57 俺が今更になって、自分の無謀さを反省したんだが
俺は油断せずに木の棒を持って構えたままの体勢で辺りの気配を覗う。
それでも、声もかける間もなく血の赤い霧を作り出して、フードの女の人は姿を消してしまった。
「あっ、ちょっと!」
俺も狩りの手ほどきをオズベルト父さんから受けているから、それなりに気配を探ることは出来るようになっているはずなのに、今さっきまで目の前にいた女の人は跡形もなく姿をけしてしまっている。
草むらをかきわけ走り抜ける音もしなければ、俺みたいに木の上を飛び移って移動しているような気配もない。
一体どうなっているんだ?
これが魔法か!?
すげーな!
魔法らしい魔法は俺が腕の骨を折った時に、ヒューク司祭がかけてくれていた。治癒の魔法くらいだったからな。
あれも凄いけど。
今みたいな、実践的な魔法を見るのは初めてだ。
攻撃系の魔法じゃなくて良かったと思う。
今の俺じゃ、避けるにしろ、受けるにしろ、まだ未熟だから、うまく出来なかっただろうと思うし、そうしたら大怪我だけじゃすまなかったかもしれない。
って、感心とか安堵とか反省とかしている場合じゃないや。
頭の中が多少混乱気味だ。
それで、結局逃げられてしまった。
「フォルト! 無事か!」
そんなことを考えていたら、オズベルト父さんの声が沢の方から聞こえてきた。
見れば、ゾンビの方はあっさり片付いたらしい。
オズベルト父さんがこっちへ駆けてきているところだった。
流石は騎士様とBランク冒険者が加勢に入っただけはある。
「父さん」
俺も幾分緊張を緩めた。
「フォルト、何があった?」
オズベルト父さんは近くに来ると、ある程度の事情を察したらしく、周囲に警戒しながら俺に聞いてきた。
「ここにフードを被った女の人がいて、どうもあのゾンビをけしかけていた張本人だったみたいなんだ」
俺は掻い摘んで事情を説明する。
オズベルト父さんは地面にしゃがみ込んで、何やら見定めているようだ。
「そうか……で、なんで、フォルトがここにいる?」
事情を一通り聞いた後、オズベルト父さんが、厳しい口調になって立ち上がりながらこちらに振り向く。
「えっと、沢に降りる方の森から、微かに、フードが見えた時に、別のゾンビがいると思って、父さんやベーシウスさんが折角加勢に入っていったっていうのに、すぐ邪魔されたくはないなと。せめて少し余裕ができるくらいの足止めが出来ればと思ってさ」
良い説明が咄嗟に思いつかずに、俺は思わず、わたわたとした口調で答えてしまった。
「……はあ」
オズベルト父さんは大きく息を吐く。
「敵を分散させておくというのは考え方としては間違えてはいない。だがな、己の力量と相手の力量を計れないまま対峙しようとするのは無謀だ。確かにゾンビは下級の魔物だが、フォルトは冒険者ですらないただの子供だ。その辺を自覚しなさい」
「はい!」
「そして、きちんと相手を見定めないまま動くのはもっと駄目だ。今回ゾンビではなく生身の人間で、その相手が、たまたま傷を負ったためか、逃げを打ってくれたから助かったようなものだが、これが、攻撃されていたら、フォルト、お前は死んでいたかもしれないんだぞ」
「うん、自覚している。さっき同じことを考えてた……無茶してごめんなさい」
俺が沈んだ気持ちのまま、少しの沈黙が続いた後、別の所から声がかかった。
「まあまあ、オズベルト、説教はその辺で終わらせておけ。無謀だったのは確かだし、結果論で褒めるのはあまり良いとは言えないが、今回はフォルトのおかげで、誰も怪我をせずに済んだのだからな」
声の方向を見れば、いつの間にかベーシウスさんが、木に片手を付けて寄りかかって立っていた。
「それにだ」
「ん?」
「これから夕飯だ。ただでさえ子どもたちは元人間のゾンビなんぞ初めて見てそれを討伐するところを目の当たりにしたんだ。折角の飯が、これ以上マズくなるのも可哀そうだろ?」
「はあ、ベーシウス、お前、よくそれで貴族の党首からお嬢様の騎士なんぞに任命されたもんだな?」
「だろ」
ベーシウスさんは悪びれもせず、ニカッと笑顔を作って見せた。
それから、少し真面目な顔つきになって言う。
「それに、馬車の所に御者のロイドを一人で見張りに置いてきたままだしな、早く戻ってやらないと」
「……分かった。フォルト、戻るぞ」
「はい、父さん」
「俺は少しこの辺りを調べてから戻る」
そう言うとベーシウスさんはさっきのオズベルト父さんと同じように地面にしゃがみ込んで調べ始めた。
「分かった」
「フォルト君、後でさっき言っていたフードの女の人について、詳しく話を聞かせてくれないか」
俺が沢に向かって歩き始めようとした矢先、背中越しにベーシウスさんから声がかかる。
「はい、分かりました」
「助かる」
そうして、俺たちは沢にいるヒューク司祭たちと合流すべく歩き出した。
ヒューク司祭は何やらゾンビたちを弔っているのか、祈りを捧げている様子が見えた。
リノアもその隣りに立っているのが見える。
兎に角、みんな無事なようで良かったと思う。
いろいろ思う所もあるけど、気を張っていたのか? 気が抜けたとたん、一気に精神的疲れがドッと出てきた感じがする。
さっさと荷馬車の所まで戻って座り込んで休みたい気分だ。
考えるのはそのあと。
俺は自分にそう言い聞かせて歩みを進める。
不意に、誰かの視線を感じた気がして、俺は今来た沢への道の奥の森に振り返った。
だけど、何もおかしなところはなく、森の奥からはわずかに鳥の鳴き声が聞こえてくるばかりだった。




