従兄弟視点
side マーレ・クリスタル
俺の名前は、マーレ・クリスタル。
クォーツ公爵の分家であるクリスタル侯爵の次男である。
5歳まで、貴族の次男としてなんの期待もされず、それなりの教育を受けながら生活してきた。
しかし6歳の年の冬、従姉妹であるマリン・クォーツが王子との婚約が決まった。何でも、王子が熱望したからだそうだ。
クォーツ公爵家の跡取りだったマリンが、王家に嫁ぐことが決まったせいで、クォーツ公爵家の跡取りがいなくなってしまった。
そこで、白羽の矢が立ったのが俺だった。
親同士の話し合いの結果、マリンと俺の学園卒業後、俺がクォーツ家の養子になることが決まった。
それから、俺の生活は激変した。
今まで、なあなあでやってきた勉強は、厳しくなった。
苦手だったマナーの勉強では、毎日教師に叱られ続けた。
勉強が厳しくなったのはまだいい。
同じ勉強をしているマリンは、全て完璧に出来ていると、どの教師に言われた。
どんなに努力しても、何をやってみ俺の上にいるマリンに劣等感を抱くようになった。
それは、学院に来てからも変わらなかった。
貼り出される成績の順位表では、いつもマリンは俺の上にいた。
そんなある日、裏庭でカレンと出会った。
栗色の柔らかい髪に、榛色の目を持つ少女だった。
それから、よく彼女と裏庭で会うようになった。
彼女は、いつも裏庭の大きな木の根元で本を読んでいた。
読む本の好みが同じだったため、二人で面白かった本について話し合った。
小鳥の囀ずるような声で、よく笑う少女だった。
いつの間にか、俺は彼女に恋をしていた。
だけど、ジェイドが彼女に恋をしていることを知った。そして、彼女もジェイドに恋をしていた。
いつも、カレンはジェイドの姿を目で追っていた。
カレンの健気な姿を見て、俺は自分の恋心を伝えることを諦め、カレンの幸せを祈った。
そんなある日、彼女が突き落とされるという事件が起きた。
必死に犯人を探したが、見つけることはできなかった。
卒業パーティーの一週間前、ジェイドからカレンを突き落とした犯人がわかったと言われた。
その犯人は、従妹のマリンだった。
俺は憤怒した。
卒業パーティーで怒りの感情に任せ、マリンを糾弾した。
糾弾されても顔色一つ変えないマリンに、よけいに苛立った。
卒業パーティーでマリンを国外に追い出すことができて、満足し家に帰った。
翌日、王宮から戻ってきた父親に殴られた。
「何てことをしたんだ!」
と怒鳴る父親に
「大切な女性を守って何が悪い!」
と負けじと言い返した。
父はそんな俺にため息を吐き、謹慎を言い渡した。
俺は釈然としなかったが、家長である父に逆らっても仕方ないため、大人しく謹慎することにした。
「マーレ。貴方は、ストレンジャー男爵令嬢をマリンが突き落とした姿を見たのですか?その証拠は貴方が集めたのですか?」
謹慎を言い付けられてから3日後、部屋を訪れてきた母に開口一番に、畳み掛けるように言った。
母の言葉に、何一つ反論できなかった。
実際に、マリンがカレンを突き落とした姿を見たわけでも、その証拠も自分で集めたわけでもない。
マリンが犯人だとする匿名の手紙と一緒に送られてきた証拠があるだけだ。
その証拠も実際に見たわけでもない。ジェイドに証拠品が送られてきたと聞いただけだ。
「私は、あの子に同情しております。叔母の欲目もありますが、あれほどの淑女は、もう国中を探しても見つかりません。我が国はそれほどの淑女を追い出してしまったのですよ?それが、この国にとってどれほどの損害かわかりますか?」
母の言葉、一つひとつが胸に突き刺さる。
我が国の外交では、あらゆる場面で王妃が重要な役割を担う。
国賓や外交官を最初に出迎えはのは王妃の役割。そのときに、相手の国の言葉で会話をすることで、相手にリラックスしてもらう。
互いの文化に付いて話をしたり、相手の国の流行について話したりと、相手に合わせて会話をするため、話題は多様である。流行などの些細な会話から、相手の国の内情が分かることもある。王妃はそこで知った情報を王に伝える。
そのため、王妃には多様な言語の習得と情報収集能力が求められる。
5代前の王の時代、王妃の情報収集能力のおかげで、いち早く隣国の飢饉の予兆を察知することができ、自国の飢饉に対する準備と迅速な隣国への食料支援を行うことができた。
その結果、敵対関係にあった隣国との関係は改善され、今では一番の友好国になった。
この国の王妃は、情報収集の要だとも言われている。
次期王妃が・・・マリンがいなくなったことによる損害が膨大であることも分かっている。
だけど
「でも、我が国最高の王妃教育をうければ、誰でもマリンレベルにすぐになれるのでは?」
認めたくなかった。自分の過ちにより、この国に損害を与えたことを。
それに、これは俺1人で決めた事ではない。ただ、ジェイドの『マリン追放』の決定に賛同しただけだ。
パァーン!!
俯いていると、いきなり母に、扇子で殴られた。
今まで母に手を上げられたことがなかったため、驚いて顔を上げると、母は怒りで顔を赤く染めていた。
その表情に思わず後ずさるが、母は俺が逃げることを許さなかった。
「貴方は今まで何をしてきたのですか!マリンの何を見てきたのですか!
王妃教育が簡単なものとでも貴方は言いたいのですか?
王妃教育を受ければ誰でも王妃になれるとでも思っているのですか?」
母は俺の胸ぐらを掴み、自分の方に引き寄せ、真っ赤な顔のまま俺を怒鳴り付けた。
「我が国の王妃はそんな生半可な覚悟でなれるものではありません!王妃教育を受けた身として断言できます。次期王妃としてのプレッシャーや孤独に押し潰されそうになりながら、一人で頑張るしかないのですよ!!
貴方は、クリスタル侯爵家の次男で、次期クォーツ公爵家当主なのですよ!?
マリンの努力を誰よりも近くで見てきたはずですよ!
そんなことも分からないなんて
・・・・恥を知りなさい」
今までの怒りがどこにいったのか、胸ぐらから手を離した母は最期に冷たくそう言い放ち、俺の部屋を後にした。