75 俺が意識を取り戻し、その後の話を聞いていたんだが
コンコンと扉を叩く音がした。
「ベーシウスだ」
続いて、聞き知った声がする。
「どうぞ」
名乗った声に返すべく、ヒューク司祭が返事をする。
「やあ、フォルト、体調はどうだ?」
扉が開き、挨拶代わりに、片手を軽く上げながらベーシウス様が部屋に入ってきた。
「大丈夫だと思います。気分も悪くないですし」
「そうか。それはよかった」
キサナティアお嬢様が、さらわれそうになっている所に、俺とリノアが出くわして、助けようとして後頭部を壁に打ち付けられて気を失ってから3日が経っていた。
ちょっと驚いたのは、俺が気が付いた時、最初に滞在していた宿屋とは違う部屋になっていたことだ。
俺でもわかるくらい、かなり豪華な部屋になっていた。
なんでも、キサナティアお嬢様の家の取り計らいだそうだ。
貴族の邸宅に平民をおいそれと招き入れ滞在させることもできないが、さりとて、娘の恩人、しかも怪我をしてまで守った者をそのままにしておいては貴族の矜持に関わるとのことで、宿を今までより良いところに替えて、俺たちが滞在中の面倒を見てくれることになったらしい。
俺が気を失っている間に決まったことのようで、気が付いてからベーシウス様が教えてくれた。
まあ、俺のイメージからして、「平民などのことは知らん」とかいう貴族が多そうなこの世界の中ではかなり配慮してくれる貴族様のように思える。
俺の頭の怪我はオルレライン司教とエメンズ司祭が来て、ヒューク司祭と共に見てくれたそうだ。
この、オルレライン司教が出向いてくれるのも、かなり異例なことらしい。
俺たちが協会側から招かれてきていたことと、貴族の依頼によるものということで特別に来てくれたということだ。
流石というべきか、オルレライン司教はヒュー区司祭より高位の治癒魔法が使えるそうで、おかげで俺の後頭部の怪我も後遺症もなく、順調に治っているとのこと。
まあ、体の調子は実際に動いてみないとわからないけどさ。
誘拐犯に壁にたたきつけられた時には、血みどろだったもんな。
今この部屋の中には俺、オズベルト父さん、ヒューク司祭、そして今入ってきたベーシウス様の4人しかいない。
リノアは何処かに行っているようだ。
まあ、居たら痛手、相変わらず世話を焼いてくれようとしてくれるんだけど。
ここは自分の部屋と違って、オズベルト父さんやヒューク司祭も同室なので、ちょっといたたまれない。
……今更のことか。
見知った者しかいないせいか、ベーシウス様は騎士然とした態度ではなく、昔の冒険者仲間に接するような砕けた態度で、椅子にも反対向きに跨ぐように座っている。
何となく、学生の休み時間って感じだな。
「今回の件はフォルトのおかげで、本当に助かった。改めて礼を言う」
「俺は結局、大怪我しただけで、何も役に立ちませんでしたよ」
「そんなことはない。子爵の令嬢が誘拐されたとあっては何も無く純潔を保っていたとしても、将来の婚姻に支障が出ていたかもしれないからな」
「へっ?」
「……まだ、フォルトには早かったな。すまんすまん」
いえ、前世、高校生まで生きていたんで、いくら何でもそんなことはないんだけど。
まあ、今は7才か。
「そんなもんですか?」
俺が引っ掛かったのはそこじゃないし。
「ああ、路上で助け出されたのが大きい。僅かな時間だったとしても、建物に連れ込まれた時点で、あらぬ噂が立つ。そうなっては例え何もなかったとしても、世の中に純潔である証明を立てるのはかなり困難になっていただろう。そうなっては貴族同士の婚姻に支障が出る」
えっ、でも7才くらいだよ!
「ですが、まだこどもですよ。身代金目当ということになるのではないですか?」
ヒューク司祭も同じような疑問を持ったらしい。俺が聞こうとする前に尋ねていた。
……っていうか、俺が質問しなくてよかった。7才児が純血がどうのなんてこんな質問をしたら、何でお前がそんなこと知っているんだなんて突っ込まれたかもしれない。
「年齢が重要なんじゃない。貴族の令嬢の場合、未婚の女子にとって、初婚で純潔でない事が問題になるんだ。そう言った醜聞は政敵の恰好の攻撃の材料になる」
はあ、7才の女の子にまで、政敵を追い落とすために、そんな噂を流すのかよ。何なんだよこの世界はって、前世地球でもあったのかな?
「だからこそあの時、路上で助け出された事を必要以上に騒ぎを大きくした。誘拐は未遂に終わったと世間に喧伝するために。フォルト君の怪我も利用して申し訳ないがな」
「だから、野次馬まで呼び込んだわけか。揉み消そうとして下手な鎮火をして後で火種が燻り続けるより、連れ去られそうになったが、すぐ路上で助けが入った事を広めるために」
オズベルト父さんとヒューク司祭たちが、教会に知らせに来たエニム様の話を聞いて駆けつけてくれた時には、かなりの人だかりができていたらしい。
なるほど、警備の兵士に教会まで事態を知っているのであれば、下手な噂を流してダメージを受けるのは返って噂を流した方になるってことか。あの一瞬でそこまで思い付いたのは凄い判断力だな。でも……。
「でも、それだとベーシウスさんが怒られたりしないの?」
俺は出来るだけ子供らしい質問にしながら聞いてみることにした。
そう。それだと、間違いなく責任問題が発生する。
「ああ、大丈夫だ。あの店は武骨な護衛が入れない代わりに、客の安全をうたっていた店だったからな。俺とエニムは外の馬車内で待機していた」
「それでアレか?」
「ああ、それでアレだ。そういう意味ではこの件はかなり根が深いかもしれない。裏に何が有るかとか、黒幕は誰だとかな……正直、俺も専門外だ」
「でも、こんな高そうな宿に何泊もさせてもらってもいいのか? パスレク村にまで帰りが遅くなる事の知らせまで出してもらって」
「ああ、それも気にしないでくれ。さっきも言った様に、世間に『未遂』で終わった事を喧伝するための一環だ。本来ならフォルト君達を子爵家に招くべきなのだが、それだと話が内々になってしまうので、「子爵令嬢を誘拐犯から路上で救った恩人が泊まっているのでよろしく頼む」ってことでな」
「なるほどな」
しばらくの沈黙の後。
ベーシウス様は一呼吸おいてから、真剣な面持ちに代わった。
「それから」
声のトーンが下がる。
「捕まえた男だが、牢屋で何者かに殺された」
「口封じ、ですか」
ヒューク司祭が、はっと息を吐きだした。
「侵入者か? それとも内部の仕業か?」
「恐らくは侵入者だ」
ベーシウス様はきっぱり言い切った。
「何故、そう言い切れる?」
その物言いにオズベルト父さんが訝しむ。
「男は牢屋の中でゾンビ化していたらしい」
「えっ!」
思わず俺は驚いて声を上げていた。
同時に、ある場面が脳裏に浮かぶ。
……。




