第110話 数秒先の光景
戦況に変化が起きます。
「くっ!」
「リュウトさん!」
「あははははは!まだまだ撃つわよ!」
バアゼルホの大聖堂を支配するのは耳を鳴らす破裂音と飛び交う数々の矢。
神聖な場であったはずの場所は荒れ果てた光景が広がっていた。
俺は今、シェリーが放つ二つのクロスボウによる狂乱の掃射に防戦一方を強いられていた。
「はぁあああ!」
「粘るわね!」
左右交互、あるいは同時に放たれる視認すら困難な不可視の矢と魔力で形成された矢の数々が俺の逃げ場をミリ単位で削り取っていく。
<感覚操作>で感覚を研ぎ澄ませ、<魔力確認>で魔力の起こりを掴んでも、この手数の差を埋めるのは至難の業だった。
「あははははは!まだまだ、これからよ!その必死な顔、もっと見せてちょうだい!」
シェリーの嘲笑と共にクロスボウから黒い光が奔る。
「ホーリーシールド!」
「レイニース様!」
「姫様!」
「わたくしも手伝います」
そこへ震える声を振り絞ってレイニース様が介入した。
彼女が展開した黄金の光壁がその背後で膝をつくメリスや傷ついたアルフラド団長を守るように広がる。
だが、それでも心許ない。
「くっ……」
「メリス?」
(何だ?魔力が乱れている?)
メリスの方に視線を向けてみると、彼女の魔力が少なからず安定していないようなうねりを感じ取った。
さっきの矢に何か仕込まれているのか?
「ほら、隙ありよ!」
「なっ……!?」
シェリーが左手のクロスボウを高く掲げ、天井に向けて一射を放った。
あの弾道はさっきメリスの肩を射抜いた時と同じ曲射だ。
「伏せてくださいッ!!」
アルフラド団長の怒号が響く。
傍らに転がっていた騎士の盾を拾い上げると、レイニース様とメリスを覆い隠すようにその身を挺した。
盾と矢がぶつかった時、鼓膜を震わせる金属音が響く。
「ぐぅう!」
「アルフラド!」
「主君を……。希望となる者を守るのが私の使命です」
メリスの回復魔法のお陰もあってか、アルフラド団長は武器や防具を持っていくらか動けるようになっていた。
このアクションを取ってくれる人がいるのは俺にとってもありがたかった。
目を離してはいけない強敵を相手にしているのだから……。
「それならば、貴方が隙を晒す番ね。リュウト」
「くっ!」
シェリーは俺が側にいる仲間を意識して動きが鈍った瞬間を見逃さなかった。
その隙を当たり前のように突くかのごとく、シェリーはメリスたちを狙うような素振りを見せながら、彼女は俺の急所を直接狙うだけではなく、あえて仲間の周囲にも矢を散らす。
二つの特殊なクロスボウを持つだけだったらともかく、戦いに関係ないだろう人物に向けられたならば、枷を付けられたかのように動きを制限されてしまう。
本当に撃つようならともかく、狙う素振りまで見せるせいで余計に質が悪い。
それは戦いというよりも、悪趣味な狩りだった。
「シェリー……!お前の相手は俺だろ!無関係な奴まで巻き込んで、恥ずかしくないのか!?」
「そんなこと思うわけないでしょう。無意味なことよ」
俺の怒声に返ってきたのは氷のように冷たく、乾いた返事だった。
「私は魔王軍に仕えているのよ。勝つため、目的を果たすためなら、私は悪魔にだって魂を売ることも厭わないわ。正々堂々と戦ってもらえるなんて期待しているなら、とんだ甘ちゃんね!」
「くっ……!」
そんな持論のようなセリフを吐き捨てるシェリーの表情は醜悪さと憤怒で満ちていた。
シェリーによる縦横無尽で放たれる魔力で生成された矢の数々に対し、捌いて躱す俺も、防御に回るメリスやレイニース様もいいように弄ばれている。
打開策を見つけられないでいるその時だった。
「ん?」
俺の脳裏にはイメージ、いや、風景のような何かが浮かんだ。
脳裏に今の現実とは異なるそれがオーバーラップして浮かび上がる。
シェリーの筋肉の収縮、瞳の揺らぎ、魔弓の角度。
集中力が臨界点を超えそうな感覚を覚えながら、俺は詠唱を始める。
「氷の精霊よ。我が持つ矢に凍気をもたらせ」
二本の“氷結の矢”の先端にコバルトブルーの色を帯びた風が集まり、圧縮されていく。
「フッ!」
放たれた弓矢の狙いはシェリーではなかった。
「なっ?」
「リュウトさん?」
(これは、“氷結の矢”?)
矢が吸い込まれたのはメリスたちがいる祭壇の傍にある半分崩れかけた巨大な石像の基部だった。
刺さった箇所から凄まじい凍気が瞬間的広がり、ドームのように彼女たちを包み込んだ。
その直後。
「「「うぁっ!?」」」
(これって、シェリーが放った?)
小さなドームのように覆われた氷を襲ったのはシェリーが放った不可視の一矢であり、氷の層が数センチ削られ、白い霧が舞う。
(ありえないわ。今のは完全に不意を突いたはずよ……)
俺は彼女の驚愕を無視し、間髪入れずに二本のミスリル製の弓矢を放つ。
「ぐっ!」
(この男。躱しながら私を狙った?)
シェリーは咄嗟に身を捩って回避したが、彼女の頬と脇腹をかすめ、背後の柱へと深々と突き刺さる。
彼女の顔に一筋の赤い線が走る。
「はぁああああっ!!」
再開された撃ち合い。
手数は依然として、二つのクロスボウを操るシェリーが圧倒している。
俺は最小限の動きで弾幕の間隙を縫い、正確無比な精度で反撃の矢をねじ込んでいく。
(押してるはずよ……。私の出力も、手数も、あいつを圧倒しているはずなのに……!)
二人の立ち位置は大きく変わっていないが……。
(……何なの?この感情は?まさか、私が……恐れている?)
シェリーの瞳にドロリとした焦燥の色が混じり始める。
それに対し、頭が冴えて仕方がない俺は攻撃を当てていけるようになり始め、少しずつ、確実に戦況を引き戻していく。
数秒先に現実となるだろう、未来の自分とシェリーの光景を脳裏に浮かべながら……。
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