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象牙の塔で漂うヒトデ  作者: かぎのえみずる
第一章 十八才になるまでの日常
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第六話 決めることのできる人

 オレはぐっと堪えて、そのまま家へ辿り着く。

 すっかり町は暴動で荒れかけていて、あちこちでパトカーがわんわんサイレンを鳴らして走っていた。

 家の中に入ると、親父とお袋が真面目な顔をして、居間に座っていた。

 オレと忠臣が帰ってきたら、二人は居間に並ぶよう促したので、オレは素直に座る。

 忠臣は壁に寄っかかり、親父達の反応を待っている。

「君塚さんが現れたか?」

「うん」

「……そうか。なら、後は何も聞かず二人でこれを受け取ってくれ」

 親父は、目の前にすっと現金を置いた。二人で分けるとするなら、五百万ずつある。

 貧乏でもないが、裕福でもない我が家がどうやってこんな大金を集められたのか、理解が追いつかず言葉を失う。

「父さん? どうしたんだ、これ?!」

「お前達の逃亡資金だ。塔から逃げろ。忠臣、お前がしっかりして何としてでも、龍臣を逃がせ。龍臣、お前は絶対に王を選ぶな。全員の狙いは龍臣だ」

「どう、してオレが?」

 オレは忠臣と目を遭わせて、忠臣も不思議そうだったが、何処か瞳に羨望が交じっていた。

 いいな、自分も存在を願われたかった――と瞳が悲しげだ。

「――……お前と忠臣の、幼い頃の実験結果を見たんだ。忠臣は普通に欲を持つ人間だ。だが龍臣、お前は……神の器とされていた君塚斉に近い、欲があまり見えない」

「……親父は、何か知ってるの?」

 親父の言葉に、オレは光香さんの「刃鐘さんに関連性があるからファージストになる」という言葉を思い出した。

 オレに関わってくる理由は、君塚斉の生まれ変わりだと思ったから?

 光香さんは知っていたのだろうか……感じたから、オレに注目していたんだろうか。

「私には判らない。ただ判るのはお前達は逃げたほうがいいということだ――その為にお金を貯め続けていた」

「逃げなくても兄さんが受け入れれば良い話じゃないか!」

 忠臣が少しだけ拗ねた声つきで、仏頂面を見せた。

 両親の話に理解が一切できないと、否、理解したくないと言いたげな面構えだ。

 ――オレさえ、受け入れれば確かに場は丸く収まりそうなんだ。

 オレが、塔に登って、欲がないというのなら――本当に欲がないのなら。

 でも、オレには引っかかる思いがある故に、頷けない。苦しくて、息が漏れる。

 重圧に、やられてしまいそうで――ほんの少し俯いた。

「忠臣! 簡単に決意できないのが、龍臣なんだ、見守るんだ!」

 親父は信じられない者でも見るかのように首を振り、蟀谷を抑える。お袋は恐怖に震えている。

「あなた、……早くしないと」

「そう、だな。忠臣にしろ、龍臣にしろ、逃げるんだお前達。……私達も不死身になったんだ、お前達に嫉妬しない日がこないとは限らない」

 せめて正常である内に愛情を受け取ってくれと、親父の瞳は潤んでいる。

 お袋は忠臣を抱きしめてから、オレを抱きしめてくれて、こっそりオレへ囁いた。

「千湖さんは決して裏切らない、千湖さんを信じなさい」

 お袋がなぜ千湖のことを知っているか、判らなかったが忠臣に手を引っ張られ部屋に戻る。

 部屋に戻ると、荷造りするように言われ、オレはできるだけ早く動かなければならないというのに手が震えてどうしようもなかった。

「いったい、どうして」

「そりゃァ、千湖の正体を知っているからじゃろう」

 ばさばさっと空いた窓から入ってきたのは、黒い鳩。

 塔に仕えると千湖が言っていた、外でのサポーターだ。

 黒い鳩は人間の言語を流暢にすらすらと、満足げに話していた。

「光香様とて千湖の正体を知っている」

「何で、お前が、知って……」

「従者は主様の御身、全て熟知する。当然で御座んしょう。さてはて、己は黒鳩と申します、自己紹介に必要な物といえば何で御座いましょうね、性別ならば雄じゃとも。年齢はもう忘れましたなぁ。塔主様の寡黙さ、口べたさも存じておりますじゃ。されど、己から答全て口にするのも些か不作法というもの。ですから塔主様、どうぞ貴方のお望みを口にしてくださいませぬか。貴方の、疑問を。貴方が願うのなら己は何とでも答えいたしましょうぞ」

 言葉だけ聞けば従順。しかしその声色は絶対的な阿呆を相手にして見下しているもので、判りやすく判りやすくと気遣う癖に、馬鹿だこいつと貶しているものだった。

 人間だったら目は、嫌悪や侮蔑に満ちているに違いない。

 なのにこの鳩は、自分を格下だと名乗るのだ、自嘲するのだ。

「お前は、味方じゃない」

 思ったままに伝えてみると、黒鳩はばさばさと飛んだまま、またせせら笑った。

「そうじゃな、塔主候補である貴方様の味方であって、塔主にならないというのであれば味方では御座らん。我が悲願は、白上家の者ではなく君塚家が再び王になる未来であるからのう」

「……お前も白上家に恨みがある、とかか?」

「恨みだなんてとんでもなァい。愛しておるよ、かの家の者を」

 黒鳩はばさばさと翼を羽ばたかせ、オレの周りを五月蠅く飛び回って急かす。

「さぁさぁ早く準備なさい、塔主様に死なれて困るのは我々塔の一族全員じゃ。貴方様の選択は、今すぐにとは望まぬ」

 ――この五月蠅い鳩の言うとおりには動きたくないが、他の人への迷惑を考えると鳩の言うとおりだから従うしかない。

 オレは慌てて荷物をようやく作り始める勢いがついた。

 黒鳩が途中で「これは要らんじゃろ?」とか「これは必要である」とか口を挟んでくるのがとにかく邪魔だった。

 荷造りが終えるなり、オレは部屋を出る。部屋を出ると不機嫌な忠臣と遭遇する。

 忠臣はかなり前に荷造りを終えていて、待っていてくれたみたいだ。

 オレと忠臣は一緒に逃げようと家を出て行く。家から一歩振り返って、長年過ごした愛しい我が家を見つめる。

 一緒に日曜大工をしてくれて、何でも遊び道具を作ってくれた親父。

 美味しい食事を苦労した様子も見せず、魔法のように作ってくれた母親。

 二人の愛情は愛しいものだった――でも、もう違う生き物なんだ。

 現実を受け入れないといけない。でも、判っていても、判っていても。

「……いつか、此処へ帰れるかな」

「……言いたくはありませんが、無理ですよ。無理だからこその、お金でしょう」

 忠臣の言葉は現実そのものを示していた。

 冷たくもなく優しくもなく、ただただ現実で起きている状況を告げただけのもの。


 外に出れば忠臣はさっさか歩き始めたので、オレは忠臣についてく。

 街は未だに暴徒がいる。けど誰もが血塗れなのに、ぴんぴんと元気で泣いていた。

 痛い、痛い、と叫んでいるのに、叫びは「死にたい、死にたい」に聞こえる。

 怪我してる箇所も治りつつあって、血が偽物である血糊みたいだ。

 あんなにリアリティある色はないのに、嘘みたいに乾いている。

 街は阿鼻叫喚で、オレ達は目立たないように隠れながら移動していた。

 街の郊外にある小さな植樹の多い公園へ行くと、嘘のように静かだった。

 少しほっと息をついて、二人でベンチへと腰掛けた。

 黒鳩は遠くの街灯に留まっていて、頸をくるっくるっと動かしながら、オレを監視していた。

 明日になってから、忠臣に教えよう。

「兄さん、兄さんはどうしたいの?」

「……美衣を助けたいよ、けど慎重に選びたい。選べないんだ、どうしても。イエスって言えないんだ」

「……兄さん。僕に何かできることはない? 兄さんが考える材料をできるだけ、揃える。それがセカンドの役目なんだろ? できるだけ、私情を挟まないようにするから」

「忠臣、まずは死ぬのが可能であるのをばれない方法を考えよう。このままじゃ危険だ」

「……塔に上れるのって、兄さんだけ?」

「いや……塔の管理者は、望めば呼んで良いって言ってた、誰であっても」

「じゃあ返事は置いておいて、そこに世話になろう。誰に願えばいい?」

 オレは街灯に留まっている黒鳩を指さす。

 黒鳩は指さされると、ばさばさとやってきて、瞬きすれば人間の姿へ変わっていた。

 金色の神秘さを意味する瞳、やけに艶めかしい笑み、つやつやとした黒髪。

 服は白いコートで身を包み、やけにもてそうな美男子であった。

 強気な態度は有無を言わさぬ迫力があり、睨まれれば気弱な者は頷くしかない怖さがある。それでいて怖いだけかと思えば、笑みには色が含まれていて、艶やかな魅力が女性であれば惹きつけてやまないのかもしれない。いや、男性とてもしかしたら、何かカリスマ性を強く感じるから心酔する人は心酔するだろう――英雄的な強さを感じ取る。

 黒鳩は強さを自覚しているからか、堂々としていて、尚且つ傲慢な瞳の色であった。

 人間全て、見下しているような瞳――気付く人は、数少ない気がする。

「役者が揃ったかね? 同族、初めまして。某もセカンドの一味。黒鳩と申しますれば。己は外での塔主様のサポート役をさせていただいておる」

「……兄さん? こいつ……」

 ツッコミどころが色々あるのは察する。鳩から人になれたり、目が金色だったりとか。けど、それは今は言うな、と目で制しておく。

 忠臣は口をぱくぱくと金魚みたいに動かしたが。オレが黙り込むと忠臣はすぐに察して、こほんと咳払いをする。

 忠臣はどんな状況下でも、すぐ慣れてしまう体質でもあるのだろうか。

 自分なら塔に登ると言い出したり、この状況下を異常だと判っていても黙っていてくれたり。慣れすぎていて、何だか忠臣の性質が不憫だ。

 オレは――ずっと混乱だけを、しているよ。

 それとやり場のない怒りばかり。

「僕も塔へ連れて行け」

「よござんしょう、では同族よ、塔主様の手をお繋ぎあれ」

「わかっ――」

「お待ちください」

 暗がりから若い女性が現れる。白い三つ編みに、黒いロングコート。肉欲的な体つきは、コートの上からでも判るなんて、相当だ。それでいて顔つきは幼いから、まるで多くの男性の理想を形にした「モノ」みたいだ。理想の人、ではなく理想のモノと感じた理由はなぜか分からない。

 瞳の色が金色で、少しだけ黒鳩に似ていた。

 堂々としていながら色濃い笑みが得意な表情だとか、人間を見下している僅かな色が見えるところだとか。

 だけど女性の目には、黒鳩とは似ても似つかない、憂いを帯びた色もみえた。

 この世が何で出来ているのか聞いたら、「純度百パーセントの悲しみ」と答えるような――そんな瞳に思えた。

 何もかも起きる出来事全て悲しみに包まれているが、それを受諾する覚悟のようなもの。諦観も交じった暗い、色であった。

 女性は、忠臣に近づき忠臣に跪いた。

「どうした、お前様」

 黒鳩はやれやれと困った子供でも扱う声色で、優しく問いかける。顔見知りである様子から、もしかして黒鳩と一緒にいたあの白い鳥ではないだろうか。

 どんな関係の知り合いなのだろうか。忠臣もいきなり跪かれて困惑している。

 女性は清流のように冷たい響きで、声を発する。

「刃鐘様が、貴方様にお話があるとのことなの」

「刃鐘さんが!?」

「貴方様の過去の記録、刃鐘様が長い間研究し、一つ判った新解釈があるわ――貴方様は塔の声が聞こえない、という事象で当たってる?」

「……塔の声かどうかは判らないけれど、何かが崩れる音は聞こえたよ、毎日」

「……――見込んだとおり、貴方様は選ばれた方よ」

 女性はようやく顔をあげて、にこりと柔らかな可愛らしい微笑みを浮かべた。

 オレは嫌な予感がして忠臣の衣服を掴んだが、忠臣はオレに気づいていない。

 だって、だってこいつ、忠臣が望んでいた「選ばれた人」だとか言葉にしたんだ。

 確実に急所だって判っている、って自慢げな顔で。忠臣は気付いてないけれど。

 忠臣は幼い頃からずっとずっとヒーローを願っていたんだ、誰かに「助けてください」と乞われる瞬間を。大がかりな事件を見返りも無く助けられる、特別な存在を願っていた。

 それをつつくだけでも、オレは白い女に対して嫌悪感で一杯だった。

 だって、ほら――忠臣は興奮して、微かに笑いを堪えている。

 黒鳩はじっと目を眇めて様子を窺い、オレと目が合うと、しぃっと人差し指をあげて黙るよう示唆した。

「美衣様も、刃鐘様も、そこの塔主候補様をも救う手段が貴方様にはあるの。貴方様だけにしかできないわ」

「何だって?!」

「……――貴方様には滅びの力がある。塔を滅ぼせるのです、貴方様が此方の塔へ最初に上れば、ね」

 くにっと細められる瞳は好ましくない。可愛らしい笑みなのだと思う。百人中百人が愛嬌を感じられると答える笑顔だ。されども、どんなに美人でも怪しんでしまう。

 酷い手段だ、姑息な手段だ。刃鐘さんを引き合いに出すのは酷い。

 忠臣はずっと刃鐘さんをヒーローだと思って、救いたいと願ってきたのだから、そんな言葉を言われれば――。

「僕を連れて行ってくれ!!」

 迷わず、イエスと言ってしまうじゃないか、オレを置いていって……。

 オレを襲う孤独感に、一気に苛まれる。心細くなる。

(やめて、誘わないで。皆が、皆が何処かへ行ってしまう)

 二人が必ず即座にイエスといって塔へ登る決断をしていく。オレが、オレだけがまだ塔への覚悟ができていない。

 大事な決断だというのに、熟考せず、即座に答えられる強さが妬ましく。

 どうしてそんなに安易に、簡単に怖さも感じないで決断できるんだ。

 何かあったら――という思いでさえ、一切も過ぎらないのか? どうして、どうしてそんなに強いんだ。

 ……本音を言えば寂しかった、とても遠くに行ってしまった感情を覚えるから。

 同じ目線だと思っていた美衣。いつも同じ物を欲しがって疎ましさを通り越して、共感していつも二人で気持ちを分けていた。

 家族だからいつも傍にいてくれた忠臣。いつも君に言いたい言葉を任せてきて、何でもばっさりと言い切る姿が羨ましさを通り越して、憧れだった。

 バラバラになっていく、大事なものが――。

 大事なものを奪っていく、塔。

 刃鐘さんの予言した年齢で、本当に世界が全て変わっていく。

 正確には世界が大きく変わったのは人間の生態。それだけで大事件だけど、オレにとってもっと大事なのは――二人がいなくなる、という現在。

 二人が味方じゃなくなり、敵になるという現実。

 女性は意味深に僕と黒鳩へ目配せすると、にやっと嫌な笑い方をしていた。生理的に、受け付けない。嫌悪しか過ぎらない。美女を自覚している笑みだった。瞬くと女性は忠臣と共に消えていた。



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