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愚か者のいい日旅立ち  作者: lstm
第一幕
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4/25

第一幕 3

3

 

「やあギメル」

 貧民街の近くまで戻ってきた。

「ようカイン、首尾はどうだい?」

「いい感じ、チキンサンド頂戴」

 言いながら、僕はギメルに今日の戦利品の革袋二つを渡した。

 ギメルは屋台のカウンターの奥で儲けを数え始める。

「金貨十四枚に銀貨三十枚、銅貨三十六枚だな!じゃあ俺の取り分は金貨五枚と銀貨十枚、銅貨十二枚っと。後はカイン、お前の分だ。チキンサンド代の銅貨一枚は引いとくぜ!今回もご苦労さん!」

「上納金だか、みかじめ料だか知らないけれど……。まったく、小物の僕には世知辛い世の中だよ……」

 小言半分に、貨幣の入った革袋と、チキンサンドをギメルから受け取った。ギメルがわざわざ僕の小言を放置せずに拾って言う。

「お前が小物だって?笑わせるなよ!まったく、どの口が言うか。お前が小物だったら俺は芋虫だぜ!」

 そんないちゃもんを付けるギメルは、今でこそ露店の店主だが、昔は相当なやり手で鳴らした、裏家業の住人だった。

 なんでも、奥さんを貰い、子供が出来てから、裏家業からは足を洗い、チキンサンドの屋台を出したんだそうだ。

 とは言え、屋台一つで家族を養いながらカツカツの生活を送ることもギメルの性に合わず、結局今でも裏では、広いネットワークを持つ情報屋として活動している。そして、情報屋ついでに、僕にコソ泥まがいの微妙な汚れ仕事を回してくる、というわけだ。

 正直、ギメルから僕に回ってくる情報は、街を歩けば噂話として耳に入ってきそうなものばかりだけれど、そうやって僕の耳に届いた頃には遅すぎる、というのもまた事実で、ギメルのおかげでかなり効率的に金を稼いでいる、という面も否定できない。

 だから実際に、この街に来てから一年しか経たない僕の生活の面倒を見て貰っている、というのが僕らの関係性なのだ。


「ところでよう、カイン、さっきから気になってるんだが……」

「ん?なに?」

 早速チキンサンドを頂こうとしていたら、ギメルが怪訝な顔で、僕が身体の前で抱えていた例のものを指差し、僕に訊いた。

「お前が片手で抱えてやがる、その子猫ちゃんはなんだ?」

「ああ、これ?さっき拾った。そうそう、ギメルに自慢しようと思ってたんだ」

 自慢するように、見せびらかすように、僕はトマトの箱を持ち上げて答えた。

「拾っただあ……?それ人間じゃねえか……」

 呆れるギメル。

「いやね。実のところ、箱に入った子猫を拾って持って帰る、っていうのをやってみたかっただけなんだよね。この子かわいいし、衝動的に連れてきちゃった」

「そうか……。謎の欲望を叶えるために、わざわざ少女を拉致してきたと……」

 さらに呆れ顔のギメル。腕を組みながら聞いてくる。

「で、お前、そいつをどうするんだ?まさか飼うとか言い出すんじゃないだろうな?」

「あ」


――全く考えていなかった。


 衝動的に拾ってきたが、その先を全く考えていなかった。

 猫だったら一匹くらい飼ってもいいけど。まあ、この子、人間だしな。

 人間を飼う……か。

 猫耳の女の子を飼う――。

 ってなんか背徳的な響きがあって嫌いじゃない……。

 そういうわけにもいかないか。

 まあいいや、この子が起きたら話して決めよう。

 話せばわかるだろう。

「おいおい……、お前ほんとに考え無しの拉致監禁魔野郎かよ……。勘弁してくれ」

 さらにさらに呆れて、頭を掻くギメル。

「まあ、今日は僕運がいいみたいだし、何とかなるよ……。いずれにせよ放っておくわけにもいかなかったわけだし。ちゃんと説明すればわかってくれるよ」

 とりあえず、僕はそう答えておいた。


 が、しかしそう首尾よくはいかなかった。

「んん……、んー、んんん……、んんんー……、ふいー」 

 覚醒前の謎の言語を漏らす猫耳。

 ギメルと話をしているうちに、猫耳少女が目を覚ましたようだ。

 不意を突いた最後の「ふい―」がかわいくて、保護欲が全身から沸き上がり、母性本能から頬を緩ませる僕、とギメル。ギメルのやつ、不覚にも猫耳少女の可愛らしさに射抜かれたらしい。

 しかし。


「ぎゃああああああああああああああああああー!」


 案の定、覚醒と同時に猫耳が発した絶叫がこだました。

 猫耳少女は叫び続ける。

「なんなんなんなんです?誘拐です?拉致です?市場で寝ていたはずなのに!どうしてこんなところに!」

 お尻が箱にはまったまま、手足をジタバタさせる猫耳。

「なんか箱に拘束されてるんですけど!動けないんですけど!脱出不能なんですけど!今なら何でもされたい放題なんですけど!」

 これはこれでかわいいので放っておく僕、とギメル。

「変態さん!レミちゃんをどうするつもりです?監禁ですか?拘束ですか?束縛ですか?はっ!地下室ですか!いったいどんなプレーをおっ始めるつもりです?どんな凌辱がお好みなんですか!」

 なんか変な展開に首を傾げつつ、質問には答える僕。

「やあレミチャンさん?僕はただ、道で子猫を見つけて箱に入れてお持ち帰りプレーをしたかっただけなんだよ。決して君に怪しいことをして凌辱しようとしたわけじゃ……」

 しかし、僕は最後まで言わせて貰えなかった。猫耳少女が僕の言葉を遮って叫ぶ。

「なんなんです!?道で子猫を見つけて箱に入れてお持ち帰りプレーとは!どんな調教プレーですか?玄人ですか?ニッチですか?怪しいですよ!あなたの性癖のセンスを疑いますよ!」

「ぼ、僕の性癖のセンスまで疑わないでくれよ……。僕はただ子猫にミルクをあげたりしたかっただけで……」

 僕は両手の平を振りながら、真意を説明した。しかし逆効果だった。

「ミ・ル・ク!なんて卑猥な響きですか!はっ!ぶっかけるつもりですね!ミルクをぶっかけるつもりなんですね!それともレミちゃんのミルクを期待しているんですか?あなたが言うとなんでも卑猥に聞こえますよ!」

「いや……、僕は君のミルクは期待していないよ……」

 自らをレミチャンと呼ぶ猫耳少女の胸に、つい目がいってしまった。ミルクとか言うから、つい。

 うん。まあ、慎ましいというか。乏しい。


「きゃああああああああああああ!」


 彼女のおっぱいを確認していたのがバレたらしい。

 猫耳少女が身体を隠そうと、赤面しながら自らの胸を抱く。

「視線が怪しい!視線がすでに痴漢!存在がすでに視姦!やめてください!レミちゃんを汚さないでください!その眼で見られるだけで貞操を奪われるような気がします!」

 半分泣き顔で訴えてくるが、箱にはまったままなので、はっきり言って馬鹿みたいだ。

 まあ、冗談はこれくらいにして、そろそろ事情を説明する頃だろう。

「……いやまあ、レミチャンさん。冗談抜きであんなところで寝ていた方が危ないよ。市場は犯罪者の巣窟だし、人身売買の業者もあふれてる。そうでなくても私兵に連行されるかもしれなかったんだよ?見たところ、君はまともな生活をしているようではないしね」

 僕自身が犯罪者生活をしているので、その辺のことはよくわかっている。

 ほんとうだよ。

 僕が諭すように説明すると、猫耳がむっとにらみつけながら、言う。

「そう言われても信用できませんよ!なんですかあなたのその濁り切った眠そうな眼は?魚が腐った眼なんてかわいく見えるくらい、腐りきって、腐った沼みたいな眼じゃないですか!そんな腐った眼の人にいきなり拉致されて、箱に拘束されて、ミルクプレーがお目当てとか言われて、警戒しない方がおかしいですよ!どう考えても、あなたが犯罪者で人身売買業者じゃないですか!」


――ぐうの音もでないとはこのことか……!


 ここまで聞いて、ギメルが助け舟を出してくれた。

「よおカイン、子猫ちゃんにコイツをあげてやってくれ」

 そう言って、屋台のカウンターからチキンサンドを差し出す。

「腹減ってんだろ?レミちゃん、と言ったか?鶏肉マシマシにしといたからよ。俺のおごりだ。たらふく食ってくれ!」

 グッと親指を上げるギメルに、猫耳は満面の笑みで、猫耳をヘコヘコ動かしながら。

「はい!変態さんたち、ありがとう!優しいねですね!大好きですっ!」

「…………」

 急に態度が百八十度変わりやがったことに腹を立てる以前に、この子のことが純粋に心配になってきた。保護してきてよかった。本当に。

 というか、その猫耳動かせるのか。

 とまれ、どうやらこの猫耳はレミという名前らしい。

 さっきまで、「レミちゃん」に「さん」付けして呼んでしまっていた、相手に失礼が無いようにとの、僕の慎重さは無意味だったらしい。

「まあレミちゃん。カインの言うとおり、市場で眠るなんて危ないぜ?その身なりじゃ野宿してんのかもしれないがな。いくら何でも、女の子一人では危ないってもんさ」

 ギメルの言葉を聞いて改めてレミを見下ろすと、赤髪はくしゃくしゃで黒ずんでいるし、顔も薄汚れている。黒のローブも擦り切れていて心もとない。野宿が長いのだろう。

 ギメルが言葉を続ける。

「なあ、カイン。ミコチと一緒にしばらくこの子の面倒みてやんなよ?」

 ああ、そうか。ミコチがいたか。ミコチなら女の子同士だから、僕より仲良くやってくれるだろう。

「ああ、そうだね。そうそう最初からそのつもりだったんだよ嘘じゃないよいやいやあんまりうるさいから後でどっかに放置しようなんて全く考えていなかったよ僕がそんなことするわけないじゃないか。じゃあレミちゃん、それ食べ終わったら行くよ、ミコチのところ。紹介するよ」

 やたらと、早口になってしまった。

 むしゃむしゃとチキンサンドを咀嚼しながら僕をじっとりと見つめ、レミは不承不承、無言でうなずいた。

 それにしても、手のひらを反すように態度が変わったよなあ。

 レミはそんなにチキンサンドが好きなのだろうか。それとも、ただお腹が空いていただけなのか。女の子はお腹が空くと不機嫌になるらしいしなあ。

 なんて考えていたら、レミが僕を見上げ、不機嫌そうにボソッと口を開いた。

「わかりましたから、眼と一緒に腐りきったらしい残念な脳みそに、雀の涙程度でも良心があるのなら、箱から出してくれませんかね!」

 そういえば、レミはまだ箱にはまったままだった。というか、僕の腕に箱ごと抱えられたままだった。どうやら自力では脱出できなかったらしい。

 まあ、僕は箱にはまったことがないので、わからないけれど。


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