下級神官視点
side ルカ・マグダレット
僕の名前は、ルカ・マグダレット。
この国の国教であるアーディン教の教皇を代々勤める家系に生まれた。
幼い頃から両親に神の教えについて説かれ、奉仕活動を行っていた。
僕の家は教皇の家系とはいえ、貴族ではない。しかし、貴族の冠婚葬祭を行う身として、上流階級としての振る舞いが求められる。
そのため、マグダレット家は代々特例として学院に通うことができた。
学院は今まで僕が生活してきた教会とは比べ物にならないほど、きらびやかな場所だった。
そのあまりにも環境の違いに辟易しているときに彼女に出会った。
学生とはいえ、下級神官の資格を持つ僕は、学院の中にある教会の清掃と週末の祈りを捧げていた。
いつものよう、教会にに行くと、カレンは1人で神に祈りを捧げていた。
厳かなその姿は、まるで幼い頃から絵本で読んだ物語に登場する聖女の様だった。
ボーっと彼女を見ていると僕に気付いたのか、彼女は僕に微笑んだ。
その笑顔は正に、女神の様だった。
それから、カレンは毎週末掃除を手伝ってくれた。
掃除のあと、カレンといろいろな話をした。
話の内容はいつも他愛のないこと。そこで、知ったのは彼女がたくさんの努力をしていることだった。
語学の勉強のために、外国語の本を読んでいることや、早く貴族社会に慣れるためには、マナーの勉強をしていることを彼女は楽しそうに話してくれた。
この学院で同じ庶民出身として、彼女の努力に感服した。彼女を支えていきたいと思うようになった。
カレンの息抜きのために、休日には一緒に街に出掛けた。
学院入学前に、よく行っていたであろう飲食店や雑貨屋に洋服屋。それに、カレンの教養のために、この国の歴史劇の観劇。
休日に出かける度に、『アーディン教の方に、これ以上迷惑はかけられない』と僕をいつも気遣ってくれた。
本当に最初は、下心のないカレンへの手助けだった。だけど毎週休日を一緒に過ごすうちに、その思いは、いつしか恋心に変わっていった。
彼女への恋心を自覚したあと、まだまだ修行の身で、恋にうつつを抜かすことに悩んだ。
しかし、日に日に彼女への思いは大きくなるばかりだった。
だけど、この恋は叶わないと知った。
ある日、彼女とジェイドが二人で中庭を歩いている姿を見てしまった。
ジェイドはカレンの腰に手を回し、エスコートするように歩いていた。
そして、カレンは頬を赤く染めていた。
僕はこの恋心を胸に秘めることにした。
聖職として、好きあっている二人を祝福することは義務である。そう思い、そっと恋を胸に仕舞いこんだ
仕舞いこんだ恋に胸を焦がしている日々を送っていたある日、カレンが何者かに突き落とされた。
必死に、犯人を探した。だけど犯人を見つけることはできなかった。
必死に神に祈った。犯人が見つかるように、毎晩祈り続けた。
その祈りが通じたのか、ジェイドが犯人を見つけることができたのだ。
その犯人は、次期王妃マリン・クォーツだった。
それを聞いて、驚いたと同時に怒りがこみ上げた。
次期王妃である女性が、か弱い男爵令嬢に手を出すとは・・・・
『力あるもの、富あるもの、それは力持たぬ者の為に使用すべき』
とあるアーディン教の教えに反する行為だ。
まちがった行為は正さなければならない。
卒業パーティーで、王子たちと共にクォーツ令嬢を断罪した。
断罪されている間も、ふてぶてしい態度のクォーツ令嬢に怒りがこみ上げた。
「国一番の令嬢の名が泣きます」
王妃として正しい道に戻そうと声を掛けるも、マリンの心には響かない。
仕舞いには、ジェイドの言葉に逆ギレして、国を出奔してしまった。
他人の声に耳を傾けることもなく、勝手に国を出奔するとは・・・・
やはり、クォーツ令嬢は次期王妃にふさわしくない。次期王妃はカレンがなるのがふさわしい。
そう、本気で思っていた。しかし、卒業パーティーの次の日、カレンは忽然と姿を消した。
必死に探したが、見つからなかった。
国外にも探しに行こうとした。
それは叶わなかった。
何故なら学園卒業後、僕は修行の一環で、地方の教会に勤めることになったからだ。
教会の上層部に抗議した。配属するのら、カレンの情報が手に入りやすい首都の教会か、貿易港のある地域の教会にしてほしいと。
しかし、その願いは叶えられなかった。
今思えば、僕はクォーツ令嬢を国から追い出した悪人だ。
教会は少しでも、その批判を避けるために僕を地方に追いやったのだろう。
その教会ではあからさまな態度ではなかったが、どことなく他の神官や修道女たちからは避けられていた。
不遇の中、人々の幸せとカレンの無事を神に祈っていると、親友であるマーレがやってきた。
カレンが見つかったのかと思ったが、違っていた。
『一緒に、マリンの部屋に来てほしい』
マーレは、真剣な表情でそう言った。
話を聞くと『マリンの人となりを改めて知りたい。そのために、マリンの部屋に入りたいが、部屋の主人がいないとはいえ、女性の部屋に1人で入ることは気が引ける。そのため、親友であるルカとグレンに付いてきてほしい』とのことだ。
僕は二つ返事で了承した。
親友の頼みということもあるが、自分が正しい行動を行った証拠がほしいからだ。
次の休息日に、マーレが寄越した馬車に乗り、クォーツ公爵家に向かった。
地方とはいえ、僕が勤めている教会は、馬車で二時間の場所にある。
多分、これが教皇である父が僕に施せる最大限の許しなのだろう。
公爵家につくと、門の前でマーレとグレンが待っていた。
「卒業パーティー以来だね。マーレ、グレン」
「久しぶり、ルカ」
「教会での生活はどうだ?」
僕は二人と簡単な挨拶をした。
二人と会うのは、卒業パーティー以来だ。心なしか、二人とも元気がない。
だけど、屋敷の中で待っているものだと思っていたので驚いた。
しかし、屋敷の中に入って、マーレとグレンがなぜ門の前で待っていたのか理解した。
屋敷の使用人たちの態度が冷たいのだ。
公爵家の使用人だけあって、使用人たちは丁寧に僕たちをもてなしてくれた。
しかし、使用人たちの表情は皆冷たいものだった。教会の職員も冷たい態度だと思ったがそれ以上だった。公爵家の使用人たちは、まるで犯罪者でも見るような目で僕たちを見ている。僕たちに対する態度も、仕事だからしかなく嫌々やっていることを隠すことなく態度で示している。
針のむしろになりながらも、クォーツ公爵に許可をもらい、クォーツ令嬢の部屋に向かった。
鍵を開け、部屋の中に入ると
「これは・・・」
思わず絶句してしまった。
隣ではマーレが涙を流しながら膝をつき、グレンは目を見開き、口を大きく開け呆然としていた。
僕は泣いているマーレをそのままに、部屋中を歩き回った。
壁は一面本棚となっていた。
本棚には、各国のマナーやファッション誌、流行りの小説のみならず、多様な語学書や政治に関する書物などが納められていた。
どの本も一つひとつ部厚いだけでなく、何度も読み返しページが黒くなっていたり、ページのほつれを直したような跡があった。
部屋には、本だけでなく柄が赤黒く汚れた剣も置いてあった。
ああ・・・
この部屋には、クォーツ令嬢が次期王妃としてふさわしい淑女になろうとした努力が詰まっている
そんな女性がカレンをいじめるだろうか?
「おいっ、二人ともこれを見ろ!」
クォーツ令嬢の寝室からグレンの驚いた声がした。
女性の寝室に勝手に入ったことに眉を潜めながら、何事かと思いマーレと共に寝室へむかった。
寝室に入ると、グレンはベッドの横に立ち、顔を赤く染め、何枚かの書類を握りしめていた。
「これは・・・」
グレンが握りしていたのは、『誰か、いつ、どこで、どのような嫌がらせをカレンに行ったか』についてこと細かく書かれていた。
そこには、カレンを突き落とされたことについての詳細や、そのときのカレンの証言、第三者の証言、物的証拠が揃っていた。
そして、犯人の名前も書かれていた。
ああ、だからクォーツ令嬢はあのとき、睨み付けたのか
あの証拠が偽物だと知っていたから
マーレは、子供のように『ごめんなさい、ごめんなさい』と泣きながら繰り返していた。
グレンの顔が赤かったのは、自分の不甲斐なさによる怒りで染まっていたからなんだろう。
きっと、僕の顔もグレンのように赤く染まっているのだろう。
僕は何も見ていなかった
いや、
自分の目で何も見ようとしなかった。
自分にとって都合の良いことしか信じなかった。
僕は
神官失格だ




