第99話 330号の最期
【前回までのあらすじ】
弓を手にしたジルは、“闇の使者”フレイに向き合う。
しかしフレイは、ジルが“光の使者”だとわかったとたん、背中を向けて戦闘をやめるのだった。
さんざん苦戦を強いられたジルは納得がいかず、その背に矢を放つ。
フレイは「よい手土産ができた」と言い、姿を消すのだった。
その後ジルは不思議な声の導きにより、神の加護を得る。
すると遠くからアルスとリンがやってくるだった。
「ジルーー! 遅くなってごめん……! 」
「ジルぅーーーー!! 」
アルスとリンは手を振りながらこちらに向かってきていた。
リンのバリアで酸を回避しつつ、バリア内にいる間はアルスも治癒能力で回復しつつあるようだった。
顔色がずいぶん良くなっている。
「アルス……! リン……!! 」
ジルも思わず駆け出し、やがて3人は合流することができた。
「良かった……。無事だったのね、ジル……」
リンは心底嬉しそうに言った。
「リンの方こそ、無事で何よりだわ……。
アルスも……リンを連れてきてくれて、本当にありがとう! 」
ジルもリンのバリア内に入ったので酸から守られ、酸で炎症をおこした部分がみるみる回復していった。
「ジル、早くリンを神の像の方に……!
……って、あれ? “闇の使者”は? 姿が見えないんだけど……」
アルスはあたりをきょろきょろ見回してみるが、 “闇の使者”らしき人物の姿は見当たらなかった。
その変わりに、誰かが倒れていることに気づいた。
「あれは……もしかしてギルアとエスペル!? ジル、一体何があったんだ? 」
「アルス、リン。事情はこのあとすぐに話すわ!
その前に、ギルアさんとエスペルさんが重症なの! リン、あなたの力で助けてほしいの! 」
「わかったわ! 行きましょう! 」
アルスたちは倒れているギルアとエスペルのもとにいき、酸からの攻撃を防いだ。
バリアの中に入り、2人の傷が少しずつ癒えていった。
「この人がギルアさんと、エスペルさんね。
まだ息をしてるから、私の力で回復できるかもしれないわ 」
「……これでひとまず安心ね。
アルス、さっきは話を遮ってしまってごめんなさい 」
「いいんだよ、ジル。それで、一体何があったの? 」
「そうね。まず、“闇の使者”だけど……。彼はいなくなったわ 」
しばし沈黙が漂った。
「……えっ、いなくなった? 」
アルスとリンはジルの言葉の意味を理解できなかった。ジルは続けた。
「そう。完全に姿を消したのよ」
「……どうして? どうして急にいなくなるのさ?
僕らが無力なのを見計らって攻撃してくるような、卑怯なやつだよ? 」
「それは……。それはね。……私が“光の使者”になっちゃったからなの…… 」
ジルは手にしている弓を2人に見せた。エメラルドが埋め込まれた立派な装飾の弓だ。
「え、ジル……? エメラルド……? え、ええええーーーー !!!! 」
アルスはジルと弓を何度も交互にみて驚いた。
リンも両手を口もとにあて、目を大きく見開いている。
「私、“光の使者”に、選ばれてしまったみたいなの…… 」
ジルは戦いの経緯を詳しく説明した。
エスペルが“闇の使者”に攻撃し、ジルは応戦していたこと。このときは比較的優勢だったこと。
“闇の使者”がジルに向けてナイフを投げたこと。
ギルアが盾となってジルを守り、倒れてしまったこと。
エスペルも謎の注射を打たれ、瀕死の重傷を負ってしまったこと。
ジルの弓も破壊されてしまったこと。
「弓も使えなくなって追い詰められたときに、急に声が聞こえたの。
〈私に 祈りを……〉って。
言う通りに祈りを捧げたら、神の像から光が溢れ出したの。
“闇の使者”が光でひるんでいる間に行くと、中からエメラルドが出てきて……。
手にした瞬間に、エメラルドが弓に姿を変えたのよ 」
ジルは再度エメラルドが埋め込まれた弓を2人に見せた。
アルスの疑いはやがて確信に変わった。
「すごい……。すごいよジル……! ジルはエメラルドに選ばれたんだ!
“光の使者”になる運命だったんだよ……! 」
ところがジルはまだ困惑している様子だった。
「私、未だに信じられないわ……。まさか、私が選ばれるなんて。
アルスやリンみたいにすごい力があるわけじゃないのに……」
「いいえ、私もすごいわけじゃないわ!
きっと、ジルの願いに神様が応えてくださったのよ!」
リンも祝福してくれた。
「それで、この弓で“闇の使者”と対峙した時に、彼はあっさり引き下がっていったの。
だけど、みんなが繋いでくれたこのチャンスを、無駄にできないと思って、矢を放ったの。
矢は“闇の使者”の背中に突き刺さって、黒い煙のようなものが出ていたわ。
ものすごく苦しんでいた……。
でも、変なのよ。『いい手土産ができた』っていっていたわ。
そして最後に『330号の処理は頼みましたよ』っていいながら、消えていったの」
「330号? ……あの巨人のことかな? もう、巨人とは言えない姿だけど」
3人は酸のドームを見上げた。
いまや核はダルウィンを取り囲んだドームの真上に燦然と輝いている。
「“闇の使者”がいなくなったのに、あれは消えないんだね」
「アルス。あの赤い核を壊さないと、巨人は倒せないみたいなのよ。
“闇の使者”はその後始末を私たちに任せて消えていったのよ」
「自分で生み出しておきながら、後始末は僕ら任せ、ってか。
つくづく無責任なやつだな」
「でも、核があんな高いところにあるんじゃ、どうしようもないわ。
一体どうすればいいの……? 」
不安げな声を出すリンのそばを、ジルは前に歩み寄った。
「アルス、リン。……私、この弓でなら、あれを壊せる気がするの。
ちゃんとした確証はないけれども……。でも、不思議とそう思うの」
アルスはジルの言葉に背中を押された気分がした。
「ジル……。ジルがそう思うのなら、自分を信じてやってみなよ。
僕はまだ力が十分に戻っていないから、今頼れるのはジルだけなんだ 」
「ありがとう。うまくいくかわからないけど……。やってみるわね 」
「ジル、頑張って! 」
ジルは深呼吸してから、天上にむけて弓をひいた。
矢が眩い光を帯びる。アルスとリンは思わず目をあわせた。
ジルは狙いを定めながら、ギリギリと弓を引いていく。
(まだ……。まだ、もう少し上だわ……)
ゆっくりと照準をあわせ、微調整していく。
その間ジルの中には、今までに出会った人たちの顔が次々と思い浮かんだ。
砂漠を共に旅したガベリー隊長。みんなを助けるために奔走してくれたカストル。
地下牢に閉じ込められていたパーム夫人。王宮の陰謀に加担させられていたココ。
“闇の使者”と共に戦ってくれたギルアとエスペル。
そして自分を信じてくれているアルスとリン……。
そのとき、不思議な感覚に襲われた。
気づけば、ジルは深い森の中で弓を構えていた。
狙っていたのは鹿だ。距離は100mほど離れている。鹿はジルの存在に気付いていない。
物音を立てないようにジルが息を殺していたからだ。
しかし矢を引く指先が小刻みに震えている。無意識のうちに迷いが生じているようだ。
でも、この鹿を射なければ、私は一人前の弓使いとして認められない。
そのとき後ろから囁くような声がした。慈愛に満ちた男性の声だ。
「狙いを定めて。大丈夫。ジルさんならできるよ。
だってジルさんは、その弓で私を助けてくれたんだもの」
◇◇
ここで、ジルはハッと我に返った。
(今のは、一体……? )
ジルは天上の赤い核に狙いを定めたまま、しばらく動きを止めていたようだ。
アルスとリンが心配そうにジルを覗き込んでいる。
(大丈夫。私なら、できるわ……)
ジルは再び深呼吸し、核に狙いを定めた。もう迷いはなかった。
(お願い、あの核を壊して!
そうすれば、この国の人たちがみんな救われるの……!
どうか届いて! ……神様!! )
「“イレニアの息吹”! 」
ジルは矢を放った。
光り輝く矢はキンッと放たれると、核に向けて一直線に飛んでいった。
「すごい……。どこまでも飛んでいくわ」
「いっけええええええええ!!!! 」
矢は空気抵抗も受けずに、勢いを増してぐんぐん飛んでいく。
まるで彗星が空に登っていくかのような光景だった。
やがて光輝く矢は、天上の赤い核に突き刺さった。
矢の先端部分からパキパキと細かいひびが入り、指を広げるように核全体に広がると、粉々に砕け散った。
『ぐおおおおおおおおお……!!!!!!!!! 』
ドーム全体から咆哮が鳴り響いた。
酸のドームがドロドロッと崩れ落ちていく。
「ドームが壊れていく……! 」
酸のドームは崩れ落ちながら、さらさらと細かく消えていった。
やがてまばゆい星空が見えた。
3人は呆然としてその様子を眺めていた。
最初に口を開いたのは、ジルだった。
「……やった……っ……」
続いてアルスが拳を天に振り上げて叫んだ。
「やったああああ! 核が壊れたああああああ!! 」
ジルはその場にぺたりと座り込んだ。
まだ自分の成し遂げたことを信じられずにいた。
「ジル、あなたのおかげよ! 本当にありがとう! 」
リンはジルに抱きついた。ジルはなおも呆然としていた。
「ジル……! すごいよ! “闇の使者”だけでなくて、あの巨人まで倒したんだよ! 」
アルスの言葉で、ジルはようやく現実を受け入れることができた。
「……私ったら……。まるで、夢を見てるみたい。まだ、信じられないわ……。
でも、よかった。これで、全部終わったのね…… 」
ジルはホッとして笑顔が溢れた。
「……う……ん…… 」
そのとき、ギルアが意識を取り戻した。無数にあったナイフの傷は癒えていた。
「僕は一体……? ジルさん……。 大丈夫、ですか……? 」
アルスはギルアのもとに駆け寄り、その手をとった。
「ギルア、もう大丈夫だよ。すべて終わったんだ!
“闇の使者”も、巨人も、いなくなったんだ!
君の協力なしには得られなかった。僕らの完全勝利だよ! 」
「……えっ 」
ギルアはアルスを見、にこにこしているリンを見、そして立派な弓を手にしているジルを見た。
そうして、すべてを察したようだった。
「……そう、ですか。よかった。本当に、よかった、です…… 」
ギルアは心からにこやかに微笑んだ。そして、横で倒れているエスペルをみた。
エスペルはまだ目を覚ましていなかったが、少しずつ回復しているのが見て取れた。
指先や足の一部が壊死している様子だったが、リンのおかげで元に戻りつつあった。
ジルもギルアのそばに駆け寄った。
「エスペルさん、ずっと私を助けてくれたのよ。意識が回復したら、一番にお礼を言わなくちゃ」
「……そうでしたか。よかった。エスペルも、よく頑張ってくれました」
アルスはそこで気になっていたことを言った。
「あの、さ。ギルア。その……。
戦いのあとで申し訳ないんだけど、いろいろと、君に聞きたいことがあるんだけど…… 」
「ああ、そうでしたね。
ですが、一度避難されている街の人たちの方へ行きましょう。
この国を脅かすものは去ったのだと、教えてあげなければなりませんからね」
「いけない! カストル君も首を長くして待ってるはずよ」
気づけば地平線の彼方が白くなっている。
「もうじき朝がきますね。長い戦いでした。
本当にみなさん、お疲れ様でした。
いろいろと後片付けが残っていますが、この国の人たちと協力して、ひとつひとつ片付けていきましょう。
そうしてすべてが終わったときに、みなさんの疑問にお答えしましょう 」
「わかった。約束だよ」
「もちろんです! さあ、みなさんの元に行きましょう」
死闘の果てに“闇の使者”を退けさせ、見事巨人を倒すことができたアルスたちは、街の人たちが避難する砂漠に足を走らせたのだった……。
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