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33 俺がリノアと穴の中から、ヒューク司祭と話していたんだが

 洞窟どうくつの穴の底、更に横穴に空いた場所から通じていた石造りの通路の道の途中。

 俺たちの耳に、遠くからかすかに声が聞こえてくる。

 それは間違いなくヒューク司祭の声だった。

 俺たちを逃がすため時間をかせぐべく、熊のような6本の腕の魔物、アシュランベアに一人で立ち向かっていったヒューク司祭。

 明らかに一人で相手をするには無理があり過ぎるにもかかわらず、自分を犠牲ぎせいにしてでも、俺達を助けようとしてくれた。

 アシュランベアに吹き飛ばされて怪我けがを負ってもなお、俺たちの事を心配してくれ「行きなさい」と言って、逃がそうとしてくれた。

 その人が生きていた!

 生きていてくれた。

 多分リノアもそうだと思うけど、さっきまではどちらからとも言い出せずにいたヒューク司祭の安否。

 口に出したら、途端とたんに何かが崩壊ほうかいしそうで言えなかったから。

 それだから、

 何か目に熱い物が込み上がってくるのを感じる。

 良かった……本当に……良かった。

「ヒューク司祭!」

「ヒューク司祭さ~ま!」

 リノアも同じ気持ちだったのだろう。

 気が付けば、二人して同時に洞窟どうくつの穴の方に向かって大声でさけんでいた。

 しばらく通路の奥で自分たちの声の反響音が聞こえる。

 ……。

「あれっ?」

 けど、ヒューク司祭からの返事は返ってこなかった。

 通路内に沈黙ちんもくが広がっている。

「ヒューク司祭!」

「ヒューク司祭さ~ま!」

 もう一度、二人して洞窟どうくつの穴の方に向かい、力一杯(さけ)んでみる。

 でも、やっぱり返事は返ってこなかった。

「聞こえていないのかな?」

「そうかもしれないな」

 リノアの意見に俺も賛成する。

「穴の下まで行ってから呼んでみようよ」

「そうしよう。行こうリノア」

 俺とリノアは顔を見合わせてうなづき合うと、俺たちが落ちてきた場所、洞窟どうくつの天井の穴の開いている場所を目指して走り始めた。

 今来た道を急いで引き返していくと、ととのえられた石畳から、ごつごつした岩場へと足場が変わる。

 ボムビックアントの死骸しがいから出ていたシューシューという煙は治まってきているみたいで、そのせいか酸味のある匂いもさっきよりはうすまってきているように感じる。

 その残骸ざんがいを、なるべく視界に入れないようにしつつ、少し登ったりりたりして先を急ぐ。

 折角、地上からヒューク司祭の声が聞こえたのに、こちらの声が聞こえなければ、見つけてもらえない。

 少し息を切らせながらあせりつつも、兎に角走った。

 やがて少し光の差し込む場所が見えてくる。

 天井から洞窟どうくつの地面にとどく光が、洞窟どうくつの中に舞うちり砂埃すなぼこりに反射して幾筋いくすじかの光の柱を作り出していた。

 見ようによっては、天へと延びる光の柱にも、天から降りてくる光の柱にも見え、一種の幻想的な光景にすら見える気がする。

 さっきまではそんな事を考える余裕よゆうすらなかったというのに、ヒューク司祭が生きているという事が分かって、助かるかもしれないと思ったら、急に視界が明るく広くなったように感じる。

 あの光が、まるで、救いの手のように見えた。

 天井から届くヒューク司祭の声はさながら天の声だろうか。

 そこまで大した距離きょりでもないはずなのに、やっとたどり着いたようなという気がする。

 急いで戻り、天井の穴の下まで走っていくと、二人して上を見上げ、天井の穴に向かって大きな声でさけんだ。

「ヒューク司祭様! ここで~す!」

「フォルト君!」

「ヒューク司祭様! ここだよ!」

「リノアさんも! どこですかあ~!」

 反応があった!

 ようやく、ヒューク司祭も俺たちの声に気が付いてくれたみたいだ。

 けど、姿が見つけられず、辺りを捜しているような気配が伝わってくる。

「ここ! ここ! ここで~す!」

 俺はより一層大きな声で天井の穴に向かってさけび声を上げる。

「ここだよ! ヒューク司祭様! 穴の中!」

「まさか!」

 ヒューク司祭のおどろく声が聞こえる。

「フォルト君! それにリノアさんも! よく無事で」

 やっと穴の中に落ちたと気付いてくれたらしく、ヒューク司祭が天井の穴の入口から顔をのぞかせたのが見えた。

 俺たちは二人して、大きく力一杯、天井の穴に向かって両手を振る。

 ヒューク司祭が無事なことなのはさっき声を聞いて分かったけど、穴からのぞかせた顔を見てようやく安心できた。

 良かった。顔色も悪くなさそうだ。

「怪我はありませんか!」

「何とか、二人とも無事です!」

「本当ですか!? 頭や足は打っていませんか?」

「だいじょうぶ!」

「こんな高さから……神よ、感謝します」

 ヒューク司祭が俺たちの無事に神様に感謝の言葉をささげている。

 流石さすがは聖職者。

 でも、気持ちは解るかな。

「今、ロープを垂らします」

 そういうと、ヒューク司祭は一旦姿が見えなくなり、しばらくして、さっきまで背負い袋に下げていたであろうロープを穴の中に向かって投げ込んできた。

天井まで10マトルはありそうだけど、ロープは十分長さがあり、地下の地面まで届いていた。

 ヒューク司祭の後をこっそり追いかけていた時には何であんな大荷物を持っているんだろうと思ってたけど、まさかこういう事で使う事になるとは思いもしなかった。

 ふと、前世のことわざの『そなえあればうれいなし』というのが心に浮かんだ。

 ロープを伝って登るのは大変そうだけど、これで助かった。

 そういえば、前世、小学校の体育館にこんな感じで天井から綱が釣り下がっているのを登る授業があったなと思い出す。

 あの時は下に、フカフカの厚手のマットがいてあった。

 周りに足場がないからロープがれてバランスを取るのが難しいから、結構登るのに手こずるんだよな。

 俺は当時、小学生の時は体操クラブに入っていたから、そういうのに似たこともやっていたし、難なく天井まで登っていけたけど……。

 そういえば、俺は問題ないけど、リノアは登れるかな?

 一緒にトレーニングをしていて思ったけど、リノアは身体もやわらかいし、足も結構速いし、かなり運動神経は良い方だと思う。

 木登りもできるから大丈夫だとは思うけど。

 だけど、流石さすがにこれはかなり腕の力も必要になるから、小さい女の子にはハードルが高いかもしれないかな?

 無理なら、括り付けて引っ張り上げてもらうしかないか。

 後は心配事といえば、また地震が起きて天井がくずれることと、登っている最中にくずれたりしないかということだけだけど、これは考えていてもけられるものじゃなさそうだ。

「フォルト君、リノアさん、登ってこれそうですか?」

「俺は大丈夫だけど、リノアは大丈夫?」

「うん、ナー……何とかなると思う。わたしこれでも身が軽いんだから」

「んっ? そうか」

 俺がヒューク司祭の問いかけにリノアにたずねると、リノアが自信ありげに胸をおさえて言った。

「俺もリノアも大丈夫そうです!」

「そうですか。では、一人ずつ登ってきてください。ゆっくり、落ち着いてですよ」

「「はい!」」

 あっ、そうだ!

 今、見つけた神殿の通路っぽい遺跡の事、ヒューク司祭に知らせておいた方が良いかもしれない。

「その前に、ヒューク司祭。こっちに崩れた横穴から変な石造りの部屋みたいなところに繋がってる場所があるんです!」

「石造りの?」

「こ~んな、おっきいの!」

 リノアが身体全体で大きさを表現しようとしている。

 んだけど、それで伝えるのは難しそうだ。可愛いけど。

「教会の壁や柱を物凄ものすごく大きくした感じです!」

「なんだって! ちょっと待っていてください!」

「んっ?」

 俺のその言葉を聞いた途端とたん、急にヒューク司祭の雰囲気が変わったのを感じた。

 それから、ヒューク司祭は一旦いったん俺たちをのぞき込んでいた穴の前から姿を消すと、次の瞬間にはすぐにロープを使って降りてこようとした。

 えっ!

 俺たちが呆気あっけに取られていると、ヒューク司祭はスルスルと縄を伝って滑り降りてくる。

 前世で、レスキュー隊がビルの壁面へきめんからロープを伝って素早く降りてくる映像を見たことがあるけど、それを思い起こさせるような器用な身体さばきだ。

 流石さすがは元冒険者と言うべきか。

 って、感心している場合じゃないだろ!

「ちょっ、ちょっと、待っ!」

 止めようと発した言葉は一歩遅く、 俺が止める間もなく、ヒューク司祭はあっという間に空洞の底へと降りてきてしまった。

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