第10話 塔に潜む闇
【前回までのあらすじ】
故郷エルディシアの中庭で神の加護を受けたアルスは、闇の気配のする塔に向かうことにした。
塔の最上階へ行くには長い螺旋階段を上るしかなかった。
アルスは一段一段、足場を確認しながら登った。
幸いにも崩落の恐れはなさそうだった。
階段を上がっていると、壁にはところどころ小さな出窓が設けられており、外の景色がよく見えた。
眼下に広がるエルディシアの街。ここからみると緑の絨毯が広げられたかのようだ。
それにしても、王家しか入れないというこの塔に、一体何が待ち受けているというのだろうか。
◇◇
やがて最上階の扉にたどりついた。アルスは杖を構え、ゆっくりと扉を開いた。
扉の向こうは円形の部屋になっており、真ん中に台座があるのみだった。
台座の上には何も置かれていない。どうやらここは神聖な祈りの場だったに違いない。
床には赤い絨毯が敷かれており、壁には先ほど中庭でみかけた太陽のような紋章と神話をモチーフにしたようなタピスリーがかけられている。
壁際には1着の黒い甲冑が飾られている。
アルスは用心深く部屋に入った。
背後で扉がギイイ……と自動的に閉まり、こころなしか空気がズンッと重くなった。
肌がビリビリと痛み、呼吸さえ容易にできないような圧力がかかった。
「い ま い ま し い エ ル デ ィ シ ア 王 家 よ 」
部屋中に太い声が響いた。視線を動かすが、特に異変は感じられない。
アルスは声を強めて言った。
「僕は“光の使者”のアルスだ。この塔に残る闇を祓いにきた。どこにいる? ……姿を現せ! 」
ガシャ、と金属が擦れる音がして、壁際の甲冑が動き出した。
飾りではなかった。これこそが元凶だったのだ。
アルスは甲冑に杖を向けた。甲冑には翼を絡めた竜の紋章が付いている。
「エルディシアを滅ぼしたのは、お前か? 」
アルスは問うた。
ガシャ、ガシャ、と甲冑はなおもアルスに近づいてきている。
右手には黒い剣を持っていた。
「誰の命令で動いている? お前はどこの国の兵だ? 」
「お 前 に は 関 係 な い 。 我 々 の 邪 魔 を す る 者 は 殺 す の み 。そ れ が 我 の 役 目」
地の底から響くような冷たい声だった
と、甲冑が剣を振り上げ斬りかかってきた。
アルスはとっさに後ろに避けた。中央の台座が無残にも破壊されてしまった。
「台座が! 」
アルスは体勢を立て直した。
甲冑は安定した歩みで迫り、何度も斬りかかってくる。
戦い慣れているというよりも、そのようにプログラムされている人形のような動きだった。
アルスは距離を保つために壁際を逃げ回った。甲冑が後を追う。
剣を振るたびに壁にかけられていたタペスリーがバッサリと切られ床に散らばった。
「なんとかしないと……。そうだ! 」
アルスは杖を構えて祈った。
床に散らばった台座の欠片が光に包まれながら宙に浮き、一斉に甲冑へ飛んで行った。
ガガガガガッと甲冑にぶつかり、欠片が落ちると、甲冑はボコボコに凹んでいた。
こころなしか足取りが弱くなっている。
「無 駄 な あ が き を」
アルスは続いて大きい欠片を投げつけた。
欠片は剣にあたり、甲冑の手から剣が離れた。
甲冑が剣を拾おうとしている間に、アルスは急いで床に落ちていた長めのタピスリーを拾い、甲冑の背後に回り込んで頭部に巻きつけた。
「ぬおおおおおおおお」
甲冑は視界を奪われたのと、煩わしさから暴れ出した。
「“アンクの光”!」
アルスがとっさに杖をかかげると、カッと光が生まれた。
「がああああああ!」
甲冑は動きを止め、悶え苦しんだ。
「今だ!」
アルスは杖を甲冑の頭部に当てた。
ゴツッという鈍い音とともに金属の頭部に亀裂が走り、全身にまでビキビキビキと広がった。
内部からドス黒い煙のようなものが立ちのぼり、溢れ出してきた。
「ぐわああああああ!」
甲冑は手や首をしきりに動かし抵抗していたが、やがて動きが止まった。
光に包まれた甲冑は、砂のようにサラサラと消えていった。
アルスは呆然と立ち尽くしていた。
「や……やった……。甲冑を倒した……」
と、足元でズズズズズ…と地響きがした。塔全体が振動しているようだ。
「やばい! 塔が崩れる! 」
アルスは急いで階段を降りた。
◇◇
中庭へ走り込んだとき、背後で塔が轟音をあげながら崩れ落ちたのが見えた。
「あああ……危なかったー! 」
アルスはその場にへたりこんだ。
今更になって甲冑と向き合ったときの恐怖が戻ってきた。
膝がぐらついて立ち上がれなかった。西陽が傾き、中庭をオレンジ色に染めていた。
「あの甲冑がずっと支配していたんだ。
中に人は入っていないようだった。
どういう仕組みかわからないけど、何かに操られてるみたいだった。
でも、これでひとまず大丈夫だ」
アルスは中庭の台座に近づいた。すぐに女性の声が心に響いてきた。
「ありがとう、アルス……。
あなたのおかげで、エルディシアも私も、ゆっくり眠りにつくことができます。
あの兵は、14年前にここを占領したあと、ずっと立てこもっていたようです。
一種の執念のようなものでしょう。
これから先も、あのような敵があなたの前に現れるでしょう。
……いえ、あれ以上の敵というべきでしょうか。
どうか気をつけて」
「ありがとうございます」
「それでは、私はこれで。あなたに光の加護がありますように……」
女性の声が消えた。
その瞬間台座のヒビがビキビキと広がり、ついには崩れ落ちてしまった。役目を終えたのだろう。
アルスは静かに祈りを捧げ、その場を後にした。
◇◇
エルディシアの南側の城門から外に出た。
後ろを振り返ると、夕暮れの中、鬱蒼と佇む廃墟の様相をしていた。
目の前には草原の道が続いている。
きっとここを行き交う人もいなくなってしまったのだろう。
「行こう、ラオンダールへ。皇帝陛下に会いに行くんだ」
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