35 俺が遺跡の大広間に驚いていると、隣でヒューク司祭が立ち尽くしているんだが (ヒューク視点)
- 月の双子女神エボーナ神とボニーナ神に仕える司祭、ヒューク視点です -
「……私は一体……?」
身体が大きく揺らされた気がして、目を開くと、土と緑の木々が目に飛び込んできました。
「地震?」
ぼんやりとした頭でそんな事を考えながら起き上がろうとすると、身体の痛みに呻き声を上げてしまい手から力が抜け、一度地に伏してしまいました。
今度はゆっくりと起き上がり、周囲を見渡します。
「はっ! アシュランベアは! リノアさん! フォルト君!」
突然、起き上がる途中でぼんやりしていた意識がはっきりとして来て、直前のことが思い出されました。
そう、私とリノアさんとフォルト君が森を歩き回っていると、突如アシュランベアが現われたのです。
私が迂闊でした。
いくら魔物のいないこのアストランの森でも油断すべきではなかったのです。
好奇心に満ちた子供を危険な目に合わせてしまいました。
辺りを見回しても二人の姿もアシュランベアの姿も見当たりません。
何という事でしょうか。
私が生きているという事は、私の囮としての引き付けが失敗して、アシュランベアの目が子どもたちへと向かってしまったに違いありません。
(神よ! 月の双子女神エボーナ神とボニーナ神よ! 願わくば、幼き二人の子どもたちに貴女様たちの御加護があらんことを)
幸い、持ってきた荷物はそのままに、地面に転がっています。
私は近くに落ちているメイスを拾い上げると、その荷物を手に取って、急いでアシュランベアの通った痕跡を追い始めました。
歩きながら、治癒魔法は自分に対しては効き目が低いので、これからいざという時のことを考え温存しておくことにして、ミリアーナが学校で習ったと言って作ってくれ、念のために背負い袋に持って来ていた治癒のポーションを飲むことにしました。
荷物がアシュランベアに荒らされることが無かったのが不幸中の幸いで、治癒のポーションが割られずにいたのが救いでした。
しばらくすると、痛みも大分引き、動くのには支障が無くなりましたが、気持ちは焦るばかりです。
リノアさんとフォルト君は無事に逃げられたでしょうか?
私が生きている以上、アシュランベアは何らかのことで、気を失っている私では無く、二人を追いかけて言ったに違いありません。
「ああ、月の双子女神エボーナ神とボニーナ神よ。あの子たちをお守りください!」
何度も神に二人の無事を祈らずにはいられませんでした。
私は木々の間を抜け、草むらをかき分け、森の中をアシュランベアの痕跡を辿りながら歩き回ります。
「リノアさん! フォルト君!」
アシュランベアがどうなったか分からない以上、本来であれば大声を出すのはわたしの居場所を教えるようなものなので避けるべきことなのですが、今はこうすることによって、もしリノアさんとフォルト君が逃げ延びていたら、アシュランベアの気を私の方に向けさせてそのまま逃がすことが出来るのではないかと言う淡い期待を込めてもいます。
ふと、過去の記憶が思い出されました。
何故今とも思いましたが、こういう時の記憶の思い起こしは何か手段が無いかと頭が自然に働いているためかと考え直します。
いつからだったでしょうか?
友人に頼まれ、私自身も自己を磨くためと冒険の旅になり、各地を旅してまわる最中、冒険者の間で、囁かれていた一つの噂話を耳にしたことから始まりました。
それは冒険者の間では魔物が出ず、実入りにならない地があるというもの。
冒険者には縁のない場所として『聖なる地』と揶揄されている場所。
私は何故だかその話に、妙に興味を魅かれ、少しずつですが、話を集めたり、調べたりするようになりました。
そんな時が流れ、10年程前、依頼の帰り道に立ち寄った村でミリアーナと出会ったのです。
まだ幼い彼女は戦争孤児となっていました。
隣国の逃げ延びた兵に襲撃を受けた村で、他の人はそれでも残った家族がいた中、しかしミリアーナだけが両親を失い、他に親戚と呼べる者もいなかったのです。
それでも、村の何処かの家に引き取られて暮らすということはできたのでしょうが、その行く末は考えるに難くない。
それを想うと、どうしてか私はミリアーナを引き取ることを申し出、ミリアーナもそれを受け入れたのです。
それから私は冒険者を辞めると教会に戻り、このパスレク村の教会への赴任を願い出ました。
そして、このパスレク村の教会にミリアーナと落ち着くと、神への日々のおつとめの傍ら、アストランの森に関する調査を始めるようになったのです。
男身で育てたにも拘わらず、無事成長したミリアーナは頭の良い子だったので、教会の運営する学校へと送り出しました。
2年前に卒業するまでの間、時折帰ってきては最近の学校での研究成果などを持って帰って聞かせてくれたのは、私がこの地を研究している事を知り、少しでも私の役に立ちたいという彼女なりの恩返しなのかもしれません。
私は空になった治癒のポーションの入れ物を見やりながら、一度目を伏せました。
今、こんなことを思い出したのは出会った頃のミリアーナに二人が重なったのかもしれません。
私は目を開けると再び二人の名を叫びました。
「リノアさーん! フォルトくーん!」
呼びかけた後、しばらく耳を澄ませます。
ですが、返事が返ってくることはなく、辺りは地震で鳥たちも逃げ去ったのか、妙に静まり返っています。
諦めてはいけません。
「おーい! リノアさーん! フォルトくーん! 聞こえたら返事してくださーい!」
繰り返し、呼びかけた後、しばらく耳を澄ませるということを続けます。
「おーい! リノアさーん! フォルトくーん!」
どれだけ呼び続けたでしょうか?
「おーい! リノアさーん! フォルトくーん! 聞こえたら返事してくださーい!」
「ヒューク司祭様! ここで~す!」
「フォルト君!」
「ヒューク司祭様! ここだよ!」
「リノアさんも! どこですかあ~!」
返事がありました。
しかし、辺りを見回しても、二人の姿はおろか、人のいる気配すらありません。
付近を探し回っていると、足元にぽっかりと大きな穴が空いている所を見つけました。
その直後。
「ここ! ここ! ここで~す!」
「ここだよ! ヒューク司祭様! 穴の中!」
「まさか!」
わたしが驚いて穴の中を覗き込むと
「フォルト君! それにリノアさんも! よく無事で」
こちらに向かって大きく手を振る元気な二人の姿がそこにありました。
「怪我はありませんか!」
「何とか、二人とも無事です!」
「本当ですか!? 頭や足は打ってはいませんか?」
「だいじょうぶ!」
「こんな高さから……神よ、感謝します」
どうやら大きな怪我はなさそうでホッと胸を撫で下ろします。
「今、ロープを垂らします」
私は急いで持っていた荷物から縄を取ると、近くの太い木に括り付けてから穴の中へと垂らしていきました。
「フォルト君、リノアさん、登ってこれそうですか?」
準備を整え、再び穴の中の二人へ声を掛けるとしばらく二人で相談してからフォルト君が返事を返してきました。
「俺もリノアも大丈夫そうです!」
「そうですか。では、一人ずつ登ってきてください。ゆっくり、落ち着いてですよ」
「「はい!」」
二人が順番を決めて登ってくるのを待とうとしたとき、フォルト君が動きを止めました。
「その前に、ヒューク司祭。こっちに崩れた横穴から変な石造りの部屋みたいなところに繋がってる場所があるんです!」
「石造りの?」
「こ~んな、おっきいの!」
「教会の壁や柱を物凄く大きくした感じです!」
「なんだって! ちょっと待っていてください!」
私はその言葉を聞いた途端、何かが頭の中で変わるような音が聞こえた気がしました。
気が付けば、次の瞬間にはもう行動に移していました。
「ちょっ、ちょっと、待っ!」
降りていく途中、下から声が聞こえましたが、私の耳には入って来ません。
その後、幾つかのやり取りをしてから神殿と思われる場所に繋がる横穴へと向かい、そこを潜りました。
「これが……」
まさかこのアストランの森の地下にこの様な場所があろうとは。
正直に言えば、もっと森の奥深くに、ひっそりと佇んでいるか、もうすでに朽ち果てているかとも考えていました。
それが、この様な清らかで荘厳な雰囲気を湛えているとは
しばし呆然とした後、通路を進んで行きます。
途中フォルト君の質問に答えながら進んでいくと、
「ヒューク司祭、フォルトちゃん、この通路の左側の壁に入口みたいなのが開いてるよ」
先を歩いていたリノアさんが角の先を覗き込んで私たちに振り向き手招きしながら呼び掛けてきました。
「本当ですか!?」
私はその言葉にいても経ってもいられず急いで角を曲がり、入り口らしき場所へと向かいました。
扉も何もない簡素な入口が見え、私はその入り口の数歩前からゆっくりと歩みを進めました。
そうして部屋の中へと足を踏み入れ、目に入って来た者は。
まぎれもない。
清浄な空気を纏った大広間に横たわる月の双子女神エボーナ神とボニーナ神の銅像でした。
「……やっと……見つけた……」
私はその神秘的な光景にしばし時間を忘れて立ち尽くしたまま、唯々呆然と見入っていました。
口から出た言葉は我ながら、なんと拙い言葉だろう。
なのに、何故、これほどまでに溢れる感情がこみ上げてくるのだろうか。
「……森の何処かに眠っているのではないかとは言いましたが、まさか埋もれているのではなく地下神殿だったとは」
とめどなくあふれ出すこの感情と、頬を伝わる抑えられないこの涙は。
「おめでとうヒューク先生!」
「良かったねヒューク先生!」
見ればフォルト君とリノアさんがニコニコとした屈託のない無邪気な笑顔でわたしを見つめていました。
簡潔ですが、その純粋な賛辞の言葉に万感の思いが込み上がって来るのを感じます。
「……ええ。ええ! ありがとう、ございます」
全てを覆い隠す中にありて、穏やかな光で我らを見守り照らす月の双子女神エボーナ神とボニーナ神に。
「おおっ! 神よ! この邂逅に感謝します」




