第160話 突入前の決意
新章にして、クライマックスに突入しようとしています!
「さて……。こうして間近で見上げると、得体の知れない圧力を感じるな」
思わず漏れた独り言は湿り気を帯びた重い空気に吸い込まれていった。
俺たちは魔族領にある魔王城へと辿り着いた。
目の前にそびえ立つのは魔族領にドンと鎮座する絶対的な象徴である魔王城。
盛大に石材で組み上げられたその巨躯は、まるで意志を持つ巨大な獣が獲物を待ち構えているかのようだ。
「そうね。肌がちりつくわ」
隣に立つ勇者シャーロットが呟きながら拳を強く握りしめる。
そこに構える当代の魔王リザエラ。
勇者パーティにとって、それを討つことは悲願となる目的。
共に付いてきたファミーナはリザエラの血の繋がらない義理の娘であり、彼女が敬ってやまない亡き父・ギラドルスの血の繋がった娘でもあった。
彼女にとって、この帰還がどれほどの覚悟を要するものかは分からないけど、俺たちは今、歴史の転換点となる決戦の場に立とうとしていた。
「さて、どうやって中に入るかだな」
「ジュウロンから預かっている、城内の構図を記した書簡があります。これを」
ファミーナの側近であるカリュミノが城の図面を記された羊皮紙をその場で広げる。
記されていたのは魔王城の内部構造であり、規模こそ広大だが、意外にも部屋数は絞られており、いくつもの大広間が直列に並ぶような、迎撃に特化した構造に見える。
迷路のような複雑さはないが、それは侵入すれば、嫌でも正面衝突することを意味していた。
当然、その広い場所で魔王軍の雑兵たちはもちろん、幹部も待ち構えている可能性だって大いにある。
俺たちは城の門番や見回り兵に気付かれない場所で息を潜めながら作戦を立てる。
「真正面から行くのは流石に無謀だよな?」
「当たり前でしょ!あたしが派手な魔法を一発ぶっ放した瞬間に城中の雑兵がわらわらと集まってくるわよ。そうなったらリザエラの下へ辿り着く前にスタミナ切れでおしまいよ」
ジャードの考えに対し、ロリエが鋭く突っ込む。
確かにその通りだ。
城内にはリザエラの側近である幹部たちの他にも、かつて俺たちを苦しめたゴレドアやリチェナス級の精鋭、多数の雑兵などの戦力を正面からぶつかるのはリスクが非常に大きい。
正面突破は全滅の二文字を自分からもらいに行くようなものだ。
「裏口、あるいは手薄な場所を探すべきか」
「はい。ですが、どこから入ったとしても、一戦闘は避けられません。末端の兵隊ならまだしも、幹部クラスが遊撃に出ている可能性も高いです」
カリュミノが厳しい目をさせながら呟くと、シャーロットが口を開いた。
「戦闘になるのは最初から覚悟の上よ。私たちがここまで来たのはリザエラを倒し、この歪んだ支配を終わらせるために来たんだから」
発したのは決意の言葉であり、その瞳には迷いが無い。
その決意に当てられたかのように続いて、ロリエとジャードが息巻くように言葉を発した。
「ま、そうよね! どのみち派手にやり合うことになるなら、こっちも出し惜しみなしで暴れるだけよ。相手が誰だろうと、あたしの魔法で消し炭にしてやるわ!」
「俺たちは最初から、そのつもりで来ているのだからな!」
呼応するようにメリスも口を開く。
「わたくしも……勇者パーティの一員として、聖女として、魔王を倒すために皆様と戦って参りました。いえ、やると決めた時からとうに覚悟はできております。どんな強敵が待っていようとも、わたくしは逃げません!」
「皆様……」
俺たちの決心を目の当たりにしたファミーナは胸を熱くさせたようだ。
この時、現時点では恐らく人類代表の勇者パーティと魔族が人間と手を取り合える時代を作る代表のファミーナ。
種族も、生まれも、立場も違う俺たちの心が今この瞬間、真の意味で一つに重なったのを感じた。
後はリザエラを倒すだけだ。
「さて、問題はどうやって侵入するかなのよね」
「裏にも数人は兵士が見張ってる。表よりは比較的手薄とは言え、甘く見れば警報を鳴らされる」
「何とかして、奴らの注意を別の場所へ逸らせればいいんだけど……」
「あのさ……」
シャーロットとカリュミノが眉をひそめ、再び図面に視線を落とした時、俺が小さく挙手をした。
「正面突破は流石に無理だろうけど、こんなアイデアがあるんだ」
「「「「「え?」」」」」
俺は全員からの視線の集中を受ける中、考え出した作戦を皆に共有する。
そこからは各々がプロフェッショナルとしての意見を出し合い、組み込める要素は組み込み、より良いモノにしていった。
一分が経った頃には……。
「よし!決まりね。……皆、行くわよ」
「「「「「オォオ!」」」」」
シャーロットの短くも、重みのある号令を皮切りに俺たちはそれぞれの武器を手に取り、作戦を開始する流れになった。
◇———
「おう、お疲れさん」
「ああ、そっちもな」
石材に囲まれた魔王城の外周通路で巡回中の兵士二人が擦れ違いざまに足を止めた。
重苦しい瘴気と冷気に満ちた空気を紛らわすように、どちらからともなく小声での世間話が始まる。
「聞いたか?例の勇者パーティ、もう目と鼻の先まで来てるらしいぜ」
「知ってるさ。南の防衛線が見事に突破されたんだろ。ザルヴァ様や選りすぐりの精鋭連中までやられたって聞いて、正直に言って、こっちも気が気じゃねぇよ」
話題はここ数日の戦況についてだった。
直接戦場を見ていない末端の兵士にとって、重要戦力を次々と失ったという報せは自軍の弱体化を宣告されたに等しかった。
「……まあ、こっちにはまだバリオルグ様やメーディル様がいる。あのお二方は別格だ。この魔王城の防御に集中されるらしいから、そう簡単に抜かれはしねえさ」
「だといいがな。だが、もし万が一、本当にこの城の中にまで乗り込まれてきたら――」
「ん?待て、今の音……」
不意に暗がりの向こうからカランと無機質な音が響いた。
二人の兵士は顔を見合わせ、反射的に握る武器を構える。
「どうした、誰かいるのか?」
「……確認してくる」
不安を振り払うように闇の中へ数歩踏み出した瞬間だった。
「――なっ!?」
視界が埋められるような白銀の閃光に塗り潰される。
「「ぎゃああああああああッ!!」」
凄まじい轟音と衝撃波、そして灼熱の炎が兵士たちの悲鳴を瞬時に飲み込んだ。
それを知った魔王城の中に控える数多の魔族たちは一斉に背筋を凍らせ、混乱の渦へと巻きこまれていくのだった。
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