第213話 【Sideアンリ】今もこれからも憧れて……
久しぶりのアンリ視点のお話です!
どこまでもリュウトを慕い、憧れ、追い続けるアンリが可愛いと思えるはずです!
「ただいま戻りました!」
「お疲れ様」
エレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊の隊舎には夕刻の巡回から帰還した隊員たちの活気に満ちた声が響き渡っていた。
室内では報告書や日報の作成に追われる者、今後のスケジュール調整に頭を悩ませる者、あちこちのデスクに散らばって小規模なミーティングを行う者など、慌ただしく働いている。
「……」
私が手元の書類からふと顔を上げ、一つのデスクへ視線を向けていた時だった。
「アンリ!」
「ん……?ああ、トロン」
声をかけてきたのは同じ第六班の一員であり、私の同期でもあるトロンだった。
彼もたった今、街の巡回から戻ってきたばかりのようであり、自分の席につくなり報告書の作成に取りかかっている。
「そっちの巡回、これといって異常はなかった?」
「うん、問題なしさ!」
「そっか。よかった」
快活に言うトロンの姿を見て、私はそっと微笑んだ。
ここのところ、いや、リュウトさんが勇者パーティの一員となってからはトロンの仕事に対する姿勢は確実に変わっていた。
日々の任務を真面目にこなすのはもちろん、少しでも空き時間があれば貪欲に自主錬へして、時には班長や副班長であるゾルダーさんやシーナさんといった経験豊富な先輩隊員たちに自ら進んで教えを請う姿も珍しくなくなっていた。
その努力が実を結んできているのか、最近では城下町で突発的な小競り合いが起きても、よほどの重大案件でなければ、淀みなく対応できるようになりつつある。
同期の私から見ても、目を見張るほどの急成長ぶりだった。
それから小一時間ほどが経ち、トロンと同じタイミングで溜まった仕事を片付け終えた私は彼と並んで隊舎の扉を開け、外へ出ようとした。
「よう。二人とも、お疲れ」
「「え……?」」
背後から不意にかけられた落ち着いた声に私たちは揃って足を止めた。
「今から帰りか?」
「「リ、リュウトさん!?」」
振り返った先に立っていたのは外遊から王都へ戻ってきたばかりのリュウトさんだった。
まさかこんな場所で声をかけられるとは思っておらず、私とトロンは思わず呆気にとられた声をハモらせてしまう。
「あ、はい!ちょうど今、今日の分の仕事が一段落しまして!」
「ぼ、僕も同じくです……!」
憧れの先輩を前にして、慌てて取り繕う私たち。
するとリュウトさんは首の後ろを掻きながら、思いがけない言葉を口にした。
「もし、この後二人とも特に予定がなくて暇だったらさ……。久しぶりに飲みに行かないか?」
「「え……?」」
予想すらしていなかった嬉しい提案に私とトロンは言葉を失い、ただただ目を丸くしてきょとんとしてしまうのだった。
◇——
「「……」」
「こっちだ。奥の席だぞ」
リュウトさんが案内してくれたのは王都の賑やかな喧騒からほんの少し外れた、細い路地裏の奥に佇む隠れ家のようなバーだった。
扉を開けると、年季の入った静かな空間が広がっている。
カウンターや壁際を照らすのはランプ型の魔道具が放つ琥珀色の柔らかな光であり、それが店内に独特の渋みと心地よい哀愁を醸し出していた。
いつも足を運ぶ賑やかで大衆的な酒場と比べれば、私にとっては少し背伸びをしすぎた大人びた場所に思えて緊張してしまう。
戸惑う私を見てリュウトさんは優しく微笑み、注文を聞いてくれた。
そうして運ばれてきた琥珀色のエールを前に、私たちは小さく木製のカップを掲げる。
「アンリ、トロン。今日もお疲れ様だな。乾杯!」
「「乾杯!」」
エールがなみなみと注がれた樽型のカップを小気味よい音を立てて交わし合った。
冷たい液体が喉を潤していく感覚を味わいながら、私はふと思う。
思い返せば、私とトロン、そしてリュウトさんの三人だけでこうして飲むのは久しぶりのような気がする。
「美味いか?」
「はい! 大きな任務が終わった後なのもあって、いつも以上に美味しく感じます!」
「私もです!このお店の雰囲気も手伝って、格別な味がします」
仕事終わりの一杯が美味いのは十分に知っているつもりだったけど、今夜のこの美味しさはこの顔ぶれだからこそ、胸の奥まで温かさが染み渡っていくのだ。
運ばれてきた香ばしいおつまみを摘まみ、それぞれの近況や他愛のない世間話を報告し合っていると、トロンが懐かしむように目を細めて呟いた。
「こうして三人でいると、僕やアンリがリュウトさんと初めて出会った頃のことを思い出しますよ」
「え……?」
トロンの言葉に他意がないのは分かり切っていたけれど、その一言は私の胸の奥に眠っていた記憶を鮮烈に呼び覚ました。
あれは私たちが任務中、到底手に負えない凶暴な魔物と遭遇し、絶体絶命のピンチに陥った時、風のように現れ、救い出してくれたのが他ならぬリュウトさんだったのだ。
そこから縁が繋がり、私たちは同じエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊の一員として、共に背中を預け合って仕事をするようになった。
「そうだな。今思い返してみると、随分と手荒な初対面だった気がするよ」
「ちょっと、何を言っているんですかリュウトさん!あの時、あなたが命懸けで救ってくれたからこそ、今の僕たちがあるんですからね!」
「そ、そうか?」
トロンが大袈裟に身振り手振りを交えて持ち上げると、リュウトさんは照れくさそうに首の後ろを掻いた。
けれど、トロンの言葉は決して誇張なんかじゃない。
私もまた、心からそう思っている一人なのだから。
「……」
この人は、ただ強いだけじゃない。
勇者パーティの一員に選ばれるほどの並外れた実力と才能を持ちながら、本当に律儀で誠実であり、どれほど大きな功績を挙げても決して傲ることなく、謙虚で周りの人との繋がりを何よりも大切にし続ける努力を止めない人なのだ。できた人なんていうありきたりな言葉で片付けていいのか分からないくらいに人として素晴らしい。
ただの命の恩人という枠には到底収めてしまいたくないほどに……。
だからなのだろうか。お酒の勢いも手伝って、私は胸の奥に溜め込んでいた熱い感情をそのまま唇から零してしまっていた。
「リュウトさん」
「ん? 何だ、アンリ」
「私……本当に嬉しいんです。今となっては本当に凄い存在になったリュウトさんは私の姉と同じくらいに心から尊敬せずにはいられない人です。だから……!」
今、自分がどんなに真っ赤な顔をしているのか想像もつかなかったけれど、真っ直ぐにこちらを見つめるリュウトさんの瞳を見ていたら、どうしても自分の想いを伝えずにはいられなかったのだ。
「……これから先もずっと、あなたの背中を追いかけさせてください!リュウトさんは私の憧れの人なんですから!」
「「……」」
気づけば、静かな店内に少し響いてしまうほどの声で表明してしまっていた。
我に返ってカッと顔が熱くなり、トロンが呆気にとられたように目を丸くしている。
私が身を縮めかけたその時、リュウトさんは驚いたように一瞬だけ瞬きをして、いつもの穏やかで優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「そうかい。……光栄だな。こんな俺の背中で良ければ、いくらでも見て、学んでくれ。俺もアンリにすぐ追い抜かれないようにしなきゃだからな!」
「はい!」
そう言った彼の表情はどこまでも誇らしく、どこか清々しかった。
こんな風に真っ直ぐに応えてくれる人だからこそ、私はいつまでもこの人を諦めずに追い続けていられる。
どれほど遥か先へ行ってしまっても構わない。いや、むしろ高みへとい続けてほしい。
この胸に灯った、目指すべき絶対的な光をずっと追いかけ続けられる存在。……今の私にとって、何よりの目標であり、幸せなのだから。
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