68 おれが失念していたんだけど、リノアはいつも通りだったんだが
「オルレライン司教は午後には帰られると思うから、何処かでお昼でも食べてくるといい。それか教会の方で用意しようか?」
ヒューク司祭の親しい知り合いらしいエメンズ司祭から、この教会のトップらしい人は今出ていると聞かされた。
それはそうと。
お昼?
ああ、そうか。
こっちの生活習慣で、一日2食の生活に慣れてしまっていたけど、町では一日3食なんだっけ。
すっかり忘れてたや。
何か変な懐かしさを思い起こさせるな。
「そうですね……街中で食べてくることにします。教会で取ることも出来ますが、町中の方が、子どもたちもいろいろ見れて勉強になるでしょうから」
「そうですな。そうするとしましょう」
ヒューク司祭の言葉にオズベルト父さんも頷く。
「エメンズ、オルレライン司教が戻られたら、私たちが到着した旨を伝えておいてもらえますか?」
「わかった。伝えておこう。町に着いたばかりなのだろう? ゆっくりと町を見てくるといい」
「ありがとうエメンズ。じゃあ、行ってくるとしましょうか」
『はーい!』
そういうわけで、当初の話し合いの通り、お昼を食べてから再び教会へ戻ってくることとなった。
ちゃんと荷馬車は教会に置いておかせてもらえるようにしてある。
それから、俺達は町の繁華街? に向かって歩き出した。
途中、パスレク村では見ることのない、いろいろな店が立ち並んでいる。
「リノアさん、フォルト君、何か食べたいものは見つかりましたか?」
俺とリノアが、あっちこっちキョロキョロと見渡していると、ヒューク司祭からにこやかに声をかけられた。
「ヒューク司祭様、何があるのか分からないです」
リノアが少し戸惑ったような顔をしながらヒューク司祭に答える。
「これは、そうでしたね」
「ヒューク司祭はどんなお店が良いか、知っていますか?」
俺が聞いてみる。
「いえ、私もラドンツの町に来たのは久しぶりですから、あまり詳しくはありませんよ。結構、変わっていますし。多少知っているかなという程度ですかね」
「大丈夫なんですかそれで?」
「ええ、心配はいりませんよ。ミリアーナからいくつかのお店は教えてもらっていますから、そこに行ってみることにしましょうか?」
それが無難だね。
ミリアーナ先生は学生時代からこの町にいたみたいだし、エメンズ司祭の言い方だと今も時々ラドンツに来ているみたいだから心配ないだろうし。
何より、冒険者資格を持っているとはいえ、前世の女子高生くらいの見た目のミリアーナ先生が入っても大丈夫なお店なら、俺達子供連れが入っても安心だ。
どうもファンタジー世界のイメージが強いと、酒場兼宿屋兼昼は食堂という感じがしてたから、ちょっと不安だったんだよね。
◇
で、ミリアーナ先生、お薦めの店に行くことになり、来てみたら、確かに、この世界にしては入りやすそうなお店だった。
んだけど、ここで一つ、おれが気が付いてしまったことがある。
それはいつものリノアだったという事だ。
「フォルトちゃん、はい、あーん♪」
つまりはいつものように食べさせてこようとするわけで。
えーっと、リノアさん……。
「なあ、リノア、流石にここでは止めないか?」
「どうして?」
リノアは心底解らないといった様子で首を傾げている。
えっとだな。小さい子供と言えども男の子には面子とかプライドとか見栄とか言うものがあってだな。流石に公衆の面前で「アーン」は恥ずかしいんだけど。
いや、家だから良いってもんでもないんだけどさ。
それはあきらめたというか、観念したというか。
アムルト兄さんも、ハワルト兄さんも、すでに慣れっこで、からかわれることもなく平常運転で食事してるし。
俺も失念するくらい慣れっこになっていたということか!
慣れって怖い!
でもなあ。
今回ばかりは……。
どうやって納得させたらいいんだろうか?
「アーン」
「リッ、リノア、さん」
「アーン」
「……アッ、アーン」
なっ、生温い!
まっ、周りの視線が、生温い!
うっ、店の中の周りのテーブルの人たちの生暖かい視線が辛い。
他のお客さんとか、店のお姉さんとか、ニッコリとしたままこちらを見ているし……。
客観的に見れば、前世でいうところの小学生くらいの子ども同士が騒ぎながら食べさせ合いっこをしている微笑ましい光景だよな。
うん、自分への説得終了。
いつも家でやっている事だろうと思うかもしれないけど、慣れた家の中でと周りに知らない人ばかりの初めての店の中では状況がまるで違うんだ。
前世、高校生まで生きて、それなりの自我がある俺には覚悟が必要なんだよ。
分かるか?
分かるよな。
分かってくれ、頼むから。
考えずに無邪気に……無心にあるがままを受け入れよう。
若干遠い目になりつつ、何匙目かのリノアから差し出されたスープを口にする。
そう言えば、前世、中学の頃合宿でお寺に座禅やら滝行やらをしに行って皆で「修行だ!」とか騒いでたっけ。(さとり)を開くとか言ってふざけてたけど、今なら何か掴めそうな気がする。
「はい、フォルトちゃん、アーン」
「ああ、あーん」
これって素直に教会の寄宿舎にお世話になっていたら、ちょっとはマシな状況で済んだんじゃないだろうか?
……変わらないか。
当人たちを他所に、周りの客や店の人は7才児の子供たちの微笑ましい光景を見てホッコリしている。
と、いうシチュエーションになっているという事にしておこう。
俺の精神衛生上のために。




