第123話 大人な飲み会
王都の喧騒を一本裏道へ逃れた先に、その店はひっそりと佇んでいた。
看板も出していない、蔦の絡まる古風なレンガ造りであり、一見すればただの古い民家だが、磨き抜かれた真鍮のドアノブが知る者しか立ち入れない隠れ家であることを物語っている。
「悪いな、リュウト。付き合わせてよぉ」
「いえ、そんな……光栄です」
「お前がいられるのは数日のみ。道楽同然の誘いに付き合わせて悪いのは分かっているが、楽しませられるようにするつもりだ」
「は、はぁ……」
機密性の高い個室の中であり、テーブルに並べられているのは見てるだけで美味しそうなおつまみやお酒の数々だけど、いずれも上質でありながら、雰囲気は並々ならぬ圧も感じる。
それもそのはず……。
「俺も、一度お前とは腹を割って話してみたかったんだ」
「良かったなリュウト!騎士団のトップ直々のご指名だぜ!」
「緊張しなくて大丈夫よ」
「は、はい……」
そこにいるのはモーゼル隊長とソフィア副隊長。
そして、エレミーテ王国騎士団の頂点、シュナイゼル団長その人だった。
一時帰還した俺たちを歓迎する大宴会が一段落した後、まさか騎士団の重要人物セットと二次会に突入することになるとは。
勇者パーティに身を置いている俺だけど、こうして見ると壮観なメンツだとしみじみ思う。
「ここのお代に関しては心配しなくていい。この私が持とう」
「いえいえ、我々もいくらかは――」
「よせ、モーゼル。私の顔を立ててくれ」
「……はい、分かりましたよ。では、ご馳走になりますっ!」
「さあリュウト、飲みましょう」
「ありがとうございます」
お支払いはシュナイゼル団長が払ってくれるとのことだ。
騎士団トップって一体どれだけ稼いでるんだろう……なんて、俗っぽい疑問が頭をよぎったけど、今はそれを口にする勇気はない。
「「「「乾杯」」」」
クリスタルグラスが触れ合い、清涼な音が個室に響く。
先ほどまでの騒がしい宴会とは対照的な、大人たちの静かな夜が始まった。
俺は促されるままに、魔族領への道中や魔王軍幹部との死闘について語り始めた。
口にする凄絶な戦いの記録を、時に真剣に、時に誇らしげな眼差しで聞き入っている。
「そう言えば、ジャードはシュナイゼル団長の直属の部下でしたよね?」
「ああ。あいつは元気でやってるか?」
「はい。彼にはいつも助けられていますよ。今は盾が壊れてしまって、少し悔しそうにしていますが」
「ははは、あいつらしい。……あいつは昔から自分が傷つくことより、守るべきものに傷がつくのを嫌う男だったからな。後、中々の武具オタクだからな」
こうして話してみると、シュナイゼル団長って意外とフランクな一面がある。
普段は仏頂面だけど、オフの時は人情派って思わせる人柄だと思う。
「しかし、リュウト。お前を遊軍調査部隊に採用したのは……確かソフィア、お前だったな?」
「はい。当時は隊長が所用で不在でしたので、私が面接官をさせていただきました。……今思えば、彼を採用した自分の眼は間違いなかったと勝手ながら思っています」
「全くだ。俺も鼻が高いぜ。一介の元冒険者が、今や世界を救う希望の一翼だもんな」
モーゼル隊長が気さくに俺の肩を叩く。
そう、あの日。遊軍調査部隊の仕事を紹介された俺を採用してくれたのはソフィア副隊長だった。
「最初はただの訳ありな転職者だと思っていました。けれど、リュウトの持っている才能や実力、戦場での立ち回り……それらは私の想像を遥かに超えていました。勇者パーティに選ばれたと聞いた時も、自分のことのように喜んだものです」
「……光栄です。俺一人じゃ、ここまで来られませんでした」
(加えて、この人柄も本当に好ましいんだよな……)
照れくさくなりながら、俺は酒を煽って喉を焼いた。
そんな俺にシュナイゼル団長が真剣な面持ちで身を乗り出す。
「リュウト、ジャードの新しい盾についてなんだが、王宮の鍛冶師たちがちゃんと仕上げているそうだ。最短で明後日には完成するはずだ」
「本当ですか!?」
「ああ。純度の高いミスリルに加え、魔王軍との戦いで絶対に役立つだろう仕様を施しているらしい。……出来次第、速やかに連絡させる。楽しみにしておけ」
「ありがとうございます……!あいつ、泣いて喜ぶと思います」
「ははっ、言えてるな」
懸念事項だった装備の問題がこうして確実に解決していく。
国を挙げたバックアップという名のその重みとそれに見合う結果を出さなければという責任感が心地よいプレッシャーとなって背中を押してくれる。
「さて……堅苦しい話はここまでだ。今度はリュウト、お前の話を聞かせてくれないかしら?」
「そうだな。冒険者時代の武勇伝……いや、失敗談あたりを肴にしたいもんだ」
「あ、私も聞きたい!」
酒の肴にされるのは目に見えているが、この人たちになら隠す必要もない気がした。
俺は少しだけ言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。
今は家族が一人もいないことやそうなった経緯。
冒険者時代の具体的な話。
冒険者ならではの小話まで……。
気付いたら窓の外では月が天頂を過ぎ、夜の帳が最も深まっていた。
「はっはっは!気が付けばもう日を跨いでいるじゃないか。そろそろお開きにするか」
「そうですね。名残惜しいですが、彼を寝不足で魔族領へ送るわけにはいきませんなぁ!」
「リュウト、帰りましょう」
「はい。皆さん、今日は本当にありがとうございました」
店を出ると、冷ややかな夜風が少しだけ火照った頬を撫でた。
街灯の灯りが石畳を等間隔に照らしている。
「———よし」
小さく独りごちて、俺は一歩を踏み出した。
俺はこの有意義な瞬間を胸に刻み、最高の結果を持ち帰ることを改めて自分自身に誓ったのだ。
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