74 俺が気を失っていて与り知らない所で、事態は動いているんだが (? ? ?視点)
双子月が、夜空に輝く夜。
雑用を言い渡された。
毎回、下らない雑用を言いつけてくる雇い主に辟易する。
まあ、今回は思うところがないわけでもないから良いとするけど。
今回の雑用。
ラドンツの騎士達が詰めている待機所の区画の一廓にある牢獄塔。
そこに忍び込む。
巡回をする兵士を潜り抜け、入り口を守る見張りを欺き、気付かれずに牢獄塔の中に潜入するなど容易いこと。
「……気付かれずに……」
ふと一瞬、数日前の記憶が脳裏を過る。
牢獄塔の中はとても静かだ。
中の巡回兵の靴の音がなければ、牢獄塔は何処もこんなもんだった。
そして、この季節は一層、冷え冷えとしている。
ここは一般の犯罪ではなく、重大な罪を犯した者や、貴族絡みの罪を犯した者が一時的に収監されることが普通だ。
目的の牢の前に辿り着く。
寝ていたのか、粗末な木製の長椅子のようなベッドに横たわっていた男が、ゆっくりと身を起こす。
「おう、遅かったじゃねえか影風。すっかり身体が冷えちまったぜ」
私の姿を確認するなりふてぶてしい態度。
「ちっ、ツイてないぜ! あんな小僧に邪魔されるなんてよ」
そのあと、愚痴を吐き捨てるように言う男。
巡回兵に気付かれないように声は抑えているが、うっとおしい。
「……」
「おい、影風、さっさとここから出してくれよ」
ガチャリ
私は無言で牢の鍵を開け、中に入る。
それから、男の手と足の枷を外してやる。
「ふう、軽くなった。あのガキ、今度会ったら楽には死なせねえ。弄り殺してやる。俺の頭をを後ろから殴った奴もだ」
男は手首を摩りながら再び愚痴る。
私は男の言葉に思わずピクリッと反応していた。
そのせいか、被っていたフードが後ろに落ちる。
小さな窓から、ちょうど入り込んだ月明かりが私の顔を照らす。
「おっ、初めて見るが、お前、結構かわいい顔してたんだな」
「……それはどうも」
「急いでここから出ようかとも思ったが、どうだ、ここで俺とやらないか。牢の中なんて滅多にできるもんじゃないぜ。身体も冷えちまってるし、温めねえとな、へへっ」
下種が。
「そうね。ここでしておいた方が後腐れがなくて良いかもね」
心の中の言葉を隠し、私は静かに告げる。
「へへっ、魔物にしちゃあ、物分かりも容姿も良い女じゃねえか」
私はこの男より、かなり長く生きているのだが、どうやら、人間からすると私は16・7の小娘くらいに見えるようだ。
普段はフード付きのローブで身を包んでいるから、周りの連中にも気づかれていないようだが。
隠しているわけではない。
関わり合いになるのが面倒なだけ。
「ところで、余計な事、喋ってはいない?」
「ああ、さっきまで気絶していたからな、ここに放り込まれるまで、何も話しちゃいないぜ。待っていれば、そのうち誰か脱出させに来るだろうと思っていたからな。気が付いた後も気楽に待っていたさ」
「そう、呑気ね」
「それが俺の取り柄だからな。それに雇い主からはそれなりに重宝されていると自覚しているしな。それより……」
男が私の肩に手を伸ばしてきたので、私も一歩男の方に近づく。
そして。
「ぐっ!」
男の胸にナイフを突き立てた。
「てめぇ……なに……しやが……る」
「なにって? 後片付け……お前はゾンビがよく似合っているわよ。きっと」
淡々と言ってみせる。
「それと、お前」
そして、今度は冷淡な瞳で男を見つめる。
「フォルトを傷付けた……フォルトを傷付けていいのは私だけ。私を傷付けていいのもフォルトだけ」
崩れ落ちた男を見下ろす。
それから、牢獄の高い位置にある格子窓から差し込む、月明かりに誘われて、窓を見上げる。
残念ながら、ここからでは一部しか見えない。
まあ、さっさと外に出ればいいこと。
その前に。
「『●×▼○◆■×』」
私が呪文を唱えると男は青白く発光する。
「私としたかったんでしょうけど、そこで一人でしてるといいわ」
私が牢から出て、鍵を掛けなおした頃
躯となった男が、のっそりと起き上がる。
『ううううう~、あぁあ~』
言われた後片付けは終わった。
私は牢獄塔を出て落ち着ける場所に移動してから、改めて夜空を見上げる。
今度ははっきりと二つの月が見える。
「……フォルト」
私が感傷的に、その名を呟く。
「うわああ、牢の中の囚人がゾンビに!!!」
騎士塔の方から、騒がしい声が聞こえてきた。
折角、気分に浸っていたのに。
「まったく騒がしい。こんな綺麗な月夜に、無粋ね」
気分が削がれた私は静かなところで落ち着くべく、足場の屋根を強く蹴り出し、大きく夜空に跳んで、その場から離れた。




