76 俺が事情を聞いていると、リノアが返ってきたんだが
「やはりこの件はかなり闇が深そうだな」
オズベルト父さんが大きく息を吐く。
「すまんな巻き込んでしまって」
「今更か。巻き込む気満々だったクセに」
ベーシウス様の言葉に、慣れたやり取りなのか? ぼやくように返すオズベルト父さん。
そこまで嫌そうに見えないのは、パーティーは違えど、昔の仲間としての思いがあるからだろうか?
「いや、ここまで不穏な状況になるとは思っていなかったんでな」
それに対して、ベーシウス様は今は騎士という貴族としての身分差があるのに、俺たちに対して少し申し訳なさそうに言う。
それにしても、何か物騒な話だな。
つい他人事のように思ってしまったが、他人事じゃないといえば他人事じゃないんだよな。
一瞬、森で襲撃してきた女の人の姿を思い出し、それを振り払うように首を振った。
それにしてもキサナティアお嬢様は病弱の上、襲撃されたり、攫われそうになったり、不運な子だな。
単純に考えて、子爵家のご令嬢が、そこまで狙われる意味が思い浮かばないんだけどな。
まあ、前世でも今世でも、一般庶民の俺じゃあ、上流階級の事情なんて分からないけどさ。
そんな時、出入り口の扉が開く音がした。
「フォルトちゃん、おいしそうなアプンゴがあったから買ってきたよ」
相変わらず元気よく、リノアが戻ってきた。
ちなみに『アプンゴ』は赤い実をつける甘い果実で、言ってしまえば前世のリンゴと同じような果物だ。
「この辺は治安が良いみたいだけど、あまり外を一人で出歩かない方がいいぞ。」
俺たちが今いる宿はキサナティアお嬢様を路上で人攫いから救ったお礼ということで、キサナティアお嬢様の父親である子爵様の計らいにより、俺が動けるようになるくらいまで、町でも高級な宿屋に泊めさせてもらっている。
そのため、お店の立ち並んでいた大通りよりも、更に治安は良いらしい。
まあ、あそこでも白昼堂々人攫いがあったわけだから、どうだろうとは思ってしまうのだが。
だけどそれを言ったら前世でも、ここより栄えた日中街の中で暴漢だのテロだのは毎日のようにニュースになっていたわけだから、きりがない話だし。
前世の国語の授業で教科書に載っていた「牧歌的」って言葉を、あの頃は何となく分っていたつもりだけど、この世界にきてきちんと理解した気がする。
ふと、パスレク村の風景が思い浮かんた。
ホームシックかな?
「大丈夫だよ。わたし、足速いもん。それより、アプンゴ、今むいてあげるね」
そういうと何処から取り出したのか、リノアはいつの間にかアプンゴを持った反対側の手に小振りのナイフを握っていた。
ちょっとびっくり。
えっ? 空間収納?
……んなワケないか。
それにしても何処から一体?
そんなことを考えていると、ベーシウス様が椅子から立ち上がる音がした。
「これで全員そろったな」
そういうとベーシウス様は懐から手紙らしきものを取り出し、俺に差し出してきた。
「んっ? 何ですか、これ?」
俺はそれを受け取り、裏表をしげしげとみてみる。
この世界じゃ珍しい、羊皮紙じゃない俺の知る前世のような普通の紙だ。
この世界に俺の思う普通の紙があることは知っている。
ただ、まだあまり世間には普及していない。
理由はまだまだ高級品のため、商人や貴族などといった上流階級の人間の間で使われ始めたという程度のものだった。
「招待状?」
「わあ、きれいな紙! それにきれいな飾りが真ん中に付いている」
そう。
確かに封筒の真ん中に、立体的な円形の中に文様が彫り込まれたものがついている。
所謂、『封蝋』というものだろう。
前世、話には聞いたことがあったが、実物を見たのは初めてだ。
リノアが覗き込んできたので、一緒に並んで読むことにした。
これ、貴族からの手紙を、雑に開けたら不敬になるのだろうか?
今ここにいるベーシウス様は大丈夫だと思うけど、もう一人の元々、騎士の家系だという女騎士のエニム様はどうだろうか?
一応、丁寧に開封する。
それから二人で中の手紙を取り出して読んでいった。
「フォルトもリノアも文字が読めるんだな。大したもんだ」
「えへへっ、わたしもフォルトちゃんも毎日教会教室に通ってるんです!」
ちょっと照れた感じだけど、リノアが得意そうにベーシウス様に向かって言う。
「ええ、二人とも優秀な子達ですよ」
「なるほど、ヒューク司祭の教えでしたか。それなら納得です」
一通り読み終えた後、その手紙をオズベルト父さんたちに渡す。
多分、俺宛に書かれたものだからベーシウス様も親より当人に先に見せてくれたのだろう。
内容も知ってるだろうし。
「でも、平民の俺たちじゃあ、貴族のお屋敷に行くのは難しいって言っていなかったでしたか?」
ここで俺が、ふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「ああ、それはな。いくら娘の恩人とはいえ、子爵家頭首が自ら平民に頭を下げて礼を言うということを表立ってすることは貴族社会上、難しいということなんだよ。故に、これは助けられたキサナティアお嬢様自身が出された招待状だ」
「なるほ、ど?」
やっぱり、何となく貴族の社会っていうのはいろいろと面倒臭い感じがするなあ。
そんなことを考えていると。
「フォルトちゃん、はい、ア~ン♪」
笑顔で俺の顔の前に、皮をむき、きれいに切り分けたアプンゴを差し出してくるリノア。
あ、うん。この展開は読めてた。




