69 俺が、ラドンツの教会の中に入ったんだが
無事? 昼食を食べ終えて、俺達は教会の近くまで戻ってきた。
帰り道の途中も俺とリノアはあっちこっちとキョロキョロしながら歩いていたが、大通りに関して言えば比較的治安はよさそうで、俺達と同じくらいの子供もちらほらと歩いているのを見かけた。
まあ、裏路地とかは分からないけどさ。
どうも、俺の前世の少ないファンタジー世界の知識だと、町中も物騒で、子ども一人で歩いていたら、すぐ人攫いにさらわれるようなイメージがあるんだよな。
まあ、前の世界でも街中の路上で、親の目の前で子どもをさらおうとする輩の映像があったっけ。
そのときは親が抵抗して、事なきを得ていたが。
でも、この世界に転生して、地域のおかげかもしれないけど、魔物には殆ど会わず……会わなかったわけじゃないけど……物騒な連中に絡まれるようなことも、村が襲撃されることもなかったし。
つい最近までは思うほどには危険でもないかもしれないなとは感じていた。
そして、つい最近からは考えているほど、安全でもないんだろうけどと気持ちを改めた。
だから、油断はしないようにするつもりだけどね。
再び、教会が見えてくる。
俺の感覚で言うと、何となく歴史的建造物って感じがしていて、今からあの中に入るのかと思うと、少し緊張してきた。
一度、深呼吸をする。
タイミングを見計らっていたのか、先ほどと同じ入り口付近にエメンズ司祭が立って待っていてくれた。
「ラドンツの町の食べ物はどうだった?」
「美味しかったです!」
リノアが元気よく答える。
「そうかい。それは良かった。じゃあ、オルレライン司教の所へ案内しようか」
そう言って、エメンズ司祭は教会の中へと歩き出す。
その後を、俺たちは付いていった。
外見も凄かったけど、中も凄い。
石造りで厳粛な雰囲気が漂っている。
その雰囲気に圧倒されそうだ。
俺たちは長い石造りの重厚な廊下を歩いていく。
奥へ進んでいくにつれ、人の出入りは少なくなり、重く、より厳粛な雰囲気が周囲を包んでいくような心地がする。
ふと、前方から数人の集団が歩いてくるのが見えた。
中心に恰幅のいい中年ぐらいの男の人がいて、他の周りの人達を従えてノッシノッシという擬音がしそうな感じで歩いてくる。
エメンズ司祭が壁側に寄って、進路を空けるような行動をしたので俺たちもそれに倣って壁際に寄った。
恐らく、身分上位者なのだろう。
「これはゴスレグ大司祭。お久しぶりですね」
エメンズ司祭は軽い礼だけしていたが、ヒューク司祭は挨拶をした。
「ふん、ヒューク司祭か」
それに尊大な態度で返してくる。
それから、周りの俺達に視線を移して。
「ふん、そこの子ども共が(ども)が、例の子どもか」
俺達子供に向かって、睨むような値踏みをするような目で見てくる。
「ええ」
少しの間、そうした沈黙が続いた後。
「ん」
ゴスレグ大司祭は二重の顎をしゃくって指図すると、御付きの、というか、取り巻きっぽい連中を連れて、ふんぞり返るような感じで去っていった。
俺達はしばらくゴスレグ大司祭達一行の姿が見えなくなるまで、その場で立ち尽くしている。
「何だあれ? 感じ悪いの。本当に聖職者かよ?」
「だね」
「コラッ! フォルト! リノアちゃんも」
「はっはっはっ、子どもは正直だな。なあ、ヒューク」
「すみませんな、エメンズ司祭、ヒューク司祭」
「私なら構いませんよオズベルト殿。ただ、他の所では控えるように言っておいていただければ。『仮にも』大司祭ですからね」
俺達を窘めるように見せかけて、エメンズ司祭も結構毒を吐いている。
『仮にも』に悪意の感情が満ち満ちているよ。
「フォルト君も、リノアさんも、聖職者に何かあまりにも高い幻想を思い込んでいませんか?」
「別にそういうわけではないですけど、ヒューク司祭のような方ばかりかなとおもっていて」
と言うより、それをヒューク司祭が言いますか?
この世界は本当に神様の力が現実に作用するわけだから、それなりに信仰心とか徳の高さとかがあるんだと思っていたから、あんなのが大司祭なんて、ヒューク司祭より高い地位にいるのが驚きだったんだよ。
どう見ても、表面上、あの大司祭が、治癒魔法を使えるようには感じられないし。
それとも、もしかしたら人は見かけによらないよろしく、ヒューク司祭以上の使い手なのだろうか?
「私のような、ですか? これは何と言ったらいいか」
「まあ、遺跡のことになるとアレですけど」
「はっはっはっ、子どもたちはお前のこと、よく見ているじゃないか」
何かがツボに嵌ったらしく、エメンズ司祭は大笑いしている。
「ゴスレグ大司祭は貴族の四男坊なのさ。子供に聞かせる話でもないかもしれないが、実家の権威と寄付という名の賄賂で大司祭の地位を手に入れたという噂だ。
「???」
リノアは良く分からなかったらしく、頭の上に『?』マークが飛び交っているような顔をしている。
まあ、7才じゃあ、仕方ないだろうな。
にしても、実際に信仰心の深さで神の軌跡が行使できるこの世界でも、信仰心とは別の権力やお金である程度の聖職者の地位が手に入ってしまうのか!
何となく、やるせない物を感じるな。
「さてと、気を取り直してオルレライン司教の所に行くとしますか」
そう、エメンズ司祭は軽い調子で言うと、また石造りの通路を歩きだした。
そうしていくつかの曲がり角を曲がって歩いていくと、一番奥に他の扉とは明らかに違う木の扉が見えた。
エメンズ司祭が、扉をノックする。
「エメンズです。ヒューク司祭一行をお連れしました」
「入ってください」
その言葉に、エメンズ司祭は扉を開けて俺達を招き入れてくれる。
「失礼します」
思わず前世の職員室に入る時の癖で、大きな声が出てしまった。
だって前世の校長室に入るみたいな感じなんだもん。
「フォルト」
俺は誤魔化すように部屋の中を見回す。
扉の向こう、大きくて立派な机の奥に座っていたのは初老の上品そうな女性だった。
「おやおおや、元気の良い子がいますね」




