第二幕 3
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戦闘を終えて、僕たちはすぐに元の野営地に戻った。
さあ、どうぞお好きな方へ逃げてください、という意味で『姫』には声を掛けたのだが、結局『姫』は僕たちの野営までついてきてしまった。
終始無言で、ローブを頭から被ったまま俯いていたが、彼女の身体は震え、怯えている様子だった。
「しかしカインが姫系に弱いとはなあ!知らなかったぜ!」
「逆玉の輿でも狙ってるんですかね?鼻の下伸ばして。まったくいやらしい人です」
「確かに『姫』さんに触れた瞬間ビビッとくるものがあったのは否定しないよ」
さっきまでの戦闘が嘘のように通常運転のミコチとレミ、と僕。
「で、『姫』さん。君はどうして僕たちについてきたわけ?」
僕の質問にようやく『姫』が口を開いた。
「あ……、あの、わたしはお姫様ではありません……。わたしはシュアナ。ただの客人……、領主様の客人です……」
「領主様?ですか?どこのです?」
と、レミ。
「あの、トランシルバニアの小領主、侯爵さまのです……。」
「ふうーん。よくわかんねえけど、なんでトランシルバニアの客人がこんなところにいるんだ?」
と、ミコチ。
「逃げているんです……。侯爵さまのお屋敷は焼かれました。それで、さっきの方々、わたしを護衛してくださる方々と逃げてきたんです……。で、さっきの黒い人たちがトラキア公爵の追手だと言っていました。」
聞くと同時、僕は頭を抱えてしまった。
まいった。なんて面倒なことになったんだろうか。
領主同士の争いに首を突っ込んでしまったらしい。
「いや、結局わけがわからないよ。君は何者なんだい?なんでトランシルバニア候が滅ぼされて、君がトラキア公に追われている?どういうこと?」
僕がちょっと切り込むと、シュアナはちょっと焦ったように言う。
「わたしがよくわからないんです!わたし、自分が何者なのかまったく知らないんです。わたしはわたしが誰なのか知らないんです!」
「…………」
シュアナによる余りの返答に、僕は言葉を失った。
嘘は言っていない!本当に彼女は何も知らないっって言うのか?
「一番古い記憶ではもうわたしは侯爵さまのお屋敷に客人としていました。侯爵さまとの血縁はありません。両親は誰か知りません。記憶ある限りお屋敷から出たことがありません……。」
「…………」
「で、気づいたら、侯爵さまのお屋敷が襲われて、わたしはこのように逃げて、追われて……、わたしは戦えないから、わたしにはどうにもできなくて……」
「…………」
「でも、あなたたちに助けていただいて……、すごく感謝していて……。あの、勝手なこと言っているのは、わかっていますけど……、もう少し一緒に居させてもらえませんか……」
シュアナがすがるように言う。声が震えている。
が、僕としてはそう簡単に面倒な事態を引き受ける気にはならない。
「……そう言われても、君が何者なのかわからない限り、僕たちには危険すぎる……」
「お……お願い、わたしを……」
シュアナの声にはほとんど嗚咽が混じるようになった。
「……わたしを……一人に……しないで……ください—―!」
仕舞いには、シュアナはもうほとんど泣き崩れるように顔を両手で覆った。
僕たちの答えはこの時決まったように思う。
「まあいいじゃないですか、カイン。トラキアの追手なんて、所詮は地方の私兵です。さっきの魔法科も初級の攻撃魔法しか使いませんでしたし。ザコですよ!」
――まあ、レミがそう言うなら。
「トラキア公だって、流石に皇帝に無断で大軍を出すってことはねえだろ?帝都まで着いちゃえば、追手も手を出せねえよ。いずれにせよ帝都までの辛抱ってとこだろうぜ」
――ミコチもそう言うなら。
「そうですよ!そんなことより!さっきご飯食べそびれちゃったじゃないですか!何か食べましょう?レミちゃんお腹すきましたよ。さ!シュアナちゃんも一緒に食べましょう?」
「だな!シュアナも楽にしていいんだぜ?」
――細かい話はいいか。
「うん。そうだね。じゃあ、顔をみせて、シュアナ?」
僕が言うと、彼女はそっとローブに手を掛け、外す。
顔を見せたのは、僕たちと同年代に見える、女の子だった。
彼女が素顔をあらわしたとき、僕たちはみんな驚いてしまった。
圧倒された、と言ってよい。
シュアナは余りにも美しかった。
純白のローブに溶けそうな白い肌。
腰まで届く、白銀の髪。
白銀、完全なる純白であるがゆえの光沢。
青と赤が混じったような、混じり切っていないような、不思議な色を持つ瞳。
薄い色味の唇。
彼女の美しさは余りにも人間離れしていた。
彼女のすべてが僕を魅了し、彼女のすべてが僕を誘惑した。
「綺麗な瞳ですねえ!カインの腐り眼とは大違いです!」
――確かに。シュアナの瞳なら何時間でも眺めていられる気がする。
「綺麗な髪だな!アタシも実はブロンドとか憧れてたり……」
—――確かに。でもシュアナの髪は西方出身者のブロンドなんてものじゃない。
ややもすれば、不健康そうに見える薄紫色の唇から発せられる、シュアナの言葉ならば、僕はなんだって聞き入れてしまうような気さえした。
「ちょっと、カイン。なに放心してシュアナに見入っているんですか?恋ですか?」
「一目惚れか?なんだ、カインはこういう子が好みだったのか!なっはっは!」
「!」
レミとミコチの言葉でようやく我に返った。
じーっとシュアナを見つめていたらしい。無言で。
「あの……、見過ぎです。カイン君……?」
「あ、ああ。ごめん」
ほんのり頬を染めて恥ずかしがるシュアナは、しかし今度は少しだけ、普通の女の子のように見えた。
結局、今から料理するのも面倒なので、パンとトマトをそのままかじって、簡単な夕食を済ませた。
トマトをかじるのに失敗して、果汁を純白のローブにこぼしているシュアナは、やっぱり普通の女の子だった。領主の屋敷で暮らしていたというから、それなりにお上品なのかと思ったが、パンにそのままかじりついてボロボロこぼすし、全然そんなことなかった。
お高くまとまっているところは微塵もなく、改めて自己紹介なんかをしているうちに、レミとミコチともすぐに打ち解けて話すようになった。まあ、シュアナも僕たちと同年代くらいに見えるし。とはいえ、本人は自分の年齢を知らないらしい。
就寝時も、僕たちの簡素な天幕で一緒に眠った。
レミの寝具をシュアナが使い、レミはミコチの寝具に無理やりもぐり込んで眠った。
よくそんなんで眠れるな。なんて思いながら。
ウトウト夢心地に入り始めた頃。
聞こえてきた。
「ぐぅー、すいー、ふごー、ふがー、んにー、んごー、すおー」
シュアナのいびきだった。
はあ。シュアナ。見た目は綺麗だけど、中身は普通どころか、ただの若干おっさんくさい奴だった。まあ、うるさくて眠れないという程でもないし、いいけど。
それに、親近感も湧くというものだ。
意外に、人間くさい奴だったんだな――。
翌朝、僕は先の戦闘現場に再び赴いて、シュアナの寝具を取ってきた。
生き残った黒ローブの男は逃走したらしい。
ついでに残された金品も失敬したが、まあ、しょうがない。
野営を閉じて、さあ出発というタイミングでシュアナが改めて僕たちに訊いた。
「あの――。本当にわたし……、一緒にいってもいい?迷惑……じゃない?」
そうそう。打ち解けると口調も柔らかいものに変わっていた。
「もちろん。行こう、シュアナ」
「行きましょう!シュアナちゃん」
「おいでシュアナ!行こうぜ!」
「うん……!ありがとう!よろしくね――、ミコチ、レミちゃん、カイン君!」




