26 俺がリノアと一所に、ヒューク司祭の話を聞いているんだが
「神殿? ですか?」
神殿と言うと月の双子女神エボーナ神とボニーナ神だろうか? 他にも神様はいるので、詳しく話を聞いてみないと分からないけど。
俺は森で見かけたヒューク司祭を、興味本位で追いかけて森の奥近くまでこっそり後を付いていってみたんだけど、ちょっとしたミスであっさり見つかってしまった。
隠れているのを諦め、リノアと並んで出ていくと、ヒューク司祭は少し驚いたものの、俺達にここに来た理由を聞いてきた。
俺はあまり理由になっていない理由だけど、素直に応えて謝る。
それを聞いたヒューク司祭は一度空を見上げ、視線を戻すと、穏やかな笑顔で口を開いた。
「まあ、立ち話も何ですし、天気も良いですから、何処かで座ってお話しましょうか。 丁度話したいこともありましたし」
「ん?」
それから、俺とリノアとヒューク司祭は三人で座れそうな石を見つけ、並んで座ると、ヒューク司祭が背負い袋の中から水袋を出して渡してくれたので、3人で回し飲みした。
飲み物を飲んで一息ついたところで先程の話に戻る。
「さっきの話、この森に神殿が眠っているっていうのは本当なんですか?」
俺は隣に座るヒューク司祭に尋ねる。
「どうでしょうか? これは私の推測で、根拠がある訳ではありません。私が若い頃、冒険者をしていた時から、この森には魔物が出たという話を聞いた事が無かったのです。それは国の中心に位置しているため、長い歴史の中、魔物が狩り尽くされ、周りから入って来る事も無くなった結果ではないかと言われています」
ああ、そういえば教会の授業で、国の大雑把な地図で自分たちの村の位置を教えてもらった事があったっけ。確かに真ん中くらいではあったような気がする。
真ん中と言っても首都に近いという訳では無いけど、少し離れた所に大きな町ラドンツがあったのを覚えている。
前世で見て来た地図みたく大まかな地図でも海岸線や川の流れなんかが細かく書かれているようなものではなく、世界地図が大雑把な描き方で書かれていた。
イメージとしては見慣れた地図というより、映画やアニメでみた宝の地図みたいな印象がしっくりくる。
日本も江戸時代後期、伊能 忠敬が全国を歩いて実測するまではこんな感じだったんだろうなあという印象を持った。
まあ、この世界は海でも山でも森でも魔物が出て襲ってくるみたいだから、測量何てこと、そう簡単には出来ないんだろうな。
騎士団と宮廷魔術師なんかが出るクラスの国家事業かもしれない。
そういえば前世の歴史の授業の中で、伊能 忠敬の場合は殆ど幕府から予算が出ず、自分の財産を使って測量の旅を続けたって話を先生がしてた記憶があるな。
それは兎も角だ。
「ヒューク司祭は冒険者をしていたんですか!?」
「驚く事はありませんよ。聖職者だって、冒険者になる方は沢山います。修業のため、誰かを助けるため、治療の力を望まれて、理由は様々ですが」
そう言って背負い袋の横に下げていた武器らしき物、棍棒のような物を見せてくれた。
「すげえ!」
「メイスと言います。私のように体力も技量も無い聖職系の冒険者が身を守るために適した武器ですよ。
「へええ!」
俺は感嘆の声を上げた。
武器らしい武器を間近で見るのは以前のアルマジラットで使ったアグレインのお爺ちゃん、今は剣の先生であるボライゼ師匠のショートソードくらいだった。
「ヒューク司祭様はどうして冒険者になろうとおもったんですか?」
俺がメイスに見入っていると、リノアが足をブラブラさせながら聞く。
「私ですか……始めは友人に頼まれてと修行の為でした」
ヒューク司祭が懐かしそうに目を細めて答えてくれた。多分その頃のことを思い出しているのだろう。
「話を戻しましょうか。それでですね、過去に、幾度もこの辺り、というかこの国を含めた世界規模で、魔族との大戦が起り多くの犠牲者が出ました。その際に埋もれた遺跡も多くその中に忘れ去られた神殿もあるのではないかと私は考えているのですよ。
そこからは俺とリノアは静かにヒューク司祭の話を聞いていた。
歴史的にも神話的にもこの地に何らかの神々に纏わる逸話が見つかっていない為、たまたま魔物が生息していないだけという見方が大半なんだそうだ。
「これも特に根拠が有る訳ではありませんが、冒険者の間では昔から実しやかに『聖なる森』と呼ばれていたりします。もっとも、これは冒険者にとっては魔物が出ない為、行っても仕方がない場所という揶揄も込められているのですがね」
少し苦笑気味にするヒューク司祭。
「その『聖なる森』を信じているんですね」
「ええ、まあ。この考えは中央の教会でも異端……わたし一人なのですよ。先程も言った通り、この考えは私の推測であって根拠がある訳ではありません。中央の教会では全く相手にされていない話ですし。ですが、わたしは信じているのですよ」
少し苦笑気味に話した後、晴れた空を見上げ遠い目をするヒューク司祭。
でも、その瞳がまっすぐでなんだか良く分からないけど、俺には羨ましく思えた。
ああ、この人は聖職者というより、学者なんだなと思った。
もちろん、聖職者として敬虔に神に仕えているという俺の持っているイメージの人でもあるのは間違いない。
だからこそ、俺の腕を魔法で癒してくれたような奇跡を使うことが出来るのだろうし。
ただ、前世、俺の兄貴が通っていた大学のゼミの教授の中に、しょっちゅう日本中の古墳跡やら遺跡跡やらに学生たちを引っ張っていく准教授がいたらしく、兄貴が友達から聞かされた話を俺にしてくれていたのを思い出した。
前に森で会ったのも神殿を探していたんだろうか? なんて言ったっけ? フィールドワークだったっけか? をしていたのかも。
現場主義の学者肌
研究や探求に情熱を燃やすタイプの人なんだろう。
一見すると穏やかで、とてもそんな感じには見えないんだけどな。
「きっとあるよ!」
そう思ったら自然と俺の内から言葉が出ていた。
ありがちな言葉だけど、単純な励ましの言葉じゃない。
どこか自分にも共感するところがある。
そんな気持ちから出た言葉だった。
「有難うございます。いけませんね、子供に励まされては」
俺の感情が伝わったのだろうか? ヒューク司祭が何かちょっと清々しい笑顔になった気がした。
「ところで、フォルト君。フォルト君は山菜取りのお手伝いですか?」
「ええ、まあ……」
俺は少しだけ言い淀む。
「……ですが、それだけ、といった雰囲気ではありませんね。最近教会の勉強でもボンヤリしていることが多いように見受けられましたし」
「それは……」
何処か見透かされているようで、ことばの先が出てこない。
「勉強が難しくてついていけませんか?」
「いえ」
「うん、そうですね。フォルト君もリノアさんも覚えが良いですし。それでは何か悩んでいることがあるのではありませんか?」
「えっと」
正直、自分が何に対して悩んでいるのか、自分自身でも、よく分かってはいない。
平穏なアストランの森。
そこに魔物が出始めているのではないかという不安。
出てはほしくないという恐れ。
魔物を倒したら、前世の日本の品物が手に入るかもしれないという期待。
その為に出てきてほしいという願望。
そんな事を思っている時分への嫌悪。
グチャグチャだ。
なんか上手くまとまらない。
「これでも教会の司祭です。良ければ話してみませんか?」
俺は一旦息を突き、畏まって姿勢を正し直してから口を開いた。
「……実はこの森に何かが起きているような、でも何が起きているのか分からない漠然とした不安が消えないんです」
アルマジラットの一件もそうだけど、家事の時の件もそうだ。
詳しくはヒューク司祭にも誰にも話せないけど、誰かに相談したかった。
「どうして、そう思うのですか?」
どうしてと言われると答えに詰まる。
きっかけはアルマジラットの一件だったのかもしれないけど、疑問が強くなったのはマイクスさんの家の火事の一件だ。
どうしての問いに大して「火事の時、空間収納に、前世日本の調味料の七味唐辛子が入っていたから」では説明にも根拠にもならない。
空間収納の『福袋』に前世の日本の品物が入るための条件として、俺が魔物を倒す事ではないかと推測を立てた。
一応、魚や虫を捕まえて見たりもした。
少し狩りのやり方も覚えてからは小動物や鳥を仕留めたりもした、
その他にも、草木や石や水をいろいろ収納してみたりと試行錯誤するが、やっぱりあれ以降、空間収納に前世地球の品物が現われることはなかった。
それなのに、家事の時俺は意識して魔物を倒してはいなかったにも関わらず、空間収納の『福袋』の中に、前世の日本の品物が突然入ってきた。
「えっと、確かに魔物が出たのは去年、俺が出会ったアルマジラットだけのようですけど、あれから少し経ってから、アストランの森の雰囲気が変わったような気がするんです。毎日、森に入っているオズベルト父さんや大人の人達は特に変わったことは無いと言っているし、俺がああいう経験をしたから、そう思いたいだけなのかもしれないのかなとも思ってはいるんですけど、どうしてもそう言った気持ちが消えなくて……」
俺はとぎれとぎれではあるものの、自分の思っている事を話してみることにした。
ヒューク司祭が自らの夢や思いを語って聞かせてくれたおかげか、俺も自分の思いを随分素直に話す事が出来た気がする。
上手くはまとまっていないけど、それをヒューク司祭は黙って聞いていてくれた。
そういえば、隣に座っているリノアもさっきから一言も話さずにいるけど、退屈させてしまっただろうか? なら、少し悪い事をした気になる。
「そうですか。フォルト君も私とは違いますが、この森に何かを感じ取っているのかもしれませんね」
「……そう、なんでしょうか?」
「……」
それから少しの沈黙。
「先ほど、森を散策と答えましたが……仕方ありませんねえ。ここまで付いて来てしまったのです。少し、散歩してみますか?」
突然、ヒューク司祭がそんな提案をして来た。
「天気も良いですし、少し足を延ばして違う景色を見れば、フォルト君の気持ちも少しはすっきりするのではないかと思いましてね」
「だから散歩?」
「ええ、ですから散歩です」
そういったヒューク司祭の顔を見上げると、いつもの穏やかな表情の中に悪戯小僧っぽい子どものような瞳の光を湛えて俺たちを見ていた。




