第9話 帰還
【前回までのあらすじ】
アシュヴァルトを後にしたアルスは、故郷のエルディシアに寄ることにした。
昼を過ぎ太陽が西に傾き始めた頃、長い森の道を抜けたアルスの目の前に、城壁と思われる壁が見えた。
ところどころ破壊され、いびつな形で残っている。
追い討ちをかけるように植物が地面から這い上がってきており、覆い尽くそうとしていた。
それはまるで、かろうじて城壁の役目を果たしているかのような風貌だった。
ぽっかりとアーチ状のトンネルのようになっている部分があり、ここから中に入れそうだった。
「ここが、エルディシア。僕の、故郷…… 」
アーチをくぐると無残な光景が広がっていた。街の面影はなく、全体的に膝までの高さの草に覆われていた。
地面は石畳が続いているが、隙間から草が生え、ところどころに焼けた木材やレンガが転がっているほか、足のかけた椅子やガラスの破片、食器などが散乱していた。
かつて栄えていた国は、破壊の限りをつくされ、植物に飲み込まれ、自然に還ろうとしていた。
そのとき、誰かに見られている感じがした。
とっさに背中の杖に手を伸ばし、固唾を呑んで様子を伺った。
「……誰か、いるのか? 」
――返答はない。風で草がさらさらと揺れている音がするくらいか。
アルスはアシュヴァルトの長老が何度も「用心しなさい」と言っていたのを思い出した。
少しして、特に異変も感じられなかったので、アルスは城があったあたりを目指した。
民家が並んでいたであろうところは、家の骨組みやレンガが多少残されてはいるが、どれも一階部分しかなかった。
壁は無残にも壊され、損傷が激しく、人が生活していた気配さえなかった。
どこもかしこもそんな様子で、人の気配どころか、生き物の姿すら見られなかった。
◇◇
やがて広場らしき場所についた。
中央に円形の水場のようなものがある。どうやら昔は綺麗な噴水だったのだろう。
水源を絶たれたのかこの14年の間に水は干上がり、噴水の周りに施された美しい彫刻は風化して欠けていた。
「きっとここにみんな集まっていたんだろうな…… 」
アルスに当時の記憶はなかったが、かつて多くの人が暮らしていた国であるのは伺えた。
街は綺麗に整備され、何不自由なく暮らしていたのだろう。
なぜ、一夜で滅ぼされてしまったのだろうか。
◇◇
やがて白い石で積み上げられた大きな建物があった。
左右には背の高い塔がのびているが、先端部分は崩壊していた。
中央の門は錆びて丸い穴がところどころ開いており、右半分は床に倒されていた。
誰かがむりやり開けようとして壊したのだろう。
ここが城で間違いなさそうだ。
◇◇
中に入ると天井は崩落し、ところどころ青い空がのぞいていた。
陽の光がさしこみ、内部がよく見えた。
足元には瓦礫が散乱している。その下にはかつて絨毯が敷かれていたのだろう、赤くくすんだ織物が広がっていた。
両側の壁も壊され、外の景色が見えた。植物がここにも侵入してきていた。
2階に上がる大きな階段が正面に備え付けられていたが、それも下半分しか残っておらず、上に上がることはできなかった。
1階の階段の奥には通路があった。両側はかつて美術品が並べられていたのだろう、絵画や焼き物が床に散乱していた。
◇◇
通路の先を進むと、城の外に出た。
どうやら中庭のようなところらしい。綺麗に区画されたような庭は、花壇や樹木が整然と並んでいたようだが、そのどれもが枯れるか自然の脅威に侵食され、面影すらなかった。
その庭の中央に、大理石の彫刻で人物を象ったものが安置されていた。
これも破壊され、足元しか台座に残されていない。
胴体や顔は近くに転がっていた。どうやら男性像のようだ。
台座の正面には太陽のような紋章が彫られており、周りには何やら文字が刻まれている。
風化して消えているものもあるが、見かけない文字のため解読はできなかった。
台座の手前にはお供え物を添えられるような受け皿があった。
「これが神の像に違いない」
アルスは杖を取り出し、自ずと祈りを捧げた。
するとそれに呼応するかのように、当然杖が光りだした。
「うわっ」
アルスは思わず後ずさった。
杖は宙に浮き、どこからか女性の優しい声が聞こえてきた。
「あなたが、この杖の新しい持ち主ですか?」
「は、はい……。アルスといいます」
「アルス……。なんと、14年前エルディシアに生まれた王子ではありませんか。
ここはエルディシア王家に代々守られたきた、最高神アンクを祀るほこらです」
「……最高神、アンク? 」
「この世界を統べる創造神です。
私はこのほこらの精。あなたの杖を通して、語りかけています。
あなたが来るのを、ここでずっと待っておりました。
そして、あなたが無事なことも、風の便りで聞いていました。
王家の方々は毎日ここで祈りを捧げておりました。
そしてアンクの光の加護が、この国を守っていました。
悪しき者の侵入を拒む、光の聖壁を築いていたのです。
しかし、聖壁はいともたやすく破壊され、一晩のうちに国は滅ぼされてしまいました」
「そんなことがあったのですね……」
「時間がありません。アルス、私はあなたに神の加護を授けます。
闇を消し去る光の力です。悪しき存在はこの杖により消滅するでしょう」
宙を浮く杖に、天からまばゆい光が降り注いだ。
杖はゆっくりとアルスの手に戻った。
「これで大丈夫です。杖は光の力を宿しました。
これからもあなたを守り、導いてくれることでしょう。
1000年続いた王家の者で、この杖を手にした者はあなたと初代しかおりません。
ダイヤモンドはこの杖が眠りについている時の姿。だれも真の力を発揮できずにいたのです。
この14年で、エルディシアは無残な姿になってしまいました。
……私の役目もじきに終わるでしょう。ここも長くは持ちそうにありません。
しかし、“闇の気配”がまだどこかに残り続けているようです。
エルディシアを滅ぼした、闇の力が……。
お願いですアルス。どうかその闇を消してください。
さすればこの国も、静かに眠ることができるでしょう」
「“闇の気配”? ……それはどこにあるのですか」
「この庭の先に、王家しか入ることが許されない、特別な塔があります。
そこだけ朽ちずに今も残っている。その最上階から禍々しい気配がするのです」
アルスはそちらを眺めた。確かに、奥に1つだけ高い塔が立っていた。
「わかりました。あそこにいる何者かを消せばいいんですね」
「はい。でも気をつけてください。闇の力は、あなたが今までに感じたことのない邪悪なものです。
簡単に心を染められ、悪行に走るものも少なくありません。
どうか、あなたに光の加護がありますように……」
女性の声がふつと消えた。
それと同時に、ほこらの台座にピキッとヒビが走った。
「もしかして、闇の力に侵されているのか……? 早く行かないと! 」
アルスがふと台座の裏側を見ると、確かに読める文字でこう走り書きがされていた。
“天空より”
「なんだろうこれ。“天空より”? ここだけ他の文字と違う感じだ。
でも今はそんなことよりも、塔を目指そう。この国に残り続ける闇を晴らすんだ」
アルスは塔へ走り出した。もうじき陽が暮れる。その前に。
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