43 俺が稽古を付けてもらって、考え方を変えないといけないなと思ったんだが
「よし、それじゃあ、始めるとしようかのう」
「「はい、よろしくお願いしますボライゼ師匠!」」
青空の下、皆の声が揃う。
「うむ、では素振りから」
「「はいっ!」」
いつもの丘の広場で俺、ハワルト兄さん、デミス、アグレイン、リノアが木剣を構え素振りを始める。
シスカとククルは相変わらず見学に来ていた。
ボライゼ師匠から剣を習い始めてから大分経つ。
皆それなりに上達したと思う。
まあ、同年代の子供にしてはということではあるけれども。
俺は最近はボライゼ師匠と打ち合う形式の稽古が主になってきている。
転生の際、薄紫髪ツインテールの天使、パスティエルから基礎能力がこの世界の標準より高めにしてもらえている俺は子ども同士での打ち合いではすぐに差が出てしまうようになっていた。
今も素振りの跡基本の型を終えてから、ボライゼ師匠と向き合って数合打ち合っている。
ボライゼ師匠は高齢にも拘わらず、俺たち子どもの相手をしても、いつも疲れた様子を見せない。
孫であるアグレインから聞いた話だと、昔は戦場を駆け回ってそれなりに腕を磨いたという自慢話をよく聞かされていて、1年くらい前までは「ウッソだー」とか「大げさだよ」とか思っていたらしいけど、アルマジラットの一件以降、剣を習い始めてから、初めて自分のお爺ちゃんの言っていたことが本当なんだと理解したそうだ。
たぶん、剣を習うことがなければ、ずっと気付かずにいたんだと思う。
まあ、普段の温厚そうな感じとは全然違うもんな。
皆、毎回ヘトヘトになるまで扱かれてるし。
それでもボライゼ師匠が息を切らせている姿を一度も見たことがないからかなり凄い人だったんだと思う。
ちょっと前にオズベルト父さんにボライゼ師匠のことを聞いてみたんだけど、流石にボライゼ師匠の過去のことは知らないそうだ。
ただ、ボライゼ師匠は冒険者資格はもっていないそうだが、恐らくはオズベルト父さんやナーザ母さんと同じくらいのBランク相当の実力派あるだろうと言っていた。
「!」
そんな風にちょっと、気を逸らせていたら、師匠が足で地面の砂を蹴りあげてきた。
俺は思わず目を瞑ってしまう。
次の瞬間。
木剣を握っている手に鈍い痛みが走った。
「痛っ!」
思わず手から木剣が零れ落ちた。
「油断するでないフォルト」
「今のはずるくないですか!?」
俺はちょっと痛む手を振りながら抗議の声を上げる。
「何を言っておる。実戦では砂を蹴りあげるなど当たり前にやっておったぞ。相手も剣を振るいながら、懐からナイフを投げて来たり、時には魔法を放ってくる輩もいたのう。一人と思わせておいて後ろや左右から仕掛けてくる連中もいた」
「うっ」
こんなまだ小さく、村の子供たちの手習い程度の俺たちに教えるのはどうかとも感じるが、俺にとっては真剣に教えてくれようとしている師匠の姿勢はとても有り難い。
「フォルト、お前はスジは良いが真っ直ぐすぎる。騎士なら兎も角、冒険者になりたいんじゃろ? だったら魔物相手にお行儀よく何てこと通用するなんてことは考えるでないぞ。いろいろな戦い方がある事を知って置く事じゃ」
なるほど。スポーツじゃないんだと改めて実感させられた。
(そういえば)
そうかと思い至る話を思い出す。
前世で俺が野球を始めた時に聞いた話だ。
高校野球の大会でノーアウトランナー一塁。バッターはプロ注目の4番だった。
その時守備側の監督は投手にフォアボールを支持し4番を歩かせて、後続で勝負したのだが。
後で、その行為に非難の声が上がったという。
また、こんな話も聞いた。
同じく高校野球で、塁に出た走者への投手の牽制のあと、守備の選手が投手にボールを投げ返したと見せかけてボールを隠し持ち、走者が塁を離れた瞬間にタッチしてアウトを取った行為が非難されたというものだ。
ほかにもいくつかある。
それを聞いた時、戦術上、ルールの上でも何ら問題のない行動にも関わらず高校野球では非難され、では何故プロ野球では称賛されているのかが分からなかった。
「高校生らしくない」「フェアプレイ精神に反する」などの言い方だったらしいが。
本来、フェアプレイの精神と言うのであれば見本を見せねばならないのは大人の方で、駄目なのであればルールで禁止すればいいだけの話の筈だ。
大人ならズルくやっても技だからいいんだと言うのは理屈としてはおかしい。
むしろ屁理屈の類に思える。
「ズル」や「汚い真似」は「ズル」や「汚い真似」だし、「技」は「技」だろう。
禁止していないのならば、単純に「技」だと認めればいい。
意識としての視野の問題のように思える。
って、考えが変な方向にズレた。
つまり、俺が思ったのは。
今、俺が学んでいるのはスポーツじゃないってことで。
使っていい「技」は物凄く幅が広いことになる。
無意識のうちに剣は実戦の中の「技」の一つであって、他にもやり方、戦い方があることが抜けていた。
ルールとか規則とか、剣の上では一応の型があっても、実戦では他にも何でもアリという事になる。
いつの間にか視野を自分で狭めていた。
その意識の切り替えをしなければならないという事なのかもしれない。
対人なら勝ち方にも拘らなければならないかもしれないだろうけど。
対魔物なら、猶更だ。
ちょっと、視野が広がった気がした。
「はい! 有難うございます」
俺は素直に、礼を取っていた。
そうしたら、何故かボライゼお師匠様に苦笑されてしまったけど。
何でだ?




