34 俺が3人で再び、遺跡へと戻ったんだが
ヒューク司祭が洞窟の穴の中に降りて来てどうするんだよ!
さっきまでの感動を返せと言いたい!
いや、ヒューク司祭が生きていてくれて嬉しいし、命を懸けて身体を張って助けてくれたことは物凄く感謝しているのは間違いようのないことなんだけどさ。
だけどさ!
「何やってるんですかヒューク司祭! 司祭様が降りて来てどうするんですか!」
一言くらいは言いたいのは仕方のないことだと思う。
「そんなことよりも」
ヒューク司祭が俺の両肩をガシッと掴んで、いつもの穏やかな表情は何処へやらと言った感じの迫力のある真剣な顔を俺に近づけてくる。
こんな鬼気迫る表情で興奮したヒューク司祭を見るのは初めてだ。
よっぽど、長い間探し求めていたものを見つけたかもしれないという気持ちが強いのが伝わってきてよく分かる。
分かるんだけどさ。
俺の言葉を「そんなこと」で流さないでほしい。
「神殿は何処ですか!?」
「うっ!」
でも、いつもと違う、有無も言わせぬヒューク司祭の迫力に押されて、俺は思わずのけ反りそうになる。
いや、両肩をがっしり掴まれてて動けないんだけど。
ヒューク司祭って、こんな人だったっけ?
まるで人が変わったみたいだ。何て言ったっけ? ……えーっと、キャラ崩壊?
リノアはあまりのことに声も出なかったらしい。
まあ、そうだよな。
普段とのギャップがひどすぎてどう反応していいか分からずに固まってしまうのは仕方のないことだと思うよ。
「行きましょう」
「えっ!? 行きましょうって。あのう、ここから抜けた方が?」
「大丈夫です! 綱は大木にしっかりと括り付けて来ました。それに本格的な調査は後日、準備を整えてから行いますので安心してください。今日は軽く見るだけですから」
そっちの心配はしてません。
「いや、また地震が……」
「それはいけない! また、埋もれてしまう前に確認しなければ!」
心配するのはそっちかよ!
リノアがポンポンと俺の肩を叩いて首を振る。
目で「今は何言っても無駄だよ」と暗に言っているようだ。
……どっちが大人か分かりゃしない。
「はあ」
俺は大きく一つ溜め息を付いた。
「少しだけですよ」
「分かっています」
子供か!
いや、あながち間違いじゃないかもしれない。
ヒューク司祭の目がキラキラ輝いているし。
そりゃあ、俺も先に進んでみたい気持ちがあるのは否定しないけどさ。
それでも、実際にあった出来事だけでも忠告しておかないと。
「それに、ボムビックアントもいたんですから」
「何ですって!」
驚いているヒューク司祭に俺は指でボムビックアントの死骸がある方を指し示す。
「これは! 本当にボムビックアントではありませんか!」
ヒューク司祭が近付いていき、しゃがみ込んで観察し始めた。
「よく無事で」
「また襲ってきたりしませんか?」
「恐らくですが、大丈夫でしょう。教会での授業でもお話ししましたが、ボムビックアントは危険が迫ると自分を犠牲にして爆発します。それは体内の蟻酸で敵を攻撃し怯ませることで仲間を逃がすためと、蟻酸が発する匂いによってその場が危険である事を遠くの仲間にまで知らせ、近付かないように警告するためだとも言われています」
横からその様子を覗き込みながら俺が尋ねると、腰から抜いた小型のナイフで手を休めず作業をしながらヒューク司祭が答えてくれた。どうやら、魔核を取り出しているらしい。流石は元冒険者。手際がいい。
今の話は多分、リノアが言っていた、俺がボーッとしてて聞いてなかった時の授業のヤツだ。
ヒューク司祭が取れそうなボムビックアントの遺骸から魔核を取り出して、俺とリノアに見せてくれた。
全部で3つの魔核が掌の上に乗っかっているのを二人して覗き込む。
他にもいたようだったけど、崩落の土砂に巻き込まれて埋もれてしまっている。
それは以前、俺が対峙したアルマジラットの魔核よりも大きく、黒みがかった濃い緑色をしていた。
「これはお二人の物ですね」
「いえ、地震のせいで岩に下敷きになっただけで、俺たちが倒したわけじゃないから」
「そうですか。ですが、わたし(わたし)が貰う訳にも行きませんし」
「3つあるなら、みんなで1つずつ分けようよ」
「あっ、それ良いな」
「ですが、私は関係ありませんし」
ホント、誠実な人だなあ。
アルマジラットの魔石より大きいし、売ればそれなりのお金になるはずだから、知らない子供相手に誤魔化して懐に入れてしまう大人も多そうなのに。
「ヒューク司祭は俺たちを命懸けでアシュランベアから助けてくれたし、今だってこうやって穴の中まで助けに来てくれたじゃん」
穴の中まで降りて来てここにいるのは興味が勝ったからだけど、助けに来てくれた事には間違いがないから、今は置いておくとしよう。
「そういえばアシュランベアはどうしたのでしょうか?」
「アシュランベアなら、ボクたちより先にこの穴に落ちたよ。あの辺り。多分、あの土砂に押し潰されて死んじゃったんじゃないかな。周りを歩き回ったけど、見当たらなかったし」
「そうですか。二人が無事で本当に良かった」
まさか、俺の『空間収納』の『福袋』にハチミツが入ったので確実に死んでいますとは言えないし、取り敢えず事実だけ伝えることにした。
アシュランベアの魔核ってどんなのだったんだろう? ちょっと見てみたかったかも。
「では、神殿に行きましょうか」
「はあ、やっぱり行くんですね」
当たり前だけど、忘れてなかったか。
しょうがないな。
俺たちはさっき言った、洞窟から遺跡の通路に通じる横穴を抜けて、石造りの廊下へと入っていった。
「これが……」
通路に出た瞬間、さっきの俺たちと同じように呆然とした表情で通路の先を眺めるヒューク司祭。
「行きましょう」
でも、すぐに我に返り歩み始める。
「罠があったり、魔物がいたりするんじゃありませんか?」
「この様子ですとダンジョンではなさそうですね。ダンジョンでしたら、最初にフォルト君とリノアさんがこの神殿遺跡に入った時点で、罠なり守護者なりが発動している可能性の方が高いですから。わたしの私見ですが、 どうやらこの遺跡のような建物のおかげで内部は勿論地上を含めた遺跡周辺に魔物が寄ってこないのではないかと考えています」
「そう言えば、ボムビックアントはこの遺跡に近づこうとはしませんでした。今、思い出してみればアシュランベアも動きを止めていたし」
「そうですか。ですが、その魔物避けの影響が、この数年で弱まっているのではないかともかんがえています」
「なるほど、去年のアルマジラットの件とかですか?」
「そうですね。恐らくは、以前に起きた地震が関係しているとも推測しています」
「でも、今は一先ず、この中は安全ということですか?」
「必ずとは言えませんが、侵入者を排除するために建てられたものではないように見えます。私が長年調べたことからの憶測になるのですが、むしろこの地を護るために建てられたものと考えられますね」
俺とヒューク司祭が話しながら通路を歩いている少し先を、リノアが何かを探るように警戒しながら進んでいる。
探検ごっこになりきっているのかもしれないけれど、随分と様になっていた。
「リノアさん、あまり先に行ってはいけませんよ」
「は~い!」
その返事にヒューク司祭の話から安全ではあろうとは思うけど、つい苦笑してしまう。
おれがそんなことを考えていると、
「ヒューク司祭、フォルトちゃん、この通路の左側の壁に入口みたいなのが開いてるよ」
少し先を歩いていたリノアが角の先を覗き込んで俺たちに振り向き手招きしながら呼び掛けてくる。
「本当ですか!?」
そういうとヒューク司祭が早足になりリノアの元へと小走りで向かう。
俺もその後ろを着いていった。
そのまま、角を曲がり、通路を進んでリノアの言っていた入り口へと歩いて行く。
そこは扉などない、壁の一部を四角くくりぬいたような感じのシンプルな造りの入り口だった。
三人でその入り口から中に入る。
広がっていたのは……。
大きな広間の中に、倒れた二体の女神像が横たわる光景だった。




