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29 俺が落ちたのは、大きな空洞だったんだが

「きゃあー!」

「まずい!」

 急に足元にひびが入り、スポッと抜けるように崩れ落ちた。

 地面が無くなった一瞬の浮遊感の後。

(落ちる!)

 俺とリノアも穴の中へと落ちて行った。

 俺は咄嗟にリノアを引き寄せ、抱き込むように抱え込んだが、もともと体格差が殆ど無いのでどこまで意味があるか分からない。

 それでも、急な状況にリノアを抱きかかえて姿勢を整えることが出来たのは、前世の小学生時代に通っていた体操クラブでつちかった身体さばきの記憶と、現世での日々のトレーニングの賜物たまものだと思う。

 リノアはギュッと目をつむって身体を固く強張こわばらせている。

 この宙にいる居心地の悪い浮遊感。

 内臓が上がる様な感覚。

  足が地面に触れていないという不安感。

 どうする?

 このまま落ちるに任せて落ちたら穴の下の地面に叩き付けられて怪我だけじゃすまないかもしれない。

 何かないか?

 せめて、リノアだけでも助けないと。

 俺はリノアを抱きかかえた腕に力を籠める。

 何かないか?

 せめて、クッションになる物。

 空間収納内に。

 そんな都合の良い物。

 ある訳。

 ……あっ! あった!

 俺は左腕でリノアをしっかり抱きかかえ、右手を落下していく方向にかざし意識を集中した。

 空間収納内にある有りっ丈の草を出してクッションにする!

(間に合え!)

 そう念じ、俺は空間収納の『草』の階層の下にあるすべての『草』を放出する。

 感覚的に右手前方に空間収納に入っていた草を有りっ丈放出し終えたと感じた直後。

 

 バサーン!

 

 俺がそう考えたと同時に草のクッションの中へと埋もれて行った。

(むぐっ!)

 収穫時期、刈り取った後の草の中に飛び込んで遊んでいる時のバサリと草の中に突っ込む感覚なんかより激しく落ちたが、地面への直接の衝突はけられたらしく痛みはない。

 予想以上にたくさんの草を収納していたおかげか、あるいはそのせいか、深くもれてもがく事にはなったが、助かったことは実感できた。

 

 バサッ!

 

 もれた場所から出ようと、草をかき分け身体を伸ばす。

「ぶはあ、ぺっ、ぺっ、口の中に入った!」

 兎に角息をする。

 間一髪間に合ったってところか。

 っていうか咄嗟とっさだったもんだから、花も草もまとめて出したはずだから多分、毒草なんかも混じってる

 この程度でどうこうなるような毒草は無かったと思うけど。

 でも生きてる。助かった。

(俺の日々の勤労に感謝な日だな)

「大丈夫かリノア?」

 俺は即座に隣にいるはずのリノアの様子を確かめる。

「ぺっ、ぺっ、うん、フォルトちゃんがかばってくれたおかげでどこも怪我けがしてないよ」

「そうか。それにしても運が良かったな。たまたま先に草が落ちてたおかげでクッションになってくれたみたいだ」

 俺は即座に予防線を張って置く。

「でも、まわりにこんなにたくさんの草があったかな?」

「それは……」

 ヤベ、墓穴を掘った。

 左手で抱き込んでいたはずだし、右手はリノアの背中側で開いていたし、穴の中で暗かったから見られてはいないと思うけど。

「とっ、とにかく、ここから出よう」

 弱いとはいえ結構毒草が混ざっているからかぶれるかも知れないし、ここに長くいるのはあまり良くない。

「うん」

 俺はリノアの手を取って立ち上がらせる。

 先に小高くなっている草の中から抜け出して土の比較的平らな場所に飛び降り、しっかりした地面へと降り立った。

 その後振り向き、手を伸ばしてリノアに降りるように指示し、身体を受け止める。

 二人で堅い地面に降り立ってから落ち着いて辺りを見回してみた。

 一応、僅かに陽の光は差し込んできているので、薄暗くはあるが全く辺りが見えないという訳ではなかった。

 それにしても危なかったと思う。

 最初に、あのアシュランベアが地下に落ちなければ、咄嗟に心の準備が出来ないまま何も判断できず落下して、良くて大怪我、運が悪ければ死んでいたかもしれない。

 どうやら地面の下は空洞になっていたらしく、ちょっとした空間になっていた。

 その大きさはかなり広い。

 地面の下に、こんな広い空間があるのかと素直に驚いた。

 よく今までくずれずにいたものだと思う。

 それから上を見上げる。

「「うわああ!」」

 二人して天井を見上げて思わず叫んでしまっていた。

 自分の感覚で10メートル以上はあるだろうか? この世界では長さの単位をマトルというけど、大体同じくらいと考える。

「あそこから落ちたのか。よく無事だったもんだ」

 天井を見上げてわずかに光のれてくる穴を見つめる。

 木々の根がからみ合い張りめぐらされてこの空洞を支えている光景には思わず息を飲んでしまう。

 時折砂や石がパラパラと崩れて落ちてきていた。

「……登れそうにないね」

 リノアが何処か不安そうにつぶやいて、俺の服の裾を掴んでくる。

 その手はかすかに震えていた。

 前世でボルダリングをやったことはあるし、今の身体能力は結構高いと思うから、ある程度のがけとかなら、なんとかなりそうだと思ったけど、流石にこれは無理だな。

 壁の様ながけはとっかかりが少なそうで、初心者コース程度しかやったことが無い俺ではよじ登れそうにないうえ、天井の穴と離れているため、反り返った斜面では天井に貼り付けでもしないとたどり着くことは出来ない。

 それに。

「さっきのアシュランベアもどこかにいるんだよね」

「多分な」

 リノアも同じことを思ったらしい。

 こんな逃げ場のない所で襲われたらどうする事もできないだろう。

「もう、おうちに帰れないのかな?」

 少し涙声になっている。

 リノアの身体がさっきよりも震えているのが伝わってきた。

 そんな時だった。

「んっ? この感覚は!」

 俺は空間収納に何かが入った感覚を覚えていた。

 もしかしたらという予想が立つ。

 これで3度目だしな。

 ……。

 やっぱりだ。

 アシュランベアは魔物で、それが穴に落ちて死んだから俺の空間収納の『福袋』に何かが入って来たんだな。

 でも、俺が倒したわけじゃない。

 多分、この穴に落ちてその後の地震で崩れた土砂に押しつぶされて死んだんだと思う。

 なのに何故?

 もしかして、逃げる時にアシュランベアに石をぶつけていたから、戦っているということになったのか?

 それで、その後すぐ穴に落ちて土砂に押し潰されて死んだから、俺が倒したということになったのか?

「どうしたの、フォルトちゃん?」

 俺が思案していると、それを見ていたのだろう、不安そうに俺の顔をのぞき込んでくるリノアの表情に気が付いて、俺はハッと我に返った。

 まずいな。

 我慢しているようだけど、なんだか今にも泣きだしそうだ。

「いや、なんでもない」

「……」

 今は思案している時じゃなかった。

 俺がなんとかしないと。

「多分大丈夫」

 とはいっても、リノアにはアシュランベアが土砂に押しつぶされて死んでいることなんて分からないし、この穴の中から出られるわけでもないこの状況で安心できる訳も無く、リノアの震えは止まるわけじゃない。

 俺は一先ひとまず、空間収納内の『福袋』の中身を心の中で確認することにした。

 『空間収納』の『福袋』の中身は。

 ……。

 『マヌカハチミツ』だった。

 ハチミツ……マヌカって、何だろうか?

 まあ、いいや。多分、普通のハチミツであることには違いないだろう。

 ハチミツかあ。

 そうだ!

 俺は辺りをキョロキョロと見渡し、天上から差し込むわずかな光の中、一緒に穴の中に落ちたのであろう、瓦礫がれきの小山の上に木の横たわっている場所を見つける。

 それからスンスンと鼻を鳴らすような仕草をする。

「ちょっと、ここで待ってて」

「フォルトちゃん?」

 俺は手早く瓦礫の山に駆け寄ってよじ登り適当な木の積み重なっている所までいくと、リノアからは死角になる所で空間収納から『マヌカハチミツ』を取り出す。

 結構大きな容器に入っている。

 俺は空間収納から水を出して軽く手を洗うと、ふたを開けて中身を見る。

 リノアの髪と目の色と同じ色の半透明のドロッとした物が入っていた。

 ハチミツの臭いが鼻孔をくすぐる。

 ちょっとだけ指ですくってめてみた。

 うん、甘い!

 それに美味しい!

 確かにハチミツだ。

 しかも、これ多分かなり良いハチミツだと思う。

 それから、ちょっともったいないけど、少しだけ木にらして、その後手にもすくったように塗り付けてから、容器を空間収納にしまって、リノアの元へと降りていく。

 木の洞から取って来た様に見せかけるためだ。

 俺は演技なんて出来ないし、リノアは、というか女の子はこういうの結構気付くだろうから、木から取って来たという事実を俺自身が自信を持って言えるようにするための心理的な小細工だ。 

「ほら、あそこの木の所で取っ手来た。

 俺はリノアに向かって手の平全体に付いたドロッとした物を差し出す。

「何これ? ドロッとしてる。ハチミツ?」

「そうだよ。めてごらん。おいしいから」

 リノアはいぶかに俺の手に付いたハチミツの匂いをクンクンと鼻を鳴らしていでいる。なんか小動物みたいだな。

 それからおそおそる、俺の手をめた。

「甘い!」

 途端に不安そうだったリノアの顔がパッと笑顔になる。

 甘い物は心を落ち着かせるって本当かも知れない。

「多分、さっきのアシュランベアはこれを探していたんじゃないかな」

 本当はうそだけど、リノアを落ち着けるため辻褄つじつまを合わせるように話を創った。

 恐らく、あれもクマだろうし?

 というか、この世界のクマもハチミツが好きでいいのだろうか?

 う~ん?

 兎に角、ハチミツを舐めさせるというリノアを落ち着けるための行動はどうやらうまく行ったようだ。

 リノアの震えはいつの間にか止まっていた。

 再び、俺の指に付いているハチミツを舐めだしたリノアを完全に落ち着くまで、そのままするがままにさせておく。

 ……。

 ……。

 ……。

「なあリノア」

「は~に~?(なに?)」

 指を口の中にふくまれたままリノアが話そうとするのでくすぐったい。

「そろそろ落ち着いたか?」

「もふひょっと(もうちょっと)」

 ……。

 ……リノア、もう、落ち着いているよな?

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