55 俺が怪しい影を見つけて、そっと回り込んでみたんだが
森の奥、河原のある方から、女性の悲鳴がした。
恐らくはメイドのクレールさんのものだろう。
その悲鳴を聞いて、真っ先に森を駆け降りてみたら、ヒューク司祭たちが水浴びをしに行った河原で、何者かに襲われていた。
野盗かと思ったが、やけに動きが直線的だ。
ただまっすぐに突っ込んでいっているだけ。
何か動きが変だと思い、よく見てみれば、それは前世で良く映像などで見たことのある死人そのものだった。
実際に本物の死人を見て一瞬足が竦んだけど、メイドのクレールさんの悲鳴で我に返ることが出来、石を投げて援護をしていると、やがてオズベルト父さんとベーシウスさんが追い付いてきて、後は任せて森から出ないようにと言われる。
それでも、二人がヒューク司祭たちに合流するまでには少し時間があるため、自分にも何かできないかと思い、石をゾンビに投げ続けてゾンビを牽制し、ヒューク司祭と女騎士のエニムさんの援護をしていた。
確か、教会で習った、この世界のゾンビの弱点は頭を潰すか首を切り離すことだったはずだ。
一応、これでもコントロールには自信がある。
ゾンビの頭部を狙って何球か投げていると、オズベルト父さん達がヒューク司祭たちに合流し、加勢に入ろうとしているのが見えた。
ホッと安堵の息を付く。
「んっ、?」
すると、その少し離れた森の中、まだいるのか、フードを被ったゾンビらしき影を見つけた。
今の所動き出す様子はないし、オズベルト父さんとベーシウスさんがヒューク司祭たちに合流したから、余裕も出来るのかもしれないけど、これ以上数が増えて場が混乱してもまずいだろう。
要はあっちは合流させなければ良いわけだ。
「森からでなければいいんだよね」
俺はそう呟くと気配を殺すようにして森の中を移動し始めた。
自分にだって牽制くらいはできる。
アグレインのお爺ちゃんのボライゼ師匠から剣技も習ってきた。
森の中を静かに進みながら、ふと、前世を思い出す。
前世のクラスメイトたちの話で良く異世界系の話が出ていた。
俺はあまり詳しくはなかったから、どちらかというと聞き役に徹していたけど、その中にゾンビの話も良く出てきていた。
クラスメイトの中の一人がゾンビ関係の話が好きで、外国のB級ホラーのゾンビモノを熱く語っていたのが、うっすらだけど記憶に残っている。
何でも、字幕を読んでいると、会話の内容がいい加減で面白いんだそうだ。
って、この情報は今は何の役にも立たないか。
それはおいておいても、俺でも流石にゾンビくらいは知っている。
ただ、クラスメイトも言っていたが、その作品、ゲームや映像などで特徴がかなり違ってくる。
生者の生気に引き寄せられてくるとか、目が悪く音に反応するとか、動きが遅かったり、逆に素早かったり筋力のリミッターを無視して力が異常に強かったり、知力を持ち合わせていたりと様々だ。
中には噛みつかれたり、傷付けられたりすると、その傷口からウィルスが感染して生きているうちにゾンビ化するなんていう恐ろしいものまである。
教会の授業でヒューク司祭から習ったこの世界のゾンビは幸いと言うべきか、移動する速度はそれ程早くはないが、かといってゆっくりでもない。
力は普通の人間よりは強くなるらしい。
それは筋肉の繊維のダメージを無視することになるからなので、やがては腕が動かなくなるらしいが、それでも向かってくるという。
これも幸いな事だが、噛みつかれたり、引っ掛かれて傷付けられたとしても、生者であれば、生きているうちにゾンビ化していくことはないそうだ。
この話をしたとき、ヒューク司祭は俺に。
「フォルト君はなかなか恐ろしい発想をしますね。そんな状況なら、恐らく、国の軍が動いても歯が立たないでしょう。それどころか、軍が丸ごとゾンビになって襲ってくるなんてこともあるかもしれません」
と言っていた。
それを周りで聞いていた女子たちが怯えていたのを覚えている。
そんな中、気の強いシスカに涙目で文句を言われたのが印象的だったっけ。
ただ、噛みつかれたり、傷付けられたりした状態で死んで放置されていると、どういうわけか、魔核のない人間族にも関わらず、魔力が溜まりゾンビ化することがあるらしい。
だから傷口は出来るだけ早くきれいに洗うなり、浄化の魔法をかけてもらうなりをしておくのが常識なのだそうだ。
火葬にすればいいじゃないかと思うかもしれないけれど、火葬にするのにも燃料となる薪がそれなりの量必要となる。
その余裕がある時なら良いが、そういうのは希だそうで、そのため、この世界の葬式は土葬が一般的だ。
俺は剣の師匠であるアグレインのお爺ちゃんのボライゼ師匠の教えや、狩りを教えてくれているオズベルト父さんの言っていた事を思い出しつつ、気配を殺し、動かずにいるゾンビの近くまで移動していく。
近くなってくると、茂みの音などで気取られる可能性があるので、木に飛び上がって、そこから木から木の枝へと飛び移る。
いよいよ間近という所で、一旦止まり、呼吸を整える。
ここからはタイミングが勝負だ。
次の枝に移ったら、素早く石をゾンビの頭目掛けて投げ、そのまま飛び降りざまに木の棒で頭を殴りつける。
木の上から石を投げる事は狩りの時にもやっているので慣れている。
幸い、最後になる枝はかなり太く安定していそうなので、石を投げるのには問題なさそうだ。
問題は木の棒で殴りかかることだ。
いくら体重を乗せ、高いところからの打ち下ろしでも威力が足りるかどうか。
ヒューク司祭みたいに、うまく潰せれば倒せるが、いくら前世の転生をしてくれた薄紫ツインテール天使のパスティエルが、この世界の基準より能力を上げてくれているとはいえ、子どもの力だ。
それにあのメイスは以前に見せてもらったけど、何かしらヒューク司祭が施しているのだろうし。
たぶん、聖職者だし、今回みたいに余裕のない時を見越して、対アンデット対策をしてあるんじゃないかな。
俺の力で、どこまでやれるか?
でも、やるしかない!
(いくぞ!)
俺は枝を蹴って、最後の枝へと飛び移った。




