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愚か者のいい日旅立ち  作者: lstm
第一幕
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第一幕 1



 目が覚めた。

 いや、覚めていない。覚めているけれど、そんなこと、どっちでもいい。

 眠いかどうかの問題ではなく、起きたくない。

 状況ではなく、意思の問題だ。

 毎日、毎朝のこと、眠りから覚醒する気分にならないのは、日々の生活に目的も動機も存在しないからだ。よりどころのない日々を、ただ無為に消費してばかりいるうちに、眠りから目覚める理由までわからなくなってしまったらしい。

 しかし、実のところ、眠っていても起きていても関係ない程の無為な日々には、若干の居心地の良さを感じ始めてもいるのだけれど。


――僕はどうやら、暇を持て余した厭世詩人になったらしい……。


 廃墟のような、というか、廃墟そのものとしか形容しようのない小さなボロ屋で、僕は重い瞼を開けた。

 天井とは名ばかりの、隙間だらけの板張りから淡い陽の光が差し込んでいる。


――まあ、十七歳にして隠遁詩人、でもいいんだけれどね。 


 さて改めて、朝だ。

 ここ、貧民街の住人は朝が早い。今はまだ淡い朝陽も、あと数時間もすれば初夏のギラギラした光線に変わるだろう。今は、六番目の月。遥か昔には結婚と女性を守護する女神の名で呼ばれていた六月も、今はアエリウスという、既に崩御した皇帝の名で呼ばれるようになっている。

 

 床にブランケットを敷いただけの寝床から、起き上がって伸びをすると、朝一番のお決まり、とばかりに自然と欠伸が出た。やる気が微塵も感じられない寝ぼけ頭の僕を差し置いて、外はもうすでに騒がしくなりつつあるようだ。

 僕のボロ屋は貧民街にある。僕も貧民街の住人の一人として、というわけでもないけれど、一応性懲りもなく朝から活動を開始することにしている。

 簡単な身支度を済ませ、扉と呼ぶのもおこがましい板をどけて、僕はボロ屋を後にした。


 外に出てすぐに、現皇帝の名が記銘された共用井戸に向かう。皇帝の資金援助で、この貧民街でも清潔な生活用水を確保できるようになった、とのことらしい。

 頭から水をかぶり、今度こそ疑いない覚醒を我が物とした後、僕の住むボロ屋とあまり変わらない木造バラックばかりが連なる貧民街を出た。

 貧民街を出て間もなく、丁寧に整備された石畳の道が見えてくる。すると、家々も立派な石造りに変わり、街らしい、というか、地中海沿岸の帝国都市らしい景観があらわれてくる。僕は今、街はずれから中心に向かって歩いている格好だ。

 で、いつも通り石畳の道を歩いていると、道の路肩で屋台の準備をしている料理人姿のイカつい青年を発見し、彼に向かって歩を進めながら、僕から声をかけることにする。

 実はこれもいつも通り、毎度毎度の習慣なんだけれど。

「おはよう、ギメル」

「よおー、カイン。おはようさん。今日も眠そうな目してんな。ちゃんと起きてっか?」

 頭をかきながらあいさつした僕に、屋台の主人ギメルが忙しそうに手を動かしながら、茶化すように言った。僕はムッとして答える。

「睡魔はさっき、皇帝の力を借りて、ちゃんと退治してきたけど。ギメルはいつも眠そうって言うけど、この眼は僕のチャームポイントなんだから……」

 僕が抗議しようとしたところで、ギメルがまあまあと遮る。これもいつも通り、お決まりのやり取り。

「今日も後でチキンサンド買いに来るんだろ?まだ準備中だからな、も少しまってくれ。で、朝飯前に、一仕事と洒落込まねえか?」

 ギメルは毎日、貧民街からほど近い石畳の道で、チキンサンドの屋台を営業している。僕は毎朝ギメルの店でチキンサンドを買うのが日課だが、別にギメルの店が特別美味いとか安いとか、そういう理由からではない。

 僕はギメルから仕事を貰っている。

 儲け話につながりそうな情報を、ギメルが僕に流し、僕が実行する。別の言い方をすれば、ギメルが仕事をつくり、僕に下請けに出す。さて、今日もどうやら、ギメルの方から儲け話があるらしい。

 どうも堅気には見えないイカつい顔を僕に近づけて、小声でそっと。

「なあカイン。この間、行商団がエルサレムから帝都経由で到着したって教えたろ?」

 ああ、確かにギメルがそんなことを言っていた。エルサレムから行商団なんて珍しいと思ったっけ。

「そんで連中の露店営業許可が今日から出てるらしいぜ。場所は中央市場だ。なんせエルサレムは戦地だからな、許可にも結構時間がかかったみたいだぜ」

 戦地で聖地なエルサレムから滅多にない行商団……。今日からお待ちかねの露店……。

 そりゃあ、奮発して重たい財布を抱えた市民がたくさんが集まってくるに違いないんだけれど……。

「儲けの三分の一が俺の取り分っつーことで、どうだ?」

 良い話だろ、とばかりにギメルは人差し指を立てながら、ニヤニヤ口目線を僕に送った。僕は半分ため息交じりに質問で返す。

「ギメル、一応聞くけど、僕にスリの依頼をしているってことでいいんだよね……?」

 答えの代わりにグッと親指を立てるギメルに、もうちょっとまともな仕事はないの……、とだけ言って、僕は市場に向かって歩き出す。


――本日の仕事、市場でスリ、か……。

 

 これも毎度のこと。いつも通り。毎日こんな感じ。


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