第12話 対話
【前回までのあらすじ】
道を聞こうとレリーヌ牧場に立ち寄ったアルスは、一晩泊めてもらえることになった。
夕食をいただくことになったが、娘のレリーヌはアルスにきつく当たってばかり。
アルスはレリーヌと2人で話をすることにした。
アルスは部屋の前に立ち、1度深呼吸をしてから、コンコンコンとノックした。
「だれ」
すぐに扉の向こうから返事が返ってきた。
「僕です、アルスです。……レリーヌさんと、話がしたくて」
「ハア? なんであんたが来るのよ? わけわかんないんだけど。向こう行って」
案の定、不機嫌な声が返ってきた。
「それが、そうもいかなくて…… 」
「なんで? 」
「あの、ちょっと話をしませんか。すぐ出て行くんで。
僕、同じ年の人と話をしたことがなくて」
「…… 」
しばらく返事がなかったあと、キィと扉が細く開き、レリーヌの顔が見えた。
「ちょっとだけならきいてあげるわ。でも終わったらすぐ出てってよね」
「ありがとう。お邪魔します」
レリーヌの部屋はシンプルで小綺麗にされていた。
ベッドや小さな机が置かれている以外は、特に家具らしいものはなく、まさしく“寝るための部屋”といった印象だった。
「じろじろ見てんじゃないわよ」
レリーヌは腰に手を当てて立っていた。まだアルスに警戒を解いていないのだ。
「いい部屋だね。僕の家よりも綺麗で広いや」
「あんたさあ、ほんとはどこに住んでるの? 」
レリーヌはベッドの端に座り、腕組みしながら聞いてきた。
アルスは床に座り、レリーヌの目線よりも低い位置から話始めた。
「僕はラオンダールの北にある家に、じーちゃんと2人で住んでるんだ。
野菜を育てたり、羊たちを飼ったりしてて、時々旅人や近くの村へ売りに行って生計を立ててるんだ」
「なーんだ。思ってたよりも近くじゃん。
てか、お父さんやお母さんは? なんでおじいさんと2人きりで住んでんの? 」
「両親は僕が小さい時に死んでしまったんだ。
一緒に住んでるじーちゃんは育ての親で、ほんとの身内じゃないんだ。
知り合いのつてで引き取られた感じなんだけど」
「ごめん……。変なこと聞いちゃったね」
レリーヌが顔をうつむけた。
「いいんだよ。両親の顔も覚えてないし。
ずっとじーちゃんと2人だったから、家族のようなもんだし」
アルスが何の屈託もなく笑うので、レリーヌもつられて笑いそうになった。
「そういやなんで旅なんかしてんの? おじいさん1人残して……」
「詳しいことは言えないんだけど、探し物というか、なんというか……。
そもそも、じーちゃんに家を追い出されちゃったというか……」
「あははは。なにそれ。意味わかんない」
ここで初めてレリーヌが自然に笑った。アルスは少し嬉しくなった。
「レリーヌさんは、帝都ラインバルドに行ったことはあるの?」
「そりゃあ、あるわよ。
小さいときに馬車に乗って、連れて行ってもらったことがあるの。
たくさんの店があって、おしゃれな服を着た人がいっぱいいて、遠くに綺麗なお城が見えて…… 」
それはまるで夢見る少女のように生き生きとした面立ちだったが、すぐに顔が曇り、ため息をついた。
「でも最近はずっと牧場で留守番。道中に盗賊が出たりして危ないからって。
今は街に顔なじみが多いママと、力持ちのラームズで行ってるわ」
レリーヌは窓の向こうを見るように顔を横むけた。
まるで、ラインバルドの街を眺めているかのような……。
「もう何年も連れて行ってもらえてないけど、ほんとは行きたくて行きたくてたまらないの」
「じゃあ、僕と一緒にいく? 」
アルスがとっさに言った。
レリーヌは一瞬キョトンとしていたが、すぐに顔を赤く染めた。
「な、なんであんたと? あたしはここで働かなくちゃいけないの!
そう簡単に出られないんだから」
「わわわ。……ごめん。今のは忘れて」
「もう、謝らなくてもいいってば! ……あんたってほんと、変なやつよね」
「ははは。そうかも」
レリーヌはそっぽをむきながら、照れを隠した。
「ねえ、明日は早いんだから、そろそろ寝たら?
寝坊しても、お……起こしてあげないわよ」
「そうだね。突然お邪魔してごめんね。話を聞いてくれてありがとう」
アルスは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「待って」
レリーヌが声をかけた。
「さっきの言葉だけど……。ちょっと、嬉しかったかも」
アルスを直視できず、つい小声になってしまう。
アルスはにっこり笑って言った。
「うん、レリーヌさんがよければ、一緒に行こう。
今すぐじゃなくても、出かけられるようになれたら。
きっと1人で行くよりも楽しいと思うよ」
「うん……。ありがと」
レリーヌは目線をそらしながら微笑んだ。
「じゃあ、おやすみ。また明日の朝に」
アルスは部屋を出て行き、階段を降りて行った。
部屋に残されたレリーヌは呆然と立ち尽くしていたが、顔を赤くしてベッドにダイブした。
「な……なんなのよなんなのよー! 落ち着け、落ち着け私! わああああああ」
枕に顔をうずめながら足をバタバタさせ、叫ばずにはいられなかった。
アルスの顔が頭に何度も浮かび上がり、思い出す度に顔が熱くなった。
心臓がバクバクしていた。
「あああ……。私、明日起きられるかなあ…… 」
◇◇
1階に戻ったアルスを、ララたちはにっこり迎えてくれた。
「どう、仲直りはできた? 」
「はい。話すうちに、ちょっと打ち解けられた気がします」
「それは良かったわ。あの子、あんな態度だけど、ほんとはいい子なのよ」
「牛たちへの愛情も人一倍だからね」とレム。「牛たちもそれがわかってるはずだよ」
「レリーヌさんは、鈍くさいおらのことを気遣ってくれるんだ」と食事を終えたラームズ。
「逆に足手まといになってるんじゃないかと、申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
「そうだ、今晩は2階の空いてる部屋を使ってちょうだい」とララ。
「階段を上がって、すぐ左の部屋よ。
空き部屋だからちょうどいいわ。ちょっと見てきますね」
ララが食卓を離れて2階に上がっていった。
それを見計らい、レムが静かに話し始めた。
「昔、ララさんの旦那さんが使ってた部屋なんだ。レリーヌさんの父親なんだけど。
数年前、急にここを出て行ってしまってね。「薬を探してきます」って書き置きが残されてて。
あのときのララさんは、かわいそうで見てられなかった。
ララさんは昔から体が弱くて、何度か寝たきりのときがあったんだ。
旦那さんはそれを見かねてどこかへ薬を探しにいったに違いない。
でも、一向に帰ってくる気配がないんだ。
ララさんもレリーヌさんも、普通に振る舞ってるように見えて、どこか強がってて、悲しみを見せまいとしてる気がするんだ。
俺は旦那さんが好きだった。気さくで明るくて、仕事のことなら何でも教えてくれる人だった。
でも今は許せないんだ。何も言わずに出て行って、ララさんとレリーヌさんに迷惑をかけて。
手紙の1つや2つ送ってきてもいいだろうに。
そんなだから、俺たち2人でできることはやろう、って決めたんだ。
ここの人にはお世話になってるから、その分助けてあげよう、ってね」
レムの話が終わる。アルスは胸を打たれて、しばらく言葉が出てこなかった。
優しくしてくれたララも、話をきいてくれたレリーヌも、何事もないようなふりをして、心に悲しみを抱いていただなんて。
そんなことにも気づいてあげられなかったなんて……。
「なあ、アルスさんとやら。もし旅のどこかで旦那さんを見かけたら、声をかけてやってくれないかい。
ララさんもレリーヌさんも、旦那さんが帰るのを待ってるってな」
ラームズが優しく言った。
「おらたちはここを離れることができねえ。牛たちの世話があるし、ララさんたちを助けなければならねえ。
通りすがりのアルスさんに押し付けて、本当に申し訳ねえと思ってる。
でも、ララさんたちを助けてあげたいんだ……」
アルスに迷いはなかった。
「わかりました。どこかで見かけたら、必ず伝えます」
「ありがとうよ。それと、この話は俺たちだけの内緒だからな」
レムが親指を立てて言った。アルスも親指を立てて微笑んだ。
そのとき、2階からララが降りてきた。3人は何もなかったかのようなふりをした。
「部屋を綺麗にできましたので、どうぞ使ってくださいな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、使わせていただきます」
こうして牧場の夜は更けていった。
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