序幕
夢を見ていた。
世界創造紀元六千五百六十二年。
十字教が誕生して千年余りが経ったころのことだ。
つまり、今から言えば、一年前のことになる。
世界の半分を支配する帝国の首都、帝都で、戦争があった。
正確には、戦争ではなく、内乱の現場だったのだけれど、呼び方などはどうでもいい。
要するに、戦争と内乱の区別など意味をなさないほど、凄惨な戦場だった。
戦闘は夜間。
おびただしい数の人間が、一晩の内に、血の通わない肉塊と成り下がった。
途方もない数の家屋が炎に焼かれ、瓦礫と灰燼に帰した
一晩の出来事としては、帝国史上最悪の反乱事件。
理想に燃え共に戦った、友人であり、仲間である人間たちが死んだ。
父と、祖父も戦闘で死んだ。
彼らの死に向かう顔をよく覚えている。
彼らの表情は、無念という感情が染み出たものではあった。
けれど、しかし同時に。
理想の観念に殉ずるに際して、嬉々とした相貌にすら見えるものでもあった。
僕は、焼け落ちた帝都の一街区を呆然と歩いていた。
足元を見ると、人間の血肉が散らばる地面。
目線を上げ、前方を見ると、街と呼ばれた屑の塊から吹き上がる炎。
さらに目線を上げ、空を見上げると、夜なのに明るい空が、赤く染まっていた。
僕は、何も出来なかった。
いや、実際は何もしなかっただけだ。
なぜなら、僕はすべて知っていたのから。
あの戦は、はじめから仕組まれ、偽られた結果だったことも。
戦を回避し、死に至る茶番劇から人々を救う方法も。
ただ単に、僕が嘘をつけばよかっただけなのだ。
僕が狂言回しを演じるだけで、多くの死者は救われたはずだった。
ただ、それだけのことだったのに、そんな簡単なことを僕はしなかった。
僕は嘘をつくのが怖かったのだ。
僕の嘘で、人々を導くことに恐怖していた。
人々にとっての救いが、僕の嘘であって良いはずがないのだと。
はじめから終わりまで、ことごとく。
そう。もう終わったのだ。
僕はまだ生きているが、僕はただ生きていたいだけ。
世界でいったい何が起こっていようと関係なく、そもそも僕には世界と関わろうなどという気は微塵もなく、ただ生物として、動物としての人間として、僕は、死なないでいたいだけ。
真実と称した主張を偽りの根拠で塗り固めめれば、まったくの虚偽もいずれは真実となる。真実など人々に信じられなければ単なる虚偽に過ぎない。事実と真実の間にある絶望的な断絶には朦朧とする。
嘘のように残酷なこの世界が真実で、来るべき真実の世界は妄想の産物に過ぎなかったりするのだから、世界は嘘のようであるか、はたまたまったくの嘘であるかの二択しかない。だったら、はじめから嘘も真実もない。
世界。
戦争。
理想。
死。
嘘と真実。
革命。
なんて無意味でくだらない。
僕は英雄になることなんて望んでいなかった。
だから僕の身の回りで、戦争なんて起こらなくてもよかった。
はじめから何もない世界ならば。
無為に時間を過ごしていられれば、それで良いではないか……。
では、なぜ。
なぜ、僕は。
こんな夢を。
こんな夢を、毎晩見るのだろうか――。
僕は、正しかったのだろうか?
無意味だと解り切っている問いを毎夜繰り返しているようで辟易する。
多分設問自体が間違っていだ。
正しさも間違いも、解釈する人によって変わるものなのだから。
では、僕は一体、何のために生きたかったのだろうか?
あるいは一体、誰のために。
虚言だ。こんなものは。
無意味。無意義。
もう終わったのだ。
そもそも初めから始まりすらしていない。
妄言だ。下らない。
下らない。
僕のように。
世界のように。
存在のように。
あやふやで曖昧で、確固としてなく、もろく、儚い。
あっても無くても同じこと。
何も変わらない。
現実化しない思考。
だったら、すぐに忘れてしまえばいいのに。
夢のように。
自分の生き方が好きになれない。
昔の僕も、今の僕も。
だから誰か、
僕に他の生き方を教えてくれないか――。




