、あまりよくわかってなかったんです」

 遥が滔々と語り始める。

「一番距離の長いG1は天皇賞春だって事は知っていまして、ディープコンタクトも勝っているんで相手はもうディープ産駒で仕方がないのかなと思ってはいたんです」

 実際、今年のオークスはディープコンタクトの産駒が18頭中8頭を占めていた。

「でもきっと他に長い距離のレース得意な種牡馬がいるはずと思ったんです。で、ふと思い出したんです。ゴールドアークって馬も天皇賞春を勝っていたなって」

 遥が自信満々に語り続ける。

「実際に今日のオークスの出走馬の種牡馬で天皇賞春勝っているのはゴールドアークとディープコンタクトだけなんですよ」

 遥がしたり顔で胸を張る。


「そうね、勝ったリアルサウンドの父も3000mの菊花賞勝ったエピファニーだし、遥ちゃんの読み正解だったのかもしれないわね」

 ゆりが補足する。そして尋ねる。

「遥ちゃんはゴールドアークっていう馬自体はもう勉強したのかしら」

「いえ、まだ昭和の名馬の段階でして・・・・・・。すいません。良く知りません」

「ゴールドアークってどんなイメージの馬?」

「え、そうですね。たしか皐月賞と菊花賞の二冠馬でしたよね。で長距離の天皇賞春も勝っているので雄大な馬体で落ち着いた感じの馬なんですかね」

 遥が一生懸命、ゴールドアークのイメージをこね挙げて答える。

 勉強すべき馬が多くて近年の馬はまだまだ調べるのが後手に回っているのだった。


 ふっ、ゆりが自嘲めいた笑いを浮かべる。

 ゆりが初めて買った馬券は2015年の宝塚記念なのだ。

 単勝1番人気、オッズは1.9倍に押されたゴールドアークから馬券を買ったゆりは初めての馬券、初めてのG1に興奮しながら競馬場のターフビジョンに集中していたのだった。

 結果は最悪だった。

 スタート前から全く落ち着きのおの字も見せないゴールドアークがスタートと同時にゲート内で突然踊りだしたのだ。

 他の馬たちが先行争いをする中、ただ一頭ポツンと、本当にポツンと立ち置かれたゴールドアークは見どころなく16頭中15着に敗れたのだった。

 あの時のほど人生で「え?」と呆然としたことはないだろうとゆりは振り返る・・・・・・

「そう。何も知らない事もいい事かもしれないわね」

 ゆりは呟きそして、梅酒のソーダ割を一気に飲み干すのだった。

 そう、翌年から安定した成績を残したキタサンダークと盾剣騎手に惚れ込んでしまうのも無理もない事だったのだ。


「あー、思い出した。私、初めて買った有馬記念でゴールドアークって白い馬がいたな。あれか。お前みたいに落ち着き全然ない馬だったらしいぞ」

 怜がなんとか記憶を辿る。

「いやいや、私結構落ち着きあるタイプじゃないですか」

 何言ってるんですか、という表情で遥が文句を言う。

 お酒が入って少々遠慮はしなくなっているようだ。


「ブフッ」

 思わず怜が生中を吹き出す。

 向かいのゆりも笑っちゃ悪いと思ってかテーブルに突っ伏している。

 懸命に笑いを殺し行ったがどうも無理のようで時折、大きく痙攣する。

 二人は普段の生活や帰りの電車の中でソワソワしてあっちを見たりこっちを見たりで落ち着きのない遥を見ているだけにもうどうしようもなかったのだった。

 それを見て、大変不満そうに最後に残っただし巻き卵を不満そうに遥は頬張るのであった。


「今年、一番笑ったわ。その笑いに免じて今日は割り勘にしてやろう」 

 ゆり共々最初からそのつもりであった怜は笑いの涙を指で拭うのであった。


「ゆり先輩、私そんなに落ち着きありませんか?」

 帰りの中央線の中で遥はゆりに問う。

「え、そんな事ないわよ。だんだん仕事も身についてきたのかしらね。社会人らしくなってきたわよ」

 ゆりが優しく微笑んで答える。

 いつもなら遥はコロッと騙されてくれるのであったが・・・・・・

 アルコールの入った遥は意外と図太い。


「その割にはさっき居酒屋で苦しそうにしていましたよね」 

 もう一度、ゆりに尋ねる。

「あれは場の雰囲気というやつ・・・・・・ん、ぶふっ」

 出会ってからずっとバタバタしている遥を見ているゆりは頑張ったが、やはり我慢できなかった。


 それを見て明日からは落ち着いた女になろうと遥は決意するのだった。

リアルサウンド(デアリングタクト)

ルーンキャスター(ウインマリリン)

ルーンジェイド(ウインマイティー)

ディープコンタクト(ディープインパクト)

ゴールドアーク(ゴールドシップ)

キタサンダーク(キタサンブラック)

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