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Ⅷ:出されなかった手紙、出された手紙

 奇襲は成功した。


 こちらに負傷者は出なかった。


 海賊どもは、半数が泥酔して眠りこけていた。首領らしき男も酔ってはいたが、果敢にも剣を抜いてガイウスへ斬りかかってきた。だが、後ろから十人隊長の棍棒にポカリとやられてあっさり気絶して捕まった。

 少々乱闘もあったが、海賊一〇人ばかりがあちこち打撲を負った程度である。


 こちらに怪我人は出ず、救出対象だった肝心のサピエンヌスは、我々の突入のとばっちりを受けて、縛り付けられた椅子ごと隅っこに転がっていた。幸いにして頭に大きくもないたんこぶが出来ただけですんだ。


私たちが海賊を総督府に引き渡し、家に帰れたのは、夜が明けてからだった。





 家に帰ると執事のクセノスが、寝不足のクマも濃い(うれ)い顔で出迎えてくれた。手には投函するばかりに整えた手紙の巻物を持っている。

 昨日、書いてくれと頼んでおいたローマの実家(あて)の、五〇タレントの身代金調達依頼の手紙だ。


「心配かけてすまなかった。それは捨ててくれていいよ。もう必要ないから。……お前たち、寝ていなかったのか?」

「兵の方々は連絡が来たらすぐ飛び出せるように待機しているし、館中ピリピリした雰囲気で、とても眠れませんでしたよ」

「そうか、それは悪かった。それで、朝食の用意は……」

「できていますよ。厨房の者は、昨日は早々に無理矢理休ませましたからね。でないと、今日の皆の食事に多大な支障が出ますからね」

「なるほど、賢明な判断に感謝する」

「それで、どうされますか?」

「え、なにが?」


 風呂へ行こうとしていた私は、びっくりして足を止めた。


「ご実家への手紙ですよ。身代金はもういらないなら、何も出しませんか?」

「あー、そうか」


 海賊へ支払う身代金は必要なくなったが、まだ大金が必要だ。

 協力してくれた兵士に、一人頭いくらの報奨金を出すかでガイウスと相談した。


 けっきょく現在彼らがもらっている年収に少し色をつけ、全員に渡すことにした。

 ローマの軍団兵八〇人分だ。一人の年収がおおよそ七〇デナリウスとして計算して、そこにお礼の気持ちをプラスした一人につき約一〇〇デナリウスを払うことで意見がまとまった。


 また、ここに滞在している間の飲食費はすべて私持ちで決まった。


「どっちにしろ、金を送ってもらわないと、とても足りないな。風呂を上がってから自分で書くよ。次の生活費も送ってくれるよう頼まないといけないしね」


 私が風呂に入っている間に、執事クセノスは出さなかった手紙をどこかへ片付けた。

 きっと裏を別の書きものに利用するか、最後には風呂のたき付けにでも使うのだろう。




 私はローマの父に手紙を書いた。





親愛なる父上どの


 私の留学はすべからく順調であることを、ここにご報告いたします。

 

 先日、サピエンヌスがこちらへくる途中でスキュタロスの海賊に囚われ、身代金を要求されていました。しかし、私が軍団で指揮官を務めていたときのもう一人の盟友である百人隊長ガイウス・マルキエスが、ローマへの帰還途中で私の家に立ち寄ってくれたのです。彼はサピエンヌスの窮状(きゆうじよう)を聞き、力を貸してくれました。


 海賊は私の家に身代金を要求してきましたが、私は彼らに宴会料理を振る舞い、礼儀を知らない海賊どもが腹一杯食べすぎ、動けないほどワインを飲み過ぎたところを見計らって全員を捕縛しました。


 彼らはロードス島に居たところを逮捕されたので、小さなスキュタロス島の代官ではなく、ロードス島の総督とその管理下にある駐在部隊へ引き渡しました。


 これで長年スキュタロスの海賊として悪名高かった海の荒くれ者どもに、正しい裁きがくだされることでしょう。


 私はサピエンヌスの無事生還を祝い、大宴会を催しました。


 また、サピエンヌスを救出するために、協力してくれた者たちへ、私はじゅうぶんな報奨金を約束しました。もしも渡さねば、我が家の名折れになります。


 彼らへ払う礼金は、当面私が生活費から出して立て替えておきますので、

 すぐに礼金分一万デナリウスと、宴会費用を三万デナリウス送ってください。


 私が忘恩の徒にならぬよう、父上のお力にすがります。


                   あなたの息子メルクリスより





 ガイウス達は、数日後にはローマへ発つ。

 なので、私はとりあえず、手元の有り金をかき集めて報奨金を支払った。

 そのうえ大ご馳走の宴会料理をもう一度用意するから、もはや手元はすっからかんだ。

 

 翌々日、待望の宴会料理はできあがった。


 もちろんメインは特製のプラセンタで、百人隊の兵士全員だけではなく、我が家の召使いや奴隷にもいきわたるように、特大のものが二つ用意された。


 こうして皆がこの最果てのギリシャの地ロードス島で、ローマ風のご馳走を心ゆくまで堪能したのは言うまでもない。




 次の仕送りが届くまで、慎ましい生活をするしかなくなったが――……。


 ロドスワインが無くなってしまった。なので、明日はワイン農家まで足を伸ばし、ワインの買い付けに行ってこようと考えているところである。

                          〈了〉




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