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古代ローマの留学生が海賊に囚われた友人を仲間と一緒に救出した話  作者: ゆめあき千路


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Ⅶ:海賊どもの大宴会

 午後過ぎにティオが荷馬車で戻ると、郊外の屋敷の海賊どもは、急いで宴会をする仲間を呼び集めたようだ。二人、三人とやってきては屋敷へ入っていく。


 やがてにぎやかな笑い声が外にまで聞こえてきた。音階の外れた歌声に下手くそな楽器を鳴らす音、温め直された手の込んだスープの匂い、ソーセージを焼く匂いが風に乗ってきた。


 海賊どもは大宴会を始めたようだ。……と、三番目に戻ってきた斥候(せっこう)は、報告した。






「数えただけで、ざっと一二人だな」


 ガイウスが足下に小石を並べている。火を使えないので、月明かりが頼りだ。

 今夜が三日月で良かった。見晴らしのいい街道なので、新月なら火を灯せなくて困ったに違いない。


 ガイウスと私は、地面に簡単な館の見取り図を描いた。


 宮殿よりは小さいが、ローマの下級貴族のいえくらいには大きい館だ。ぐるりを塀に囲まれている。外から周囲をめぐってみたところ、ところどころ壁が崩れた箇所から中を覗けた。

 三方から確認した結果、どうやらコの字型をした建物だった。典型的なローマ風の(ヴィラ)らしい。


「なかなか贅沢(ぜいたく)な作りだな。この設計だと、中庭に面したあたりにローマ風の風呂もあるんじゃないかな」


 侵入口は正面と、裏の塀の崩れた場所だ。


 私とガイウスが斥候の報告を受けてここへ到着したときには、海賊どもの大宴会はピークを過ぎていた。

 ローマ風の宴会では料理は一品ずつ運ばれ、コース料理が終わるまでに何時間もかかる。だが、彼らは礼儀も何もない海賊だ。ありったけの料理をいっぺんに出して並べ、無礼講でがっついたのだろう。


 私たちが食べるはずだったすごいご馳走を平らげた海賊どもめ!

 なかでも、数年に一度作るか作らないかの特製プラセンタ(チーズケーキ)。その恨みを思い知らせてやる!




「目立った見張りがいないな。海賊の首領が市民のフリをして住んでいる家だろう」


 ガイウスによると、この郊外の辺りに点在する館は金持ちの別邸か、広い農園があるだけの寂しい場所らしい。


「なるほど。この規模の屋敷だと、中にいるのは二〇から三〇人てとこか」


 館を見張っていた斥候隊の報告では、赤毛の小男ティオが館へ荷馬車を引き入れたあとで、三人のごく普通の身なりの男が急いで出て行ったという。

 それからしばらくして、その三人の男はバラバラに帰ってきた。めいめいが二~三人の男や派手な格好の女を数人伴って。館の外に居る海賊の仲間を呼んできたらしい。


 私たちが斥候に案内され、大急ぎでここへ到着したのは、海賊どもが無礼講の宴会を始めてから半刻ほど経過した頃だった。


 私とガイウス百人隊長、その配下の一〇隊のうち五隊四〇人が武装して来てくれた。途中まで荷馬車で街道を移動したが、海賊どもに音を聞かれては気づかれるので、一ローママイルほど手前で荷馬車を降りて歩き、館が見える少し手前で街道を外れた。


 館の裏の崩れた壁から様子をうかがっていた兵士が、見張りを交替して戻ってきた。


「どうだった?」

「宴会はたけなわです。奴らはガツガツと宴会料理を飲み食いしています。窓から椅子に縛られた人質も一人見えました。髪が短く刈られているのでローマ人の市民のようです。残念ながら顔までは見えませんでした」

「いや、ありがとう、非常に有益な情報だ」


 この兵士はサピエンヌスの顔を知っている。ガイウスが率いる百人隊に、かつて私と同じ部隊に所属していた兵士が何人かいたのは幸運だった。彼らがいれば、館への突入後、サピエンヌスがどこかに閉じ込めれられていても、手分けして探すことができる。


「腹が減ったな」


 ガイウスがぼやいた。

 緊急事態から始まった作戦なので、携帯食など気の利いたものは用意していない。荷馬車には備えとして水筒やキズ薬や包帯など、戦時の備品が少しあるだけだ。


「出る前に軽く食ってきただろう?」


 私たちは出発前に、食堂に残っていたパンや惣菜の残りを適当に食べてきた。外で野営していた隊は昼食をとっていたが、私が贈ったワインはまだ酔うほど飲んでいなかったので全員が飲食を中断し、作戦参加を表明してくれたのである。


 そこからは人数を三班にわけた。


 海賊のアジトへ向かう隊と、時間がかかった場合の交代要員。そして我が家の留守番に残り、いざというときには後方支援として駆けつけられるように体力を温存しつつ、待っている間に宴会準備がメチャクチャになった食堂の片付けを手伝ってくれる隊である。我が家の奴隷に協力し、厨房に半端に残った料理も、夕食代わりに片付けてくれるよう頼んできた。


 そしていま、ここにはガイウスをはじめとする第一班が来ているというわけだ。


「あれっぽっちで足りるかよ。本当ならあの海賊どもが食い散らかしているめったにない大ご馳走は、いまごろ俺たちの胃袋に収まっているはずだったんだぜ」

「同じ料理をもう一度、明日の昼から作らせる。それまで我慢しろ」

「なんで昼からだ?」

「朝から代わりの食材を調達するからだ」

「そこからかよッ!」


 なぜ昼かというと、我が家には備蓄した保存食以外の食料が無くなったのだ。

 執事と料理人には、朝早くから近隣の市場へいろいろ買い出しに行くよう言いつけてきた。


 あの特大のプラセンタ(チーズケーキ)をもう一度作るには、新鮮なチーズ(フレッシュチーズ)が欠かせない。蜂蜜は買い置きがあるが、かまどでじっくり焼くから調理に半日以上かかる。

 料理人がどんなにがんばっても、巨大なプラセンタの焼き時間を短縮することはできないのだ。


 あの素晴らしいご馳走の数々がもう一度再現されるには、明後日までの我慢がどうしても必要なのである。


「お、誰か出てきたぜ!」


 どうやら宴会なかばで帰宅するらしい二人が、弁当籠(べんとうかご)を持って出てきた。みやげに取り分けてもらった宴会料理が入っているのだろう。


「よし、あいつらを確保しろ!」


 ガイウスの指示で、十人隊長の一人とその部下が、館から離れた陰まで尾行した。

 館からは見えない死角に入ったのを見計らい、千鳥足の男二人を確保した。


「さて、聞きたいことに答えてもらおうか」

「なんだ、お前らは!?」


 二人の男はローマ軍団兵の鎧に取り囲まれたのに気づくと、急速に酔いが醒めてきたようだ。


「お、おい、お前ら、駐屯部隊か」

「ローマ貴族の救出隊だ。中に居る海賊の仲間は何人だ?」


 ガイウスは刀剣(グラディウス)を左腰に付けた(さや)から抜いた。よく手入れされた鋼の刃が、月光を受けてギラリと光る。

 海賊の男二人は、月明かりでもわかるほど青ざめた。


 ローマ軍団が、大部隊で海賊の討伐に来たと思ったのだ。


「人質は二人いる。いま中に集まっている仲間は十八人だ」


 にわか宴会に集まった海賊の手下どもは一五人。海賊の首領には、屈強な護衛が二人ついている。今日は無礼講で酒を飲んでいるらしい。料理をさせたりするのに連れてきた女達が五人。


 この館の奴隷は男三人、女が二人。

 首領の家族である妻と子ども二人はいちばん奥まった部屋にこもっている。

 

 そのほかには、街に住んでいる手下が何人かいるが、家が少し遠いので今日は来ていない。

 海賊二人がペラペラ喋ってくれたおかげで、屋敷の間取りも詳しくわかった。


 私は地面に描いていた見取り図に修正を加え、皆に見せた。


「よし、館の内部構造はわかったな」

「こいつらはふん縛って転がしておけ。見張りはつけておけよ」


 ガイウスが命じ、首領は私たちは待っていた。


 海賊どもが腹一杯食べて飲み過ぎる、絶好の機会が訪れるそのときを。

 外まで聞こえていた宴会の喧噪(けんそう)がだんだん収まってきた。


 もう少しだ。


 月が雲に隠れた。


 私はガイウスに合図した。


 ガイウスと十人隊長がうなずき、近くにいた半分の五人が闇の中を移動していった。

 三隊がすでに館の裏側へ回り、身を隠している。私が合図を出すのを、いまかいまかと待ちわびている。


 館には煌々(こうこう)と灯りがともっている。だが、もう乾杯の音頭やはしゃいだ大声や、調子外れの耳障りな音楽は聞こえなくなった。


「頃合いだな」


 私は突入の合図として決めていた左手を振り上げ、サッと下ろした。

 なぜ左手かと言えば、右手は私が愛用する刀剣(グラディウス)を抜いて握っていたからである。


 隠れていた兵士たちが息を殺し、足音を殺しながら、館めざして走り出した。


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