君を忘れない1
ここはどこだろうか。
目は開いているが、視界がひどく霞んでいて見通すこともできない。
騎士団に殺されるのはゴメンだと、崖から飛び降りたのは覚えている。
水面に叩きつけられて意識を失った。
その衝撃で死んだのだろうか?
ならばここは死者の国なのだろう。
ならば身体が動かないのはなぜだろうか。死者の国では動けぬまま永遠を過ごすというのだろうか?
それが徒に逃げ続け、王国を混乱に陥れた自分への罰だろうか。
そんな俺の思考を断ち切るように、足音が耳に届いた。
訪れたのは水先案内人か魂を狩る悪魔か。
足音の主は動けぬ俺の側で止まり、言葉を落とした。
「死体かと思ったら、まだ生きているのか。」
今までの俺の思考を否定する一言。
あれだけ身体を痛めつけられて、あの高さの崖から飛び降りて、未だ生きている己の生命力に感心する。
だが、そんな生命力も尽きようとしているのだろう。
「よくもまあそんな状態で生きていられるナ。だがもう魂が抜けかかっている、もう幾ばくもないだろうね。」
告げられた死刑宣告、どれだけ意地汚く生きようとしても限界はあるのだと。
側でしゃがみ込む気配がして、そのまま抱きかかえられた。
無理やり動かされたというのに、もはや痛みすらない。
「そうか……ここまでか。」
自分の口から、身体の状態とは裏腹に流暢に言葉が出た。
抱きかかえているのは女性だろうか。
この声は彼女に似ていて……。
「何もしなければナ。」
何もしなければ……か。
彼女は俺が生きようとしないことに気がついているのだろうか。
目的はもはやない、後悔と未練はある、だけどそれでも。
「俺は……生きたいと……望んでいいのか?」
俺は彼女に問う。
「ワタシは神様じゃないからナ、誰かの生き死にを決められる権限なんかないよ。」
彼女の手のひらが頬に触れる。
痛みは麻痺していても、頬に当たる暖かさはわかるものなのだな。
「ただ、ワタシは君を見殺しにはしたくない。君が望むのならば……否、君がワタシのモノなるのならばそのこぼれ落ちる魂を拾いたい。」
生きる理由はもう失った、でも生きる理由をくれた。
顔もわからない、素性も知らない、わかるのはどこか懐かしい声だけ。
彼女が欲してくれた、それだけでも生きるには十分だ。
「どうせ死にゆく身だ、君が望むのならば好きに使え。」
精一杯の強がりを一息で吐く。
俺の唇に何かが触れた。彼女の吐息が近くで聴こえる。
「契約成立だナ、君の魂はシオン・シロガネが貰った。」
彼女はそう言うと華のように微笑んだに違いない。