58 俺が女の子たちを元気づけようと、気を使ってみたんだが
オズベルト父さんと一緒に森から出て、皆のいる河原の方へと近付いていくと、それまでヒューク司祭の隣りで、呆然とした様子で立ち尽くしていたリノアが、俺を見つけて走り寄ってきた。
ジャリジャリと、河原の石を踏む音が日が落ちかかっている河原によく響く。
「フォルトちゃん!」
そのまま俺に飛び込むように抱き着いてくる。
怖かったのだろう。
そりゃあ、そうだろうな。
俺だって怖いとは思ったけど、前世で、ホラーだのスプラッターだのの映画の動画コンテンツを幾つか見たことがあったから、何とか少しだけ耐性があっただけだろうし。
そんな心の準備もないままに、あんなグロいものを目の当たりにすれば、女の子で、尚且つ小さな子供のリノアなら怯えても当然だろう。
俺はリノアを抱きとめて、落ち着かせ宥めるように優しく背中を撫でてやる。
しばらくして、落ち着いたのか、リノアの方から離れた。
「フォルトちゃんは大丈夫だったの?」
「ああ、特に怪我とかはしていないよ。リノアはどうなんだ」
「わたしも大丈夫。ヒューク司祭が守ってくれたから」
「そうか。良かった」
それでもやっぱり、まだいつもの元気はないようだ。
ヒューク司祭の方を見れば、合流したオズベルト父さんと、ゾンビ……遺体に石を積み簡易のお墓を作ってあげているようだった。
ただ、その前にオズベルト父さんが遺体にナイフを突き立てようとしている光景が見えた。
あれって!
以前、アルマジラットの死骸から魔核を取り出した時と同じ行動だよな。
「見るなリノア!」
俺は慌ててリノアの頭を抱え込む。
「フォルトちゃん?」
魔核を取り出しておいた方が安心できるのは何となく理解できるんだけど、子どもやら貴族様やらいるんだから、少しは気にしてほしいよ父さん。
そういえば、お嬢様の方は大丈夫だろうか?
そちらを見れば、メイドのクレールさんが、お嬢様のことを抱きしめていた。
流石は本物のメイドさんと言うべきか。
小さな主を護ろうとしているのは立派だと思うけど、さっきまで、思いっきり悲鳴を上げていたのもクレールさんなんだよな。
それからしばらく、一通りの後始末を終えて、俺たちは森の上の荷馬車の停めてあるところへと皆で戻った。
「キサナティアお嬢様! ご無事で何よりでした」
俺たちが荷馬車を停めてある広場に姿を現わすと、まず真っ先に御者のロイドさんが、悲鳴のような泣きそうな感じの声で、キサナティアお嬢様を心配する言葉で出迎えてくれた。
よっぽど心配していたんだろう。
ただ、心配されている当のキサナティアお嬢様は硬い表情で黙り込んでいる。
まあ、会ったばかりで、そんなに喋っているところは見ていないんだけどな。
同じ女の子のリノアも、さっきからここに戻ってくるまで、表情を硬くして無言だから、心境としては同じようなものなのだろう。
少し、恐怖感を和らげてやれると良いのだけれども。
気を落ち着かせられるもの、かあ?
そういえば、気を落ち着かせるのに、甘いものがいいって、前世の兄貴が言ってたっけな。
彼女ともめた時とかはよくその方法で落ち着かせていたって話してたけど。
結構な出費だったと、ボヤいてもいたな。
とはいえ、甘い物の持ち合わせっていったって。
……。
そうだ!
「父さん、ちょっとコップ借りるね」
「ああ、かまわないが」
「ありがとう」
俺は皆の死角になるような所までコップを二つ持って離れる。
それからコップを置くと、右手をコップの上に翳し、空間収納から、以前、遺跡発見の件で福袋に手に入れていたマヌカハチミツと砂糖少々、それから最近スラッガースラッグを倒して手に入れた天然塩少々、そして、あらかじめ用意して蓄えておいたお湯を出してかき混ぜる。
これは前世、運動をした後に水分補給をするために自分でも作っていた簡易のスポーツドリンクだ。
これにレモンのしぼり汁でもあれば完璧なんだけど、この状況で、そう贅沢も言ってられない。
ちなみに、このマヌカハチミツ。
俺なりに例えるなら「煮詰めた砂糖」に似ているんだよ。
やっぱり、何か普通のハチミツとは違うのかな?
まあ、何はともあれ。
「完成!」
コップを持って戻ってみると丁度、キサナティアお嬢様とクレールさん、それにリノアが近い位置に固まって座っていた。
他の人達は少し離れた所を警戒して回っている。
ちょうどいいや。
「キサナティアお嬢様、リノア、ちょうど二人分しかないんだけど。俺が家から作って持ってきたハチミツジュースなんだけど、飲む? きっと落ち着くと思うよ」
リノアは兎も角キサナティアお嬢様は平民の俺が差し出す食べ物は口にしないかな?
「これ、前になめさせてもらったハチミツ?」
「そうだよ」
俺の指ごとね。
「あの時取ってきてたんだ」
「まあね」
コップを受け取ったリノアとそんなやり取りをしていると、キサナティアお嬢様が小さく呟いた。
「……いただくわ」
それから、キサナティアお嬢様は意外と素直にコップを受け取ろうとする。
それに驚いたのはむしろメイドのクレールさんの方だった。
「キサナティアお嬢様!」
「ヒューク司祭の村の人ですし、信頼もされているようです。心遣いは受け取りましょう」
「……分かりました。ですが、まずは私めが毒見をさせていただきます。あのようなことがあったばかりですから」
そういってクレールさんが俺からコップを受け取った。
「気を悪くしないでくださいね」
「理解はしています。気にしないでください」
前世の知識でも貴族に毒見役はつきものだし、その意味も理解しているから、クレールさんを安心させるように俺は笑顔で答えた。
「有難う。では」
子どもとはいえ、疑わなければならなかったのが申し訳なかったようで、クレールさんも安心したように微笑を返してくれた。
「……美味しい。大丈夫そうですね。キサナティアお嬢様、どうぞ」
「ええ」
クレールさんからコップを受け取ったキサナティアお嬢様が静かに口を付ける。
それから、はあっと息を付いた。
「……美味しい」
やっぱり、甘いものは女の子を笑顔にするんだな。
たまには前世の兄貴の言葉も役に立つもんだ。
その時初めて、このキサナティアお嬢様が自然な笑顔を見せてくれた。
 




