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第9話「船乗りとアイリッシュコーヒー」

王都ルーンハイトの港では、冷たい潮風が吹きつけ、停泊中の船の帆がかすかに揺れていた。


「……ふぅ、ようやく陸に上がったな」


船を降りたばかりのガラハッド・オーウェンは、肩を回しながら大きく息をついた。

潮風に晒されたコートを羽織り、ブーツには波しぶきの跡が残っている。


「この季節の海はこたえるな……」


寒さに身を震わせながら、彼はふと仲間から聞いた話を思い出した。


──「王都に妙な店があるらしい。異国の飲み物を出すが、体が温まるコーヒーがあるとか」


「……コーヒーだと?」


ガラハッドは半信半疑だったが、とりあえず試してみることにした。


***


「いらっしゃいませ」


KICHIJOJI COFFEE の扉を開けた瞬間、ガラハッドは思わず息を呑んだ。


「……おお、なんだこの暖かさは?」


店内は驚くほど快適だった。冷たい港の風とは対照的に、心地よい温もりに包まれている。


「おや、新しい客か?」


カウンター席でくつろいでいたエルフの冒険者エレイン・シルヴェリスが、微笑みながらガラハッドを見上げた。


「ここは温かいな……まるで炉の前にいるみたいだ」


「店長の店には、風の魔術師でもいるのか?」


ガラハッドが冗談めかして言うと、店主の陽翔が微笑んだ。


「いえ、これはエアコンという機械で空気を調整しているんですよ」


「エアコン……?」


「簡単に言えば、部屋の空気を冷やしたり温めたりする装置ですね」


「……本当に妙な店だな」


ガラハッドは苦笑しながら席に腰掛けた。


「さて、何を頼もうか……実は、俺は温まる飲み物を探していてな。できれば、酒の入ったものがいいんだが」


その言葉を聞いて、カウンターでカップを拭いていた佐々木 茜が驚いたように声を上げた。


「えっ、お酒入りのコーヒーなんてあるんですか!?」


「ああ、あるよ。アイリッシュコーヒーさ」


***


アイリッシュコーヒーの歴史


「アイリッシュコーヒー?」


ガラハッドが興味を示すと、陽翔は頷いた。


「これは、アイルランドという国の港町で生まれたコーヒーです」


「アイルランド……異国の名だな」


「ええ。そこは寒さが厳しく、漁師や船乗りたちはいつも冷えた体を温めるために何かを求めていました」


ガラハッドが腕を組む。


「……なるほど、船乗り向きの飲み物ってわけか」


「その通りです。ある日、とある酒場の主人が、コーヒーにアイリッシュウイスキーを加え、さらにホイップクリームを乗せて提供したんです。そうすると、体の芯から温まり、疲れも取れると評判になったとか」


エレインがくすりと笑った。


「要するに、寒さを言い訳にして酒を飲むってことだな」


「はは、まさしく」


ガラハッドも豪快に笑った。


「いいじゃないか、温まるのは大事なことだ」


「では、試してみますか?」


「ぜひ頼む!」


***


陽翔はカップを温めながら、慎重に準備を始めた。


「まずは、深煎りのコーヒーを淹れます」


「深煎り?」


「アイリッシュウイスキーの香りに負けないよう、コクの強い豆を使います」


お湯を注ぐと、店内に香ばしい香りが広がった。


「次に、ウイスキーを加えます」


陽翔は慎重にアイリッシュウイスキーを注ぎ、カップをくるりと回して馴染ませる。


「そして、仕上げにホイップクリームをたっぷりと」


白いクリームがコーヒーの上にふんわりと乗る。


「お待たせしました。アイリッシュコーヒーです」


***


ガラハッドは慎重にカップを持ち上げる。


「ほう……これは見た目も美しいな」


琥珀色のコーヒーの上に、雪のようなクリームが浮かぶ。


「まずは、クリームを混ぜずに飲んでみてください」


「……ほう、そういうものなのか」


ガラハッドはカップを傾け、ゆっくりと口をつける。


──濃厚なコーヒーの苦味と、ウイスキーの芳醇な香り。そして、ふわりと広がるクリームの甘み。


「……これは、すごいな」


「体が温まるでしょう?」


陽翔が微笑む。


「こいつは……海の寒さを忘れさせるな」


ガラハッドはもう一口飲み、満足げに息をついた。


「次の航海にも、これを持って行きたいくらいだ」


「お酒なので、ほどほどにしてくださいね」


エレインがからかうように言い、店内に笑いが広がった。


***


「……お酒入りのコーヒーって、本当にあるんですね」


茜が不思議そうに呟く。


「意外と合うものだろ?」


エレインが笑う。


「でも、私お酒に弱いからなぁ……」


「それなら、アルコール抜きのアレンジもできるよ」


陽翔が提案すると、茜はぱっと表情を明るくした。


「えっ、本当ですか!? じゃあ、試してみたいです!」


「では、ノンアルコールのアイリッシュコーヒー風を作りましょうか」


陽翔は新しいカップを手に取り、再び準備を始めた。


店内には、今日も新しいコーヒーの香りが広がっていた。

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