第18話 謁見
【前回までのあらすじ】
城の入り口まで来たアルスは、無事謁見を許可され、内部に入ることに成功したのだった。
謁見の間に案内されたアルスは、ただただ圧倒された。
左右には金色の柱が並び、大きなアーチ状の窓からは明るい光が差し込んでいた。
天井にも金の装飾が施され、煌びやかなシャンデリアが等間隔に配されていた。
大理石の床には赤い絨毯が敷かれており、奥まで一直線に続いていた。
両側には兵士が整然と並んでおり、槍を手にしたまま微動だにしない。
奥には大臣たちと思われる位の高い人物が4、5人立っており、兵に連れられてきたアルスをいぶかしげな面持ちで見つめていた。
一番奥は階段が数十段ほど設けられて高くなっており、純金に輝く玉座に皇帝が座っていた。
階段の下で兵が止まり、「アシュヴァルトの長老の使いを連れてまいりました」と報告した。
皇帝は例の手紙を読んでいるようだった。
「よろしい。下がれ」
手紙越しに皇帝が支持すると、兵は脇に避けた。
やがて手紙を読み終わると、顔を離し、アルスに一瞥した。
「おまえがアシュヴァルトの長老の使いとやらか。ご足労感謝する」
アルスはしゃべっていいものか判断できなかったので、軽く会釈だけした。
皇帝は40代後半と見えた。ギラリと鋭い眼光と立派にたたえた髭から威厳がひしひしと伝わってきた。
白を基調とした衣装は金銀の装飾がまばゆく、上から光沢のある白いマントを羽織っていた。
「私はラオンダール帝国 第38代皇帝、レオニス・ディニタス・ラオンダール。
手紙は丁重に読ませていただいた。『この世界に危機が迫っているので、協力を得たい』とな。
アシュヴァルトは“世界樹”を守る聖地だ。
この世で一番神に近い国である長老が直々に使者を派遣し、我々に協力を仰ぎにきた。そういうところだろう」
アルスは無言で続きを待った。
「しかし、どうも納得がいかない。
そのような兆候が見られるわけでもなく、はっきりした証拠があるわけでもない。
我々は国境の監視や領土の視察を欠かさず行っているが、一方的に攻撃を受けたり、怪しい賊を見かけたりといった事例は全く見受けられない。
……むしろ平和だ。一体何を根拠に『危機が迫っている』と言えるのだろうか。
悪いがこの程度では力を貸してあげられん。
あるかないかの不確かな理由で我々に近づく者は、大抵金目当てのペテン師だ。
そういうやつは今までにごまんと見てきたし、我々もそれなりに対処をしてきた。
申し訳ないが他を当たってくれ。
それに、我は忙しいのだ。このあと西の国へ行く用事があるのでな」
「……」
アルスは、薄々ながらも覚悟していた。
いくら危機が迫っていると言えど、抽象的な理由のみでは決して協力を得られないであろうことに。
軍事力も経済力も申し分なく、この世界で圧倒的な力を持つ大国が、はっきりしない理由に対しておいそれと協力してくれないであろうことに。
心のどこかで「長老様の手紙だしすぐ協力を得られるだろう」という甘い考えもあったが、「そうやすやすと手を貸してくれるはずはないだろう」という否定的な予感もしていた。
それでも、どうにかして協力を得なければ、ここまできた意味がなくなってしまう。
――アルスは決心した。
「陛下。14年前に、エルディシアが滅亡したことはご存知だと思われます」
「ああ、もちろんだとも。あれほどショックを受けたことはない。
今でもその影響は計り知れないからな。……それがどうかしたのか?」
皇帝は話を早く切りあげたそうにしていたが、アルスは続けた。
「エルディシアは、異国の黒い兵士によって滅亡させられました。
聖壁によって守られていた国が、いともたやすくそれを破られ、侵入を許し、一晩で滅んだのです」
「何、黒い兵士だと?」
皇帝の眉がピクッと動いた。大臣たちもざわざわと騒ぎはじめた。
「黒い兵士の国って知ってるか?」
「いや、隣接している国でも、遠くの国でも見たことがない」
アルスは聞こえないふりをして、さらに続けた。
「エルディシアの王家は、命からがら縁のあるアシュヴァルトまで逃げのびました。
しかし、途中で深手を負い、無事辿りついたときには虫の息でした。
最後の希望である幼い我が子と共に、王家に代々伝わる宝も預け、14年間守り通しました。
……それが、これです」
アルスは背中から杖を取り出した。
その場にいた誰もがハッと息を飲み、その杖を見つめた。
ダイヤモンドがはめ込まれた、黄金の杖だ。
「この宝杖は、この世界を守るために、神よりもたらされたものです。
過去1000年のエルディシアの歴史に於いて、この宝杖が使われたのは、建国した初代の時代のみ。
それ以降は平和が続き、一度も使われたことがありません。
その宝杖が今、ここに姿を現しているということは、闇の勢力が近づいてきている証です。
申し遅れましたが、私はアルス。
アシュヴァルトの長老様の使いであると同時に、エルディシア王家の、たった1人の生き残りです。
長老様からこの事実を聞き、ここにやってまいりました。
私だけの力では、どうすることもできません。
皇帝陛下、あなたのご協力なしには、この世界を守ることはできないのです。
どうか私たちに、力を貸していただけないでしょうか」
アルスは膝をついて、深々と頭を下げた。
周りの大臣たちはおろおろし、騒ぎ立てた。皇帝はその様子を見て立ち上がった。
「皆の者、静かに! ……顔をあげなさい、エルディシア王家の者よ」
アルスはおそるおそる皇帝の方をみた。皇帝は優しい声で続けた。
「我はとんだ無礼を働いてしまったようだ。どうか許していただきたい。
いえ、それよりも、まさかこうしてお会いできるとは……。
我々は、ずっと生き残りがいないか探していたのだ。
エルディシアに後継となる子が生まれたと聞いていたので、もし今も生きていれば15歳ほど。
それくらいの少年を探して、各地に兵を派遣していた。
しかし、そう簡単に見つかるはずもなく、半ば諦めかけていたのだが……。
これも運命というものか。
さて、アルス殿の言い分はよくわかった。我々はどう協力すればよいだろうか。
もし解決策があるのであれば、ぜひ教えていただきたい」
皇帝は玉座に座り直した。
顔は晴々としており、もはや早く切り上げようとは微塵も思っていなさそうだった。
周りの大臣たちも喜んでいるようだった。
「ありがとうございます。この世界にはこのような宝石があと5つあります。
宝石が全て集まれば、闇を打ち消すことができます。
しかし、それがどこにあるのか、すべて把握できておりません。
でもあなたたちの力をお借りすれば、すぐに見つけられますでしょう」
「なるほど。すぐに準備しよう。
おい、午後からの予定は取りやめるぞ。この世界の命運がかかっておるのだからな」
「し、しかし陛下……。
ルマグアートの王様は何ヶ月も予約待ちの末、ようやくお会いできると喜んでおられるのですぞ」
外務大臣と思われる者があたふたして言った。
「先に延ばせ。我は忙しいのだ」
「は、はあ……」大臣は深く肩を落とした。「なんと言い訳すれば……」
「よし、明日の朝、主要な者を集めて会議を開くぞ。アルス殿もぜひ参加していただきたい。
そして、わかる限りの情報を教えてほしい。
我々の兵を好きなように使ってもらってかまわん。そうだ、息子たちも紹介しよう。
それと、体制が整うまでは、来賓用の部屋を使ってくれ。
今宵は宴にするぞ。アルス殿の歓迎とエルディシア王家の無事を祝って盛大に催そう」
皇帝のあれこれに大臣たちは大慌てで、急いで謁見の間を後にしていった。
決断力の早い皇帝だが、周りの者からしたら大変だろうな、とアルスは思った。
「さて、アルス殿。宴は夜7時に大広間で執り行う。
それまでゆっくり休んでくれたまえ。はははははははは」
「はい、ありがとうございます」
アルスはホッと胸をなでおろした。なんとか無事に協力を得られてよかった。
だけど、本当のことを言ってしまって大丈夫だったんだろうか?
長老様の注意を破ってしまったことに対する罪悪感はあったが、何はともあれ理解していただけたんだ。
きっとこれでよかったに違いない。
◇◇
アルスは皇帝の指示で呼び出された執事に連れられ、謁見の間を後にした。
その場には皇帝と、陰で控えていた宰相が残った。
宰相は頭から黒いマントをかぶっていて、顔が見えない。
「やはりお前の言っていたとおりだ。本当に生き残りがいたとはな」
「はは、ありがたきお言葉です、陛下」
宰相はスルスルと皇帝の近くまで進み、頭を下げた。
「それにしてもあの杖……あれはいい代物だ。
いくら王家といえども、あの少年が持つには宝の持ち腐れだ。
あれを我々のものにできたら、どんなに素晴らしいことだろうか」
「はい、陛下が一番あの杖を持つにふさわしい人物ですとも」
「それに、エルディシア王家なら、神の予言を聞くことができるだろう。
あの力を我が帝国の物にできれば、きっとこの世界を支配できるに違いない」
「はい、陛下。おっしゃる通りでございます。神を味方につけたも同然です」
「やはりお前の意見は正しい。引き続きよろしくたのむぞ」
「おおせのままに」
「ふふふふふ、はははははははは」
皇帝の笑い声がこだまする中、宰相は闇の中に消えていった。
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