表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
象牙の塔で漂うヒトデ  作者: かぎのえみずる
第一章 十八才になるまでの日常
6/37

第五話 決断できない

 子供の頃から、憧れていた人。

 誰かと聞かれれば、誰にも言えないけれど、忠臣には胸を張って「刃鐘さん」って一緒に笑い合えた。

 笑顔で、子供の頃ならば無邪気に、どうして刃鐘さんがオレ達を助けてくれたのか、なんて考えずに。

 十八才まで会わなかった理由も、思いつかず。

 子供の頃に正義だと思った存在は、どうして正義だったのかなんて理由を考えもせず、漠然と自分を助けてくれる為に正義であって。尚且つ、自分は正義側なんだと、無邪気に信じたりもする。

 多分、自分自身があの人のようにヒーローになれるんじゃないかなって憧れていたんだと思う。

 あの人が何か事件を持ってきて、ドラマみたいに協力して事件を暴く――なんて夢を見ていたんだと思う。

 よくある話じゃないか、幼い頃助けて貰った人に恩返しで、大きくなったら相棒になって助けるっていう物語。

 十八才っていう瞬間を、本当は楽しみにしていたんだ。

 何かスポットライトが当たるんじゃないかなって、わくわくしていたんだと思う。

 光香さんから「美衣と同じ視点に立てるのはオレだけ」と言われていたのは、暗に「美衣を人質に取られたらお前だけは一目で判る」と託していたんだ。

 刃鐘さんの資料をくれていたのも、刃鐘さんの恨み辛みを思い知ってほしいと思ったんだろう。どれだけ世界を嫌っているのか、どれだけ世界を憎んでいるのか。

 ――人間を恨んでいるのか。


 ――これは、そうだ、刃鐘さんの復讐劇だ、きっと。


 オレは、あの人を何も知らなかった。

 オレは、暗喩を知らなかった。

 知らなかった、それで終わり? 知らなかったから、それで諦めますって終わるのか?

 ――世界の王になるというのが未だにどういう意味を持つか知らない。

 判るのは、刃鐘さんの憎悪の量と質。それを知っても尚、王になりたいと言えるのか。

「この年月は、何だったんだよ」

「……身体が塔を登るのに適する時間を、待っていたんだよ」

「――千湖には、愚かに見えるかもしれないけれど、一度忠臣に相談したい……セカンドなら相談してもいいんだろう?」

「……アンタの場合、君塚の子孫だから、家族にも聞いていいよ。勿論、光香にもな。外でのサポートはこのジャコピンがやる、黒い鳩だよ」

 首元が毛皮コートみたいに、毛が逆立っている黒い鳩がやってくる。

 さっき刃鐘さんの近くで飛んでいた奴だ。

「それじゃあ、家に送るよ。またな、龍臣」

「こんな鳩が一体どうやってサポートに……待って、待ってよ千湖!」



 千湖が指をパチンと鳴らすと、場は暗転して、暗闇となる。

 暗闇に目が慣れてきたかと思ったら、美衣の家に戻っていた。美衣の部屋。庭が窺えて、綺麗な花が咲いている――此処だけは、外の喧噪とは正反対の聖域のような場所。

 外はサイレンが五月蠅く、暴徒の泣き声がけたたましい。

 オレは言葉にならない悔しさを思い出し、その場で叫ぶ。

 叫ぶと、忠臣の声がした。忠臣がオレの名前を呼びながら、やってきた。

 忠臣は興奮した顔色で、目をきらきらとさせていて、それがオレには心苦しい。

 いや――本音は煩わしい。この輝かしい期待を、打ち消すのかと思うと、とても気持ちが重くなる。

「兄さん、何があったの!? 美衣さんは!? 兄さんなら判るんだろ、同じファージストの兄さんなら!」

「美衣は――トリプルを目指す、らしい」

「……兄さんは? 兄さんは目指さないの? 刃鐘さんの後継者になれるのに!?」

「……忠臣」


 先ほどまで、千湖にはあんなにも喋ることができたのに。

 何故、今、弟である忠臣に何も話せないのか。

 言葉を選んでいるとか、悩んでいるとかではない。

 単純に、パニックに陥っている。

 何も話せない、何か話したら忠臣は怒るだろう、と焦って言葉がでない。

 焦れた忠臣がオレに対して怒鳴ろうとした瞬間――。


「お止めなさい、龍臣さんが可哀想です」

「光香さん……」

 光香さんが襖を開けて、立っていた。

 視線は優しい。オレに近づくと、そっと背中を撫でてくれた。

 オレは慌てて何か言わなくちゃと思っても、声がでなくて、口をぱくぱくさせていたら、光香さんは頭を撫でてくれた。

「忠臣さん、お水を。早く」

「でも、兄さんは――ッ」

「自分の実兄を大事にできない方が、恩人のヒーローになれるとでも?」

 光香さんの鋭い言葉に忠臣はびくっと本能で怯えて、素直に従う。

 水を取りに廊下を歩いて行った、走ればまた光香さんに怒られるから。

 光香さんは優しく微笑んで、「大丈夫よ」と告げた。

「大丈夫よ、何を話してもいいの。どうしたら伝わるかとか考えないで、そのまま言って良いの。龍臣さん、……美衣さんに対して責任を感じないで、貴方自身で選びなさい」

「……でも、美衣は……何か弱みを握られて……。止めなきゃ」

「弱みは何なのか、私には予想がついております。それでも、貴方には止める責任はありません。私が貴方と美衣さんが同じだと教えたのも、貴方の思考を纏めるのに必要だと思ったからです、こうなる日がくると思ったから……」

「……オレ以外、止める人が」

「だからといってどうして全部貴方に任せなければならないのでしょうか? 美衣は美衣、貴方は貴方の人生があるじゃありませんの。それを全部一纏めにしたのが、塔という異形なのです。許されない存在。本来なら有り得ない。誰も貴方に、選ばれた勇者になれなんて言わないわ」

 光香さんは――オレに背負わせないでいようとしてくれる。

 選択しても、しなくても、背負うなと。

 オレは光香さんを誤解していた、てっきり美衣を守れと願っているのだと思っていた。

 やっぱり自分の家族なんだし、大事な孫なんだし。でも、それは違っていて、光香さんはオレの存在もちゃんと大事にしてくれていた。

 一気に泣きたくなって、光香さんの着物の袖を引っ張った。

「……――光香、さん。光香さん、全部、全部聞いてくれないか……?」

「ええ、どうぞ。貴方の思うままに話してくださいな」

 オレはまず千湖の話をした。オレに対して放った言葉や、第一印象。

 美衣の話、美男の話もしてから、黒い鳩がやってくるという話を辿々しく伝えた。

 最後に――刃鐘さんの悪意を。

「あの人は、きっと世界を憎んでいる。人間全て嫌いなんだ、だからこんな真似を」

「そう、……――全部話してくれて、有難うね、龍臣さん」

「……そんなわけがない。刃鐘さんは、だって、ヒーローで……僕を助けてくれて……」

 途中から忠臣も話を一緒に聞いてくれて、最後まで口出しはしなかったが、話し終えるとショックを受けた表情を浮かべていた。

 光香さんは、少し思案した後にオレと忠臣に、荷物を片付けて家に帰るよう告げる。

「此処にいるより、まずはご家族に顔をお見せなさい。十八才になったらこうなると知っているのは、貴方達の親御さんもです。貴方達の親御さんも、死なない身体になってる筈です。心配でしょう? 美衣さんのことは、余裕ができれば此方から連絡致します。さぁ、お帰りなさい。龍臣さん、選択するのは先延ばしでも宜しいのですからね、貴方が思う道を決めたときに選びなさい。急いては、いけません」

 光香さんは静かに告げると、オレ達が帰るまで部屋で待っていてくれた。

 部屋を片付けて、荷物を持つと光香さんは見送ってくれてから、豪邸に戻る。

 オレと忠臣は気まずい沈黙を保ったまま帰ろうとしていたが、忠臣がオレに声をかけてきた。

「……兄さんは、いいな」

「忠臣?」

「……だって、兄さんには選べる権利がある。もしも僕なら、迷わず美衣さんを止める。刃鐘さんの最後の願いを叶えられるように、僕は王になりたいよ。それに願いが何でも叶うんでしょう。何が駄目なの?」

「……忠臣、……それが、本当は正しい」

「正しいけれど心から願わないと実行できない。実行できないと感じるから、兄さんは迷うんだろう? 僕なら、迷わない。僕なら絶対に実行する」

「……忠臣、ごめん」

「――兄さん、責めたいわけじゃないんだ。もし、それで兄さんが王になるっていうなら、僕は全力で力を貸すって言いたいんだ。僕の祈りを、兄さんに託したい」

 忠臣へ視線を向けると、忠臣は真剣な顔なのに真っ赤に顔を染めていた。

 悔しさで、今にも泣き出しそうな子供の顔だった。

 欲しい玩具が目の前にあって、諦めなければならないのに、駄々をこねてる子供と同じだった。

 オレは、でも光香さんの言葉を思い出す。

 自分自身の想いで選べという言葉――忠臣への同情心で、選んではいけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ