第二幕 2
2
翌日はミコチに起こされた。
「おーい!ほれ!起きろ!カイン!いつまで寝てんだ!」
と、身体を揺すられながら、起こされた。
「ん……、ああ、ミコチおはよう」
「どうした?今朝は遅いな?」
どうしたもこうしたも、昨夜のこともあり、正面からミコチと顔を合わせるのが憚られて、というか気まずくて、つい目線をそらしてしまった。
なんとなく、自然に振る舞うことも出来ず、どう切り出したらいいのかもわからないなか、ようやく出てきた言葉がこんなものだった。
「ミコチ、この旅でなんかいいことあった?」
ミコチが一瞬ハッとして、目を泳がせながら答える。
「ん?まあ、大人の階段を上っているような気はするな?」
――はぐらかすの下手くそか!
まあ、なるほど。
ミコチはオトナの夜を知ったということか。
「僕はミコチを応援するよ。僕にできることがあれば何でも言ってくれて構わないよ」
早速今夜から僕は天幕の外で寝るから、と言おうとしたが、それは余りにも地雷を踏みに行っている気がしたのでやめておいた。
ミコチの眼は、相変わらずどこか知らないところを泳いでいた。
そんな四日目の旅路は平和な時間が続いた。
僕たちは、適当におしゃべりしながら、時には休憩を挟んで、ひたすら街道を歩き続けた。途中、井戸を見つけたので水を補給し、さらに進むと村落を見つけたので、食料を買い取らせてもらった。やったことと言えばそれくらい。
そろそろどっかの宿場に入ってもいい頃合いかもね。なんて話をしていたら、レミが、
「レミちゃんは野宿生活を三か月してきたのでそんな贅沢要りませんよ。野営生活も結構楽しいじゃないですか」
なんてことを言う。本当に野良猫みたいなやつだな。
「アタシも別に天幕生活に文句はないぜ?」
うーん。おもはゆい。
君たち二人にそう言われるとどうも落ち着かない。一緒に寝たいだけじゃないのか?
とにかく、四日目は陽が落ちるまで何事もなかった。
帝都に着くまで平穏な旅路が続くといいなあ、なんて思いながら、陽が沈む頃には野営の準備を整え、空が薄闇に包まれる頃には食事の準備に取り掛かった。
「今日はアタシが夜飯作ろうか?毎日大変だろ?」
火を起こす前に、食材を荷物から取り出していた僕にミコチが声を掛けてきた。
「じゃあお願いしようかな。ミコチの手料理食べたこと無いし」
「そういうことならレミちゃんも手伝いますよ!」
「君はちょっと心配だなあ」
「大丈夫です!安心してください。さあ、ミコチ!食材を切るのはお任せしますよ!レミちゃんはもっぱら火を担当しますから!今日はバーベキューにしましょう!」
バーベキューって。焼くだけじゃねえか。料理じゃねえよ。
「火加減を間違えて食材を炭にするのだけはやめてよ……」
「まあいいや。じゃあ適当に切ってくぜ!」
「ってサーベルでじゃがいも切るのは止めなよ……、あとせめてにんじんのヘタは取ってよ……」
なんてワイワイやっていたら。
呑気に料理なんてしていたら。
人が、訪れた。
旅装束の男が一人、走ってきて、倒れた。
「お助け……さい……、どうか姫を……お助け……」
すがるように僕らに手を伸ばしながら男はそう言って、言い終わる前に力尽きた。
「『姫』です?」
怪訝な顔でレミが首を傾げた。
「この男、死んだぞ!」
男の脈を確認しながらミコチが声を張り上げた。
よく見ると男の胸部には無数の傷跡がある。刺し傷。おそらく矢を受けた傷のように思えるが、肝心の矢が残されていない。槍のようなものでつけられたのだろうか。
同時、遠雷のような音が聞こえた。続けて、硬い物質が弾けるような音が重なる。
近い!遠雷じゃない!戦闘音?
若干の光も目視できる。
「魔法科の戦闘のようです!多分そう遠くないです!」
レミがハッとしながら僕に目を向けた。
魔法科軍人が近くにいる。僕もそう思う。
「どうする?」
ミコチが訊く。
「行こう」
僕が言うが早いか、三人とも音に向かって駆けだしていた。
戦闘の現場は僕たちの野営からそう遠くない、街道から少し外れた林の中だった。
木々の生えていない、少し開けた場所に天幕が張ってある。どうやら野営の襲撃らしい。
先ほどの男と同じ旅装束の男が四人、地面に倒れ伏している。さっきの様子から類推するに、おそらくすでに息をしていないだろう。
そして黒いローブ姿の男が三人。
彼らが取り囲むようにして、純白のローブを頭から被った女の人が、中央に立ち尽くしていた。
察するに黒ローブの男たちが襲撃者で、『姫』は純白ローブの女、旅装束の連中がその取り巻きということだろう。
「どっちに加勢します?」
レミが訊く。
「どう見ても黒ローブの男の方が怪しいけど?」
ミコチが意見する。
「『姫』を助けよう」
僕が提案すると同時、僕たちは散開し、すぐにレミが攻撃を開始した。
「行きますよ!ミコチ!援護してください!カインは『姫』の援護を!」
「あいよ!まかせろ!」
林間を疾走しながらレミが叫び、ミコチが雄叫びで答えた。
「了解」
最後の気の抜けた返事が僕。
普通、魔法科が剣士の援護に着くんじゃないのかよ……。
まったく。
「≪燃ヘヨ赤キ紅キ火焔ヨ地獄ノ業火ヲ愚者二知ラシメ旋風セヨコレ神ノ裁キ也≫!!」
レミが突撃しながら火炎旋風を揚げる。住宅一戸など一飲みで燃やし尽くさんばかりの巨大な火柱を、黒ローブの連中に向けて放つ。
黒ローブの男たちが散開して引いた。
同時、僕は『姫』に到達する。
「『姫』さん、僕は味方です。避難してください」
言ってから、自分は味方だと言う人ほど信用に値しないような気がしたが、時すでに遅し。案の定『姫』は怯えているようだが、それでも僕にこくりと頷いた。
ローブによって隠され、顔は良く見えなかったのだが、彼女から感じるのは恐ろしい程の妖気。
ゾクり、とした。
一瞬で体が冷えた気がして、途方もない『何者か』と関係を持ってしまったことを、僕はすぐに理解した。
『姫』の手を引いて戦闘から距離を取った後、『姫』を守るように前に出る。
現場ではレミが黒ローブの一人に≪火焔≫を放射していた。
とぐろを巻くように襲い掛かる炎風を、男は跳躍して避ける。
「≪創造主ヨリ光矢賜リ此処二顕現ス≫……」
空中で詠唱すると同時、魔法陣と共に、男の手に金色に光る弓が現れる。
同色に光る矢を引き、男が放つ……。
が、遅い。
「らぁ!!」
既に男に向かって跳んでいたミコチが、男の真横に迫っている。
「曲剣幻道奥義!飛突燕回之舞!」
ミコチの雄叫びが響いた。前宙返りの要領で身体を旋回させて舞い、大きく円を描いた刃のが男の両腕を肘上から切り落とす。
血が舞う。
勢いを殺さず、流れるように着地したミコチの背後で、両腕を欠いた男が無残に落下した。バスっと、惨い音が響く。
まず一人、戦闘不能。
「≪聖母ノ涙氷弾ヨ穿テ≫!」
着地したミコチに、別の黒ローブの男の魔法陣からクリスタルの弾撃が放たれる。
大人の拳大の弾丸が、一発、二発、三発。
一発目、ミコチがサーベルで受け止める。
「うらぁ――!」
ガラスのような見た目からは想像できない鈍い破裂音。
二発目以降は横に跳躍してやり過ごすことをミコチは選んだ。
しかしミコチの跳躍の軌道の先に、もう一人の黒ローブの男が向かう。
「くっ……!」
「≪天ノ父寄リ雷圧来タリ轟ケ≫!」
男が掲げた両手の平から、雷鳴を轟かせて稲妻が放たれる。
雷電が正面からミコチを襲う。
想像以上に両者の距離が近い。
避ける余裕はない――。
――なら。
僕は黙ってスローイングナイフを投げる。
直線軌道で僕のナイフの切っ先が雷電と接触。
刹那、稲妻がナイフに通電し、ナイフの軌道とともに、雷電の軌道もミコチから逸れてあらぬ方向へ消えていった。
――兵卒レベルのビリビリ魔法でよかった……。
「馬鹿なっ!」
驚愕の声を上げる≪雷圧≫の男にはしかし、真後ろからレミが接近していた。
「……≪地獄ノ業火ヲ愚者二知ラシメ≫……」
レミの詠唱と同時、劫火が渦を巻きながら≪雷圧≫の男を襲う。
男を背後から焼き尽す――。
すでに成す術は無い。
「ぐぁあああああああおおおお!」
男の絶叫が響く。
けたたまし燃え盛る炎の中に、黒くおぼろげに、男の片影が見えた。
しかし間もなく、崩れ落ちる。
男の体躯が地面に落ちる音はしかし、すさまじい火炎の内に掻き消された。
もう一人戦闘不能。いや死亡か。
残るは……。
あと一人の黒ローブ、≪氷弾≫の男が標的に選んだのはしかし『姫』だった。
僕と『姫』の真横、距離にしておよそ二十歩の位置から男が≪氷弾≫を放つ寸前。
「≪聖母ノ涙氷弾ヨ……」
クリスタルの弾丸は既に魔法陣から顕現していた。
ミコチが僕の援護にまわろうと、≪氷弾≫の男に飛びかかるが間に合わない――。
――でも。
そこで僕はただ、嘘をつく。
「お前の魔法は却下される」
男の魔法によるクリスタルの弾丸が消滅する。
驚愕の短い叫びが、男から漏れる。
「な――!」
「だから。お前は魔法を使うことはできない」
僕は、ダメ押しで、もう一度嘘を。
「なぜ――!何が起こっている……?なぜ俺の魔法が使えない――!」
狼狽する男はしかし――。
「≪神ノ逆鱗二触レ爆裂シ崩壊ノ深淵ヲ穿テ≫……」
レミの詠唱と同時、男の体躯は赤い閃光を伴った爆発とともに散った。
血肉と臓腑が四方八方に飛散する。
最後の一人も絶命。
「さあ『姫』さん、逃げてください」
呆然としている『姫』に、僕は声を掛けた。




