54 俺が悲鳴を聞きつけて、駆けつけてみたんだが
「こら! フォルト、戻ってきなさい!」
案の定だ。
オズベルト父さんの制止の声が背中から飛んできたが、気にせず走り続ける。
スタートダッシュは前世時代から結構得意な方だ。
それに、この世界に転生するときに地球の世界の薄紫髪ツインテール天使のパスティエルが、
「折角、異世界に転生させたのに、早々に亡くなることになっては困りますので」
という事で、基礎能力を少し高めにしてくれているらしいから、今の俺は大人と比べても結構速い方だと思う。
しかも、ちゃんと毎日のトレーニングもしているし。
勢いのままに森の中へと走り込む。
バサリと大きな音がした。
そのまま、森の中の獣道のような下りの坂道を勢いよく駆け降りていく。
その途中、何があってもいいように、走りながら右手に、空間収納にしまってあった、手ごろなサイズの石を握り締める。
近頃では常に手ごろな石を見つけると、空間収納に入れておくのが癖みたいなものになっていた。
いまではそれ用のフォルダも作ってあるので、意識をあまり集中させなくても比較的すぐに取り出せるようになっている。
左手には手ごろな棒を出しておく。
草を踏み締め、枝を蹴散らす音が大きく耳に響いている。
近付くにつれ、川の潺の音と共に、その穏やかさには似つかわしくない、何か堅いものに叩きつけるような微かな金属音が聞こえてきた。
やっぱり予想通り、何かに襲われているのは間違いなさそうだ。
恐らくはあの護衛騎士の女の人、エニムさんが戦っているのだろう。
もしかしたら、ヒューク司祭も戦っているのかもしれない。
ここはアストランの森と違って、魔物が普通に生息し出現する。
俺自身も、スラッガースラッグという魔物にあったばかりだし。
リノアは無事だろうか?
それにあのメイドさんとお嬢様も。
木々の隙間から徐々に沢の様子が見えてきた。
そうして見えてきたものは。
「人?」
どうやら、魔物ではなく人と戦っているみたいだ。
野盗の類だろうか?
この辺りは比較的治安がいい方で、野盗の噂は聞いたことがなかったんだけどな。
でも。
何か相手方の動きが変だな。?
妙に直線的というか。
ただ、突っ込んで言ってるというか。
連携を取って包囲するような様子もない。
……!
うでが切り落とされて剣で薙ぎ払われたのに、何事もなかったかのように平気で起き上がり、まだエニムさんに向かっていっている!
それに、あの人、よく見ると顔が半分崩れている!
あれは前世で動画で見ていたことのあるゾンビ!
俺は一瞬足が止まる。
そう気づいてよく聞いてみれば、変な唸り声を上げている。
「ウウウウウゥウウ」
「アアアアァァァァ」
意味をなさない叫び声。
気持ちが悪い。
「きゃあああ!」
「はっ!」
気持ち悪さから足が竦みかけた時、沢からまた悲鳴が聞こえた。
すぐに、恐怖感から我に返った。
そうだ!
リノアたちを助けないと。
でも、人に当ててもいいのか?
いや、あれは死人だ。
迷うな!
おれは手に持っていた石をギュッと握り締め、リノアたちに襲い掛かろうとしているゾンビの頭部目掛けて思いっきり投げつけた。
グチャリ!
何かが潰れるような、嫌な音が聞こえた気がした。
だが、どうやら見事に当たったようで、横へとゾンビが倒れ込む。
だけど、まだ動いているようだ。
ただ、先ほどとは違い、起き上がる様子はない。
そこにヒューク司祭がメイスをゾンビの頭部に振り下ろした。
すると、ようやくゾンビは動かなくなったみたいだ。
「フォルト君!」
俺に気づいたヒューク司祭が声を上げる。
だけど、まだ数匹いるみたいだ。
聖職者のヒューク司祭がいるのだから、こういう魔物相手には有効なはずだけど、前線で抑えなくてはならない以上、対抗できる魔法があったとしても、唱えている余裕はないのだろう。
それにエニムさんも、全部を牽制しながら、個々に仕留めるのは難しいようだ。
なんといっても騎士だから、一番に主であるお嬢様を護らなくてはならないのだろう。
圧倒的に人手が足りない。
特にゾンビは痛みを感じないから平気で突っ込んで向かってくる。
ヒューク司祭に教会教室で習ったゾンビそのものだ。
救いは、遅く(おそ)はないものの、それ程、動きが俊敏ではないみたいなところだろうか。
それでも、逃げながらの対応は難しそうだ。
「フォルト!」
俺が考えていると、すぐ後ろからオズベルト父さんの声が聞こえた。
「父さん、ゾンビだ!」
言いながら振り向けば、オズベルト父さんとベーシウスさんがすぐ後ろまで走ってきていた。
「分かった、後は俺たちに任せろ!」
「森から出るんじゃないぞ」
抜き去り際にそう言うと、二人は皆の元へと向かっていく。
でも、行きつくまでにはまだ少しだけ時間がかかりそうだ。
俺は後ろ手に空間収納から石を取り出して、ゾンビに向かって投げてはまた後ろ手に取り出して投げと繰り返し、二人の到着までの時間稼ぎと、エニムさんたちの援護をする。
でも、これじゃ埒が明かない。
「んっ?」
その時、沢の少し離れた森の中で、微かに何かが動いたように見えた。
よく見るとフードを被った人のようだった。
まだ増えるのか!
俺は、左手に持っていた木の棒を、ギュッと強く握り締めた。




