第98話 生命のエメラルド
【前回までのあらすじ】
ジルと“闇の使者”フレイの攻防が続く中、ついにジルの弓が破壊されてしまう。
弓がなくなったジルは、抵抗することを諦める。
そのとき、不思議な声が聞こえ、言われるままに祈りを捧げるジル。
それに呼応するように神の像から光が溢れ、導かれるように手にしたのは、エメラルド。
そして宝石は弓に姿を変えるのだった。
手にしたエメラルドは立派な弓に変貌した。
ジルは一瞬戸惑ったが、自分に与えられた役目、そしてこれからすべきことを察した。
もはや迷いは微塵もなかった。
「……この弓があれば、“闇の使者”と巨人を倒せるかもしれないわ……! 」
“闇の使者” フレイは光がひいたことでようやく動けるようになり、再度剣を構えた。
「くっ、なんだったんだあの光は……! つくづくわたくしの邪魔をしてくれる……ッ!!
さあ、これで観念するがいい……! 」
しかしジルが手にする弓を目にしたとたん、ピタリと動きを止めた。
フレイは少し驚いたような、かつ興味深そうな顔をし、終いには笑みをこぼした。
「……ほう。あなたも“光の使者”だったってわけですか……」
ジルは自ずと弓を引いた。
「女神イレニア様が与えてくださった力。……私はまだ戦えるわ! 」
ジルが弓を引くのに合わせて、矢がまばゆい光に包まれた。
これは今までになかったことだ。
この弓が――エメラルドが姿を変えた弓が――、通常の弓とは訳が違うことを証明していた。
と、ここで予想外のことが起きた。
フレイが剣をローブに納め、両手を上にあげたのだ。
「おおっと。これ以上あなたとやりあうつもりはありませんよ 」
「……ええっ? 」
拍子抜けしたジルは一瞬弓を下げそうになった。
(いや、待って。これも罠に違いない。
隙をついて攻撃してくるような人よ。
こちらが気を抜いた瞬間に攻撃をしかけてくるはずだわ! )
ジルは再び弓を構え、フレイの頭に狙いを定めた。
矢が一層まばゆく光る。
いつでも矢を放てるように、相手の出を伺うことにした。
「……おやおや。意外と血の気の多い人なんですね。嫌いじゃないですよ、そういう人は。
……ですが先ほど宣言したとおり、わたくしはもう戦うつもりはありません。
わたくしにはまだまだやるべきことが残っていますからねえ。
ここで命を落としたくないだけです 」
フレイは背中を向けると、矢のささった左目を抑えつつ、足を引きずりながら離れていった。
「ちょ、ちょっと……! 待ちなさいよ! 」
ジルは弓を構えるも、その手は震えていた。
相手の急激な態度の変化に調子を狂わされ、瞬時に結論を出せなかった。
(これだけ戦いあって、ギルアさんもエスペルさんも犠牲になって……。
私が“光の使者”になったとたんに、この態度……。
どうしてそんな身勝手なことができるの?
わからない。納得できない。私たちの苦労が報われないわ……!
……何を迷う必要があるの? 相手は今無防備なのよ。剣もないし、背中を向けているのよ。
ここで倒さないと、今まで時間稼ぎした意味がなくなってしまうわ。
それに、ギルアさんとエスペルさんがつないでくれたチャンスを、棒に振ることになるわ……!
だから、矢を放つのよ! 今すぐに。今すぐよ、矢を放って……ジル!! )
ジルは己の信念に従って矢を放った。
光を帯びた矢はまっすぐに飛び、フレイの背中につきささった。
「ぐ……うああ……っ……!! 」
一際苦しそうなうめき声をあげて、フレイは膝から崩れ落ちた。
矢が当たった箇所から、黒い煙のようなものが立ち上っている。
「おのれ……!! 貴様……!!!! 」
「あなたが勝手に戦闘を解除をしようと、私には関係ないわ。
あなたはこの国の人たちも、私の大切な人たちも傷つけた。
このままおとなしく引き下がる私じゃないってことを、思い知らせてやるわ……!! 」
ジルはさらにもう1本の矢を構えた。矢が眩く光る。
「くっ……。くくくくく……。ふははははははははは……」
「何がおかしいの!? 」
「これはいいデータが取れそうだ。むしろ幸運というべきか…… 」
「……? 何の話をしているの? 」
「この矢は私に悪影響を及ぼしています。この黒い煙がまさにその証拠です。
“聖なる竜の血”にとって誠に相性が悪いということがわかりましたよ 」
「……な、何を言っているの……? 」
「実によい手土産ができました。これで陛下からもお褒めいただけるに違いない。
意識と体力があるうちに、早めに戻らなければいけませんね。
……それではまたどこかで。あ、330号の処理は頼みましたよ」
そういうと、フレイはスッと姿を消した。
ジルはその場にペタリと崩れ落ちた。
緊張の糸が一瞬で解けたのだろう。今になって恐怖からくる震えがとまらなかった。
「何……。どういうことよ……。わからない。わからないわ。
……いえ、待って。今は気持ちを切り替えなくちゃ! 」
ジルはゆっくり立ち上がった。
近くにはジルの盾となってナイフを受けたギルアと、最後まで力を振り絞ったエスペルが倒れている。
「ギルアさん……。エスペルさん……。“闇の使者” はいなくなったわ。
あなたたちの力なしには達成できなかったことよ!
だけど、次は巨人を倒さなきゃいけないわ…… 。
一体、どうすればいいのかしら……。
ギルアさん、あなたならどんな策略を立てるかしら……? 」
空を見上げると国中を取り囲むように酸のドームが覆っており、雨のように酸が降り注いでいた。
地面や周りの木々に落ちると、ジュウウウ、と音をたてて溶かされていった。
「アルスとリンが来るまで、私が守らなくちゃ……! 」
ジルはギルアの両肩を後ろから持ち上げ、エスペルの側までひきずってきた。
そして、自分が羽織っている上着を2人の上にかぶせた。
「これなら少しの間は雨を受けなくて済むわ。……いたっ……」
上着を脱いだことで今度はジルが酸の雨を受けることとなった。
随所に熱湯を浴びたような痛みと、肌がただれていくのがわかる……。
ジルは弓を抱きしめ、必死に祈りを捧げた。
「大地の女神イレニア様……。私に大切な力を分け与えていただき、感謝いたします。
ですが、私に何ができるでしょうか?
どうか、アルスたちが戻るまでの間、ギルアさんとエスペルさん、それとこの国の人たちが助かりますように……」
そのとき、頭の中に直接語りかけてくるような声が聞こえてきた。
優しくて包容力があり、どこか神聖な雰囲気のある女性の声だった。
〈私は大地の女神イレニアの精。あなたが新しいエメラルドの持ち主ですね〉
「え……? 」
ジルは損壊の激しい神の像のほうに振り向いた。
(もしかして、この像から声が……? そういえば、アルスも祈りを捧げてたわ……)
「ええ、そうみたいです…… 」
ジルはまだ自信が持てなかった。
本当に自分が宝石に選ばれたのか、今になって疑心暗鬼に陥ってしまった。
イレニアの精は続けた。
〈その宝石は、「生命のエメラルド」と呼ばれる代物です。あなたにしか扱うことができません。
宝弓に姿を変えたのがまさにその証拠です。
さあ、時間がありません。あなたにイレニアの加護を授けましょう〉
「え。加護を受けるのは、私……ですか? 」
〈はい、そうです。あなた以外には受けられない加護です。
さあ、弓をこちらに……〉
「は、はい……」
ジルは弓を前に差し出した。
弓は自ずと宙に浮き、天からまばゆい光が降り注いだ。
その光景を目にしながら、ジルはイレニアの精の言葉を心の中で反芻していた。
(イレニア様の加護を受けられるのは、このエメラルドだけ――。
アルスでもリンでもなかったんだわ……。
ああ、なんていう運命のいたずらかしら……)
〈さあ、弓に新しい力が宿りました。『イレニアの息吹』です。
悪しきものを貫くだけでなく、命を無くした大地に新しい息吹を吹き込むこともできます。
さあ、まだやるべきことは残っています。これはあなたにしかできないことですよ〉
「はい……。ありがとう、ございます…… 」
ここでふと気になっていたことを尋ねた。
「あの、さっき私に話しかけてくれたのも、あなたですか?
『私の 大切な 娘よ』って……」
しかし思わぬ答えが返ってきた。
「いえ、私があなたに語りかけたのは、これが初めてです。
それでは、健闘を祈っています。あなたに光の加護がありますように…… 」
それきり、イレニアの精の声は聞こえなくなった。
「……じゃあ、あの時の声は、誰だったのかしら……? 」
ジルは無意識に弓を握りしめた。
「でも、私を導いてくれたのは事実だわ。
どこかでお会いした時に、お礼を言わなくちゃ」
そのとき、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「ジルー! ジルーーーー!! 」
ハッと振り向くと、アルスとリンの姿が見えた。
リンのトパーズの力でバリアを張っているからか、上から降る酸を回避している。
ジルは急に安堵し、涙で視界がゆらめいていた。
「アルス……! それに、リンも…… 」
ジルも思わず走り出していた。
次回、ついに巨人を倒せる……? 戦いの行方はいかに――!?
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