第13話 牧場の朝
【前回までのあらすじ】
レリーヌと対話をして、少し打ち解けることができたアルス。
その後、父親が家を飛び出して行ったことを知らされ、旅のどこかで見かけたら声をかけることを約束する。
早朝4時。まだうす暗く寒い中、アルスは目が覚めた。
部屋を出ると、レムとラームズが部屋からでてきた頃だった。
「おはようございます」
「ああ、おはようさん……レリーヌならもう牛小屋の方へ行ってるみてえだ」
大きなあくびをしながらラームズが言った。
「おらたちの後についてくるとええ。案内するよ」
ランプに明かりを灯し、家を出て敷地内の奥にある牛舎へ向かった。
牛舎にはすでに明かりが灯っており、レリーヌの姿が見えた。
「おはようさんレリーヌ。今日も早いでな」
「おはよう、レムさん、ラームズさん。それと……」
レリーヌは2人の後ろにアルスの姿を見つけて、思わず口をつぐんだ。
昨夜のことを思い出してしまい、顔を背けながら「寝坊しなかったんだ」とかろうじてつぶやいた。
「おはようございます、レリーヌさん」
アルスは眠いのを堪えながら挨拶した。
「さあて、今日も頑張ろうかいね」
牛小屋には10頭の牛がおり、5頭ずつ左右に分けて配置されていた。
レリーヌたちは清掃をしたり、餌を運んだりしていた。
白と黒のまだら模様が入った牛たちは、柵から顔を出して、床に敷き詰められた餌を食んでいた。
ときおり見慣れぬアルスの姿に気づくと、ピタッと動かなくなり、鋭い眼差しで見つめてくる時もあった。
「アルスさんは入り口のあたりにいてくださいな」
レムが準備をしながら言った。
「牛たちは臆病で警戒心が強いから、初めて見る人がいると、いつでも逃げられるような体制に入るんだ。
ひとたび安全だとわかると、好奇心旺盛だから近寄ってくるんだけどね」
そういうレムは、牛たちに服の袖をくわえられたり、手をペロペロ舐められたりしていた。
「今じゃこんなに懐いてくれてるけど、僕たちも最初の頃は、服の色を変えただけで警戒されたんだよ」
「この子たちは昼間は敷地内へ放して自由にさせてるんだ。夕方になるとここへ戻してあげるんだよ」
とラームズ。
「その方がこの子たちも嬉しいみたいなんだ」
話をきいているうちに、牛たちもアルスへの警戒を解き始めたのか、緊張がほぐれていく感じがした。
「あの、僕にできることがあれば言ってください。少しでも戦力になると思いますんで」
「そうかい? それじゃあ……。このあと乳絞りをするんだが、アルスさんもやってみるか? 」
「えっ。いいんですか? 」
「全然問題ねえ。ほら、こっちだよ」
レムがバケツを持って一番奥にいる牛の方へ歩いて行った。アルスも後をついていった。
レムは牛の背後に回りこみ、足元にしゃがみこんだ。
「こうやって、親指と人差し指で乳を持って、それ以外の指で下に引っ張るとうまくいくよ」
レムがお手本を見せてくれると、新鮮なミルクが出た。
「こんな感じにな。ほら、やってみな」
アルスはレムと交代してミルクを絞ってみた。
最初こそ不慣れであまり出なかったが、何度かトライするうちにしっかりでるようになった。
「お、いいねえ。そんな感じだよ。向こう側でレリーヌさんもやってるよ」
アルスがそちらに視線を移すと、反対側の柵でレリーヌが同じように乳搾りをしていた。
「バケツがいっぱいになったら呼んでくれや。新しいのを持ってくるから」
「はい。ありがとうございます」
しばらくそうして4人で乳搾りをしていて、2時間すると10頭分完了した。
絞ったミルクは10kgずつミルク缶に分けて入れた。全部で30個分のミルク缶が揃った。
「ねえ、不思議。今までこんなにミルクを出したかしら? 」
レリーヌが驚いて言った。
「いつもは20個分なのに…今日は10kgも多いわ」
「そうだなあ。きっとアルスさんが来てくれたからだよ」とレム。
「なんだか牛たちも、普段より安心してる感じだもんな」ラームズが牛小屋を眺めながら言った。
「あんた、一体何したのよ」
レリーヌがじーっとアルスを見つめてきた。
「わからないです。僕はなにも……」
「この量なら、今日はいい売り上げになりそうだ。ララさんも喜んでくれるよ」とラームズ。
「アルスさん、ここでずっと働かないかい? 手厚くしておくよ」
レムがアルスの腕をガッシと掴んで離さない。
「そんな、とんでもないです…… 」
◇◇
朝7時になった。4人は牛小屋を出て家に戻った。
すでに朝日がのぼっており、青々と広がる草地が爽やかな風を運んでいた。
そして牧場の敷地が思っていたよりも広いことに気づいた。
家に着くと、ララが朝食を準備してくれていた。
「あら、おかえりなさい。牛たちはどうだった?」
「ちょっとママきいて! 今日はいつもよりミルクが多いのよ」
レリーヌがはしゃいで言った。
「まあ。きっとアルスさんが来てくださったからね」
ララもレムと同じことを言った。
「8時になったらラインバルドへ行きましょう。搾りたてのミルクをたっぷり積んでね。
アルスさんも乗ってください。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
◇◇
8時になり、出発の時が来た。
家の前に茶色い馬を1頭つないだほろ馬車が用意されており、荷台にレムとラームズが交代でミルクを積んでいるところだった。
「さあ、アルスさん。ミルクの隣しか空いてませんけども、後ろに乗ってくださいな。
ラームズは安全運転第一で行きますので、安心してくださいね。
ときどき、ミルクが倒れないようにみていただけると助かるわ」
ララは御者席に座っていた。
「はい。ありがとうございます」
レムとレリーヌは馬車の出発を見送りに来ていた。
「1晩だけの付き合いだったけど、惜しい人材だねえ。また牛たちの世話を頼んでもいいかな」
レムがまたもやアルスの腕をガッシと掴んで離さない。
「あはは……。はい、また今度」
「約束だぞ」レムが親指を立てた。
「よし、僕たちは今日もお留守番だ。行こう、レリーヌさん」
「あ、うん……」
レリーヌはどこか煮え切らない様子で、レムが家に戻ってもその場に残っていた。
「レリーヌさん。本当にお世話になりました」
アルスは笑顔でお礼を言った。
レリーヌは顔を合わせようとしなかったが、「あの、アルス……、さん」と小さい声で言った。
「もし、旅の途中で、この近くに来ることがあったら、……また来てくれる? 」
「はい、もちろんです。レムさんとも約束しましたから」
「あの……あのね。私、ひどいこと言っちゃってごめんなさい。
アルスさんのこと馬鹿にしてしまって。
そんなつもりなかったんだけど、素直になれなくって……。
もしよければ、私と、友達になってくれませんか?」
レリーヌは思い切り頭を下げた。
アルスはびっくりしたが、すぐに返事を返した。
「僕の方こそ! よろしくお願いいたします」
レリーヌは顔をあげると、はちきれんばかりの笑顔を返した。
「ありがとう! 本当にありがとう!
なんて言ったらいいか……。そうだ、私のことはレリーヌって呼んで! 」
「ありがとう、レリーヌ。僕のこともアルスって呼んで。
僕たちは今日から友達だから」
「うん……! 」
レリーヌはアルスと握手を交わした。
「それでは、行ってきます」
馬車が出発した。後ろではレリーヌが何度も手を振って見送っていた。
「行ってらっしゃーい! 」
アルスも姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。
◇◇
初めての友達ができた。
心が温かくて、なんとも言えない気持ちでいっぱいだ。
いつかまた近くに来ることがあれば、顔を出してあげよう。
そうすればきっと喜んでくれるはずだから。
いざ、帝都ラインバルドへ。
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