56 俺がゾンビに向かって、攻撃を仕掛けたんだが
俺は最後の枝に飛び移ると、そのままの勢いで枝を蹴って、今度は上方に高く跳ぶ。
そのタイミングでフードを被り、河原の方を向き、俺に背を向けているゾンビに向かって石を投げつける。
それから、左手に持った木の棒で頭部目掛けて打ち下ろすつもりだ。
それとは別に、木の上から空間収納にしまってある大きな石を上からゾンビ目掛けて出して落下の勢いで圧し潰そうかとも考えたが、後で、オズベルト父さん達に誤魔化すための言い訳が咄嗟には思いつかなかったので止めることにした。
こっちも、少しアクロバティックにも感じるが問題なく出来るはずだ。
これに似た動きは前世を通してやったことがあるし、この世界に転生してから記憶が戻って以降いろいろな自主鍛錬も行なってきた。
前世では小学生の頃、体操クラブに通っていたので、こういった身体裁きの基本は出来ているし、何となく体というか、魂が覚えている。
今世では夜中、こっそり家を抜け出して、森で木に石を当ててから、その木に駆け出し、舞い落ちる木の葉をこっそり持ち出した木剣に当てるなんてことも繰り返してきた。
基礎的な身体能力はあの薄紫髪ツインテール少女天使のパスティエルが普通よりも上げてくれているというし、実際、そのことは実感している。
ただ、手に持っているのは丁度良いサイズではあるが、ただの木の棒だ。
握りは丁度いいし、長さもちょうどよく木剣に似てはいるけど、只の木の棒。
俺がアストランの森の中で見つけたものだ。
何故、アグレインのお爺ちゃんのボライゼ師匠から剣技を習っているのに木剣を空間収納に入れていないのかと言えば、ボライゼ師匠が普段、パスレク村の中で木剣を持ち歩いたり、振り回したりするのを禁止しているから。
まあ、7・8歳の子どもがそんなことをしていれば、常識的に怒られるのは当然だとは思う。
そのためヒューク司祭の、ゾンビには有効そうな加護のかかっているっぽいメイスとちがって、効果も威力もない。
咄嗟の考えだけど、せめて威力だけでも補おうと、木の上から飛び降りざまに打ち下ろすことにした。
さっきも思ったが、ヒューク司祭もやっていたけど、ゾンビは頭を潰すか首を切り落とせば、動かなくなるはずだ。
その他の場所では意味がない。
実際、さっきも腕を切り落とされていても平然と動いていた。
俺は木の上からゾンビの頭、フードに目掛けて石を投げた。
動きながら投げててもコントロールにはそれなりに自信がある。
それから、それと同時に木の棒を上段に構えゾンビに向かって飛び降りる。
頭目掛けて打ち下ろす態勢だ。
これでだめなら、連続で攻撃し続けるしかない。
投げた石の狙いはバッチリ。
ゾンビの後頭部から側頭部辺りに命中した。
「痛っ!」
えっ!?
悲鳴!?
しかも、多分若い女の人の!?
何で?
もしかして生きてる人!?
動揺したせいで、僅かにバランスが崩れ、手に握って振り下ろした木の棒が狙っていた頭からぶれる。
しまった!
それでもフードの相手も振り返ったせいか、偶然にも相手の右肩に当たった。
「くっ!」
少しバランスは崩したものの、俺はうまく地面に着地して木の棒を構えなおす。
フードの人は、右肩を左手で押さえて、頭部を右手で押さえたまま、俺から距離を取るように飛び下がった。
それでも石と木の棒でのダメージがあるのか、足元が多少おぼつかないように見える。
やっぱり、生きてる人だ。
それも女の人。
「……」
フードの下から僅かに見える顔。
チラッとだけど、整った顔立ちで若い女性だと思う。
前世で例えれば、大学生か、高校生くらいだろうか。
そして、赤い目が印象的だ。
「……子ども」
「えっと、あの、ゴメン。でもそっちがアレを襲わせてるんでしょ?」
「……」
一言発したっきり、それ以降はこちらをジッっと見ているだけ。
なんかこの沈黙気まずい。
いや、敵対しているのだから、気まずいのは当たり前なんだけど。
「……名前は?」
「えっ、あ、俺、フォルト」
沈黙から、いきなり問いかけられたので、思わず日本人気質らしく敵なのに答えてしまった。
間抜けだな、俺。
「そう……フォルト」
女の人が右手を頭から話すと、その手にはべったりと赤い血が付いていた。
うわあああ。
敵なのに、何か、女の人に怪我させたっていうのは罪悪感があるな。
「覚えておく」
「えっ!?」
女の人はそう言うと、右手の血を地面に垂らしてから、空中に何やら、文字らしきものを書くような仕草を始めた。
『○△×□○▽』
よく聞きとれないけど、何か呪文らしき言葉を発しているようだ。
「あっ、ちょっと、そっちの名前は?」
って、そうじゃないだろ。
これって、攻撃をしようとしているか、逃げようとしているかだよな。
どっちにしろ邪魔しなきゃ。
俺が走り込もうとした瞬間。
女の人は、俺に向かって自分の右手に着いた自らの血を飛ばしてきた。
それ自体は極僅かなものだ。
大したことはない。
構わず走り込む。
次の瞬間、血が煙のように広がった。
「わっ」
俺は反射的にそこから跳びのく。
見れば前方、女の人がいた方向が、赤い霧で覆われていた。
俺は油断なく木の棒を構え続け、辺りの気配を伺う。
しばらくして霧が晴れると、そこに女の人の姿はなかった。




